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自分らしく
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彼方から 第一部 第四話

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 若い男も、盗賊の頭を見て警戒し、動けないながらも構えている。
≪お初にお目にかかる。夕べの盗賊達の頭だ。あん時はあいにく、席をはずしてたんだがな≫
 丁寧に自己紹介をしているが、友好的な雰囲気はまるで無い。
≪みんなで手わけして捜したんだぜ、おや、動けねぇのかい、ケガしたらしいな≫
 ゆっくりと歩み寄り、相手の状態を確かめ、恐れ、警戒し、引き攣る若い男の表情を愉しんでいる。
 ノリコの存在など、荒くれ共の頭である男にとって、その辺に落ちている小石と同程度でしかなかった。
≪そりゃ、気の毒に!≫
 ――ドカッ!
≪あぐっ!!≫
「きゃーーーっ!!」
 動けない、ケガをしていると知った上で、頭は若い男の腹に足を蹴り込んでいた。
 容赦なく、自らの力と、その脅威、その優位を、自分たちに反抗した若い男に知らしめる為に、ただ、それだけの為に。
「何すんのよ! 相手はケガ人よ!」
≪ん?≫
 ノリコは思わず、後先も考えず、頭に掴みかかり止めさせようとしている。
≪おまえの相手は後だ≫
「きゃっ!!」
 だが、彼女などが相手になる訳もなく、軽く片手で振り払われ、成す術もなく地面に倒れ込んでゆく。
 頭は、若い男を見据え、剣を抜いた。
 そうでなくとも動けない程の怪我をしている所に、追い打ちを掛ける頭の蹴りに、若い男は痛みに苦しみ身動き一つ取れない。
 頭が振り翳した剣を、その鋭利に尖れた剣先を、避けることも防ぐこともできない。
≪死になっ!≫
「イザーークッ!!」
 このままでは……!
 人が刺されるところなど――切られるところなど、ましてや殺されるところなど、見たいはずがなかった。
 元の世界にいたとしても、こんな場面ですぐに何かできる人など、そうはいない。
 ノリコは唯一今の自分にできる事――イザークに助けを求め、声の限りに叫んでいた。
 
 ――ドカッ
≪ぐあっ!≫
 すぐ、近くにいたのだろうか、それとも、ノリコの助けを呼ぶ声が聞こえたのか……
 イザークは薬草を手に、駆け込んできた勢いをそのまま体に乗せ、今にも若い男を刺し殺そうとしている頭の背中に、肩から体当たりを食らわしていた。

 ――ッ!?
≪ぬ!?≫
 確かに手応えはあった。
 確実に、頭の背中に体当たりを食らわした。
 なのに、その手応えは不意に失われた。
 頭の体は突如として消え失せ、そして、再び現れた。
 違う場所へ……宙に浮くように――
 あるはずの抵抗を失い、イザークは体の勢いを殺し切れず流されながらも振り向き、何もない中空から現れた頭の姿を捉え、驚きに満ちた表情で見据えた。

 ――え?

 初めて見る現象に驚いていたのはイザークだけではない、ノリコも同じだった。
 トン……と、頭は軽く地面に降り立ったが、やはり、イザークの体当たりは当たっていた。
 背中に手を当て、剣を構えながら、少しよろめいている。
≪きさま……≫
 体当たりを食らわされた怒りに眉を吊り上げ、イザークを見据える頭。
≪剣を持っているところを見ると、渡り戦士かっ≫

 ――今の、まさか……

 ノリコには思い当たることがあった、だがそれも、架空のお話の中でだけでしか、御目にかかったことはない。
≪あんた……助けてくれ……≫
 殺されかけた若者が、自分とさほど年齢が違わないように見えるイザークに手を伸ばし、助けを求める。
≪そいつは……盗賊のボスだ。おれ、夕べ出くわして……旅の……人達を襲ってた。それで逃げて車輪が……≫
≪はっはっは!≫
 若者の言葉に、勝ち誇ったように笑う盗賊の頭。
≪どうした? 助けてやるか? 渡り戦士風情が、正義の味方づらしてよ、ここで命を落とすってか?≫
 この世界では、『渡り戦士』と言う職業は盗賊風情に身を落とした者からも蔑まれる職業なのか、頭はイザークを当然のように見下してくる。
≪…………おれはつくづく運がない……≫
 頭を見据え、そう呟くイザーク。
≪なんだって、こうやっかいごとが次から次へと……≫
 そう言いながらも、剣を抜いた。
≪ほほう、やる気だね≫
 見下した言い方は変わらないが、頭は少し感心したようにそう言うと剣を持ち直し、
≪もっとも……≫
 ゆっくりと、その剣身を自分の顔の前まで持ち上げると、不気味な笑みを張りつかせたまま、
≪おれに体当たりをくらわしたきさまを、生かしとく気などねぇけどよ≫
 殺気を込めた眼をイザークに向けた。
≪死ねぇ、若造!!≫
 両手で持った剣を振り翳し、頭は一気にイザークとの距離を詰めた。

 ――キィンッ!

 一瞬で弾き飛ばされたのは、頭の剣の方だった。
 若造と、たかが渡り戦士と見縊っていた者の一撃で、呆気なく剣は弾かれてしまう。
 イザークは更に横薙ぎに剣を繰り出そうとした。
 だがまたも、頭の姿は不意に目前から消え、弾かれた剣が地面に突き刺さるその場所に、再び、突如として現れる。

 ――あれは、やっぱり

 動けない若者の傍らに四つん這いになって、イザークと頭の戦いを見ているノリコ。

 ――テレポーテーション!

 瞬間移動――架空のお話の中で、そう呼ばれる能力だった。
≪やるじゃねぇか若造が……≫
 イザークの、超人的な能力のことを思えば、この世界に措いてそういうことが出来る人がいてもおかしくはないのかもしれない。
≪だが、残念だな。今までおれの飛び剣に勝った奴はいねぇんだぜ≫
 地面に刺さった剣を引き抜き、自分の優位を疑っていない頭。
≪いつ、どこから攻撃してくるか分からぬ恐怖に、半狂乱になって死んでいくのさ≫
 その技で、自分達に反抗する者を、何人も痛めつけ、殺してきたのだろう。
 確信に満ちた声音でそう言うと、頭はイザークの背後へ、少し高いところへと、その身を移動させた。

≪ぬ!?≫
 ――キィンッ
 頭上から振り下ろされ、生意気な若造の背中を切り裂き赤く染めるはずだった剣は、軽く、しかも完全に防がれていた。
 イザークは後ろを振り返ることなく、剣を頭上に掲げ、その剣身で攻撃を防ぐと、素早く背後に振った。
≪ちっ≫
 だが、飛び技を駆使し、頭はイザークの剣の軌道から悉く消え失せてゆく。
 何度も背後を取っては剣を振るうが、彼の反応は頭の攻撃よりも早く、その刃がイザークの血を吸うことは決してない、しかし、イザークの攻撃も、頭を捕えることが出来ない。

 ――イザーク!

 ノリコが固唾を呑んで見守る中、何度か同じような攻防を繰り返し、イザークは頭が現れてから反応し、攻撃に転じるのを止めた。
 瞼を閉じ、意識を集中し、素早く、的確に反応できるよう身構え、じっと動かない……
 イザークは、自身に備わった、常人よりも鋭い感覚と反応速度を信じた。
 向こうは己の飛び剣に絶対の信頼を置いている――必ず、自ら間合いに入ってくると。
 
 不意に感じた気配に向け、イザークは剣を払った。

 ――ザンッ……!
≪ぎゃあっ!≫
 
 フッ……と、イザークの頭上にあったはずの頭の姿は一瞬で、その剣が届かない場所にまで移動していた。
 地面に着いた足は微かにバランスを崩し、よろめき、その手から剣が離れ地面に刺さる。
≪そんな……≫