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自分らしく
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彼方から 第一部 第四話

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 落ちた場所は低木の上、動き回るのに余裕があるような広い場所な訳がなく、ノリコの体はイザークから退いた勢いのままくるんっとまわり、
「あいたっ」
 すてーん……と、地面に落ちた。
≪…………≫
 そのドジぶりに、半ば呆れ半ば困ったような、複雑な表情をイザークは見せていた。

「イザーク」
 不意に名を呼ばれ、ノリコの方を見る。
「何か落ちてる、車輪みたいな……」
 彼女は落ちて寝転がった状態のまま、自分の眼の前にある物に、手を触れていた。
 それは、確かに車輪だった。
 ノリコのいた世界では、牧場やテレビなどでしか見たことの無いような物。
 イザークはこんもりと茂った低木の上から、ひらりと舞い降りると、彼女の眼の前、落ちている車輪の前に降り立った。
 彼の足に、自然と眼が行く。

 ――くつが、ボロボロになってる
 
 落ちていた車輪を立てながら、辺りを見回しているイザークの背中を、ノリコは体を起こしながら見た。

 ――服やバッグも、あちこち……
 擦り切れ、汚れ、痛んでいた。

 ――あたしがさっき落っこちたの、かばったせいだ!!
 
 体が一気に熱くなってくる、どれだけの迷惑を掛けているのか、イザークの服が物語っている。
「イザーク、イザーク、ご免ねっ、あたし、特に高所恐怖症ってわけじゃないんだけど、あんな足場のとこってあんまりなれてなくて」
 恥ずかしさと情けなさと、迷惑を掛けていることの自覚、それらの感情がノリコにまた、言葉を矢継ぎ早に出させている。
「この次からはもっと頑張るからね、平衡感覚はいいって、体育の先生からもほめられたことあるの、でも、この間平均台の授業で調子にのって頭ぶつけちゃったこともあるけど」
 顔を赤くしながら一生懸命に謝り、イザークの服の裾を持ちながら、とりあえず、次は何とか挽回しようと言う意気込みを語っている。
≪何を言ってるのかわからん≫
 イザークの方はもう、そんなノリコのくせに慣れたのか、半分聞き流しているかのように、同じセリフを返している。
 それよりも、何故、車輪がこのような所に落ちているのか、そちらの方が気になっているようだった。
 ノリコを無視するように、車輪をまた同じ場所に置くと、イザークは歩き出した。
「イザーク?」
 慌てて後を追うノリコ。
 木々を抜けると、少し開けた場所に出た。
 ノリコは、眼を見開き、驚きで立ち止まった。

 ――人だ 

 男の人が倒れていた、まだ若く、緩やかなウェーブの掛かった長い髪を、イザークと同じようにバンダナで止めている。
 彼も、どこからか落ちたのだろうか、葉が密集するように茂っている低木に身体を預け気を失っていて、顔には少し擦り傷がある。
 その傍には、車輪を失くした馬車と、倒れて動かない馬がいた。

 ――イザーク以外の人と初めて会った!

 倒れている男の人の容体を確認しているイザークから少し離れ、ノリコは呆然と見ている。
≪息はある、出血もひどくはないが……≫
 良く見れば、男の人の脇腹に、切れたような跡がある。
 何らかの拍子に馬車ごと落ち、そのせいで出来た傷……ではなさそうだった。
≪薬草を探してくる≫
「イザーク」
 立ち上がり、何かを言ってどこかに行こうとしている彼と一緒に、ノリコも行こうとする。
 走り寄るノリコに気づき、
≪あんたは来なくていい、そこにいろ≫
 と、押し留めるイザーク。

 ――ここに残ってろって言ったのかな?
 その行動と仕草から、ノリコは彼の意図を推し量るしかなった。

 一人、になった。
 正確には二人だが、彼は気を失っている、一人と変わらない。
 やけに森の音が気になってくる。
「…………」
 どこかからか聞こえてくる鳥の声、枝葉の擦れる音、ざわつき、耳に入る様々な音は、ノリコを不安にさせる。
 倒れ、動かない男の人の脇に立ち、じっと、見詰めているだけのノリコ。

 ――この人、大丈夫かな
 そう思う事しか出来ない。

 ――でもあたしって、何もできないのね
 この世界では……だが、それが事実であり、全てと言える。

 ――だって……イザークにたよってるだけだもの
 ノリコはぺたんと、その場にしゃがみ込んだ。

 ――ほら、その証拠に、彼の姿が見えなくなったら不安でたまらなくなる
 勝手の分からない世界、分からない言葉、何も出来ない自分、そんな自分を助けてくれた人。

 ――あの人に迷惑ばかりかけて心苦しいけど、でもあたし、こんな世界、どう生きていけばいいのかわかんないんだもん

 どこか見たことのある、だが、明らかに違う森の中、置いて行かれた訳ではないが、それでも、一人にされた不安は、彼女を止め処ない思案の淵に落とそうとしている。

 ――足の下に地面がない感じ……こわい、帰りたい、もとの世界へ……
 ――あそこなら、あたしのすること、いっぱいあったのに 
 ――でも、帰れない
 否定的な考えが頭の中を支配していく。

 ――あ……どうしよう…………はてしなく落ち込んできたぞ
 そう自覚しながらも、思案は好転しない。
 その材料が、ないから。

≪ん……≫
 どこまでも落ち込んでいきそうな、ノリコの脳内会議を止めてくれたのは、気を失って倒れている男の人の微かな呻き声。

 ――気がついた!!
 
 ハッとして身を乗り出し、顔を覗き込む。
≪ココ……≫

 ――え? 「ここ」?

「ここって、どこ?」
 まだ、覚醒しきっていない彼の口から出た単語は、ノリコの世界では場所を示す意味だが、この世界でも同じ意味で使われているはずはない。
 だが、せっかく意識が戻りかけているのを見て、何かできないかとそう思え、ノリコは場所を確認するように辺りを見回している。
≪コ……コ、〇×△□◇≫

 ――わっ……どうしよう、苦しいのかしら

 苦しそうに、無意識に襟元を開き、何かを呟いている。
 ココと言う単語以外、何を言っているのか聞き取れない。

 ――何言われても、あたし、言葉がわかんないのよ

「イザーク」
 どうしようも出来ない事態に、ノリコはただ、彼の名を呼んでいた。
「イザークどこー? この人、何か言ってる」
 周囲に呼びかける。
 焦り、何かしたくても出来ない自分が歯痒い。
 だが、どう足掻いても、それが今の自分であり、事実である。

≪見ィ―――つけたァ≫

 頭上から、不穏な空気を纏った声がした。
≪へへ、こんなところに転がっていやがったか≫
 小高い場所から、荒い口調で場を愉しむように降りてくる。

 ――人だ……

 気を失い倒れていた男の人も、完全に覚醒したのか、軽く身を起こし、眼をそちらに向けている。
 見上げるノリコを、大きく見開かれた眼で見据え、口元に下卑た笑みを浮かべた、肩に小動物を乗せた男。
≪しかも、めんこいおまけつきときてるぜ≫
 盗賊の頭と思しき、この男の髪の毛もやはり長く、額にはバンダナ、髪は後ろで一纏めにしてあった。

 ――…………この人、なんだか……

 自分を見る、小動物を肩に乗せた男の眼つきに、ノリコは何か異様なものを感じ、思わず体を硬くする。
≪おまえ……は≫