忘れないでいて【前編】
確かに、昔メディアで見た少年にそっくりだった。
「そんな…」
水槽の中の少年は、カイを見つめると、少し笑みを浮かべ、カミーユへと視線を向ける。
「ここを操作すれば良いですか?」
カミーユの声にコクリと頷く。
カミーユは、それに答える様に水槽の横にある端末を操作していく。
「カミーユ?どうしたの?何をしているの」
「彼が、ここから出して欲しいと言うので…」
レコアの質問に答えながらも、視線は端末に向けたまま、まるで知っているかの様に端末を操作していく。
「こいつがお前に指示してるのか?」
カイは驚きの表情を浮かべながらも、カミーユに問いかける。
「はい、いつも見ていたので操作方法を覚えたそうです」
カミーユが最後のキーを押すと、水槽内の水が排出されていく。
そして、全ての水が無くなると、水槽のガラスが下がり、土台の中へと収められていった。
浮力の無くなった少年は、水槽の床にヘタリ込む様に座ると、徐ろに酸素マスクを外した。
そして少し咳き込むと、濡れた身体に外気が触れて寒いのか、両腕で身体を抱え込む。
その姿に、カイは慌ててジャケット脱ぐと、水槽の土台の上に駆け上り、座り込む少年の肩に掛けてやる。
「大丈夫か?」
「…少し…寒いです…すみません…そこに僕の制服があるので取って貰えますか?」
カタカタと震える少年が指差した先には、懐かしい連邦の制服が置かれていた。
「あ、ああ」
カイは少年の身体に繋がる線を外すと、その細い身体を抱えるようにして水槽の土台から降ろし、側にあったシーツで水の滴る髪を拭いてやる。
「ありがとうございます」
「あの…これ」
おずおずとカミーユが制服を手渡すと、少年はにっこりと微笑み、皆がまだ呆然と見守る中、その制服を身に付けていく。
そして、襟のホックを留めると、改めてカイを見つめる。
「あれ?カイさん、老けました?」
気の抜ける様な事を言う少年に、カイが驚きに声を詰まらせながらも問い掛ける。
「お前…本当に…アムロなのか?」
「そうですよ。寝ぼけてるんですか?カイさん」
「寝ぼけてんのはお前だろ⁉︎何でガキのままなんだよ!」
「え?何、言って…て、あれ?あの…え?」
状況がよくわかっていないアムロに、カイが盛大に溜め息を吐く。
そして目を閉じて顔を右手で覆い、左手をアムロに向けてストップをかけるような仕草をする。
「ちょっと待て、落ち着くから…そんで、頭を整理する」
カイは何度か深呼吸をすると、もう一度アムロを見つめる。
「なぁ、俺がホワイトベースを降りようとした時、餞別くれたの覚えてるか?」
「餞別?ああ、工具箱の事ですか?」
アムロの答えに、カイが小さく息を吐いてアムロの頭をポンっと叩く。
「本当に…アムロなんだな」
「だからそう言ってるじゃないですか。それで、カイさん、いつの間にそんなに老けたんです?」
「バーロー!俺は普通に歳をとったんだよ。お前の時が止まってんだ!」
「僕の…時?」
アムロは自分の身体を見つめた後、もう一度カイへと視線を戻す。
そして、自分が今までいた水槽を見つめる。
「あ…僕…」
ニュータイプ研究所からここに移送され、よく分からない実験をされた後、薬で眠らされた。
それからの記憶が朧げだ。
そして、自分はこの水槽の中で時を止められてしまったのだと気付く。
「ある一定の低温環境で…仮死状態…って言うか、冬眠状態にされていたって事ですかね…」
まるで他人事のように呟くアムロに、カイが唇を噛み締める。
「おい!お前に何があった⁉︎俺たちと別れてから…連邦はお前に何をした!」
アムロの肩を掴んでカイが叫ぶ。
そのカイから、自分を心配してくれている心を感じて、アムロは小さく微笑む。
「心配してくれてたんですね…」
「当たり前だろ⁉︎いきなりお前と連絡が取れなくなって!退役はしてないらしいのに行方は分からない、所属すら分からない!どれだけ探したか!」
「そっか…ありがとうございます…」
儚い笑みを浮かべるアムロを、カイは思わず抱き締める。
そんなカイの胸にアムロも身を預ける。
「…ニュータイプの研究に協力してくれって…言われたんです…、それで…初めは別の場所で実験の被験体みたいなのをさせられて…、その後、ここに連れて来られました」
アムロは、目を閉じて、頬をカイの胸に押し当てる。
「ここでも、検査みたいなのを受けて…何かの注射を打たれてからの…記憶が曖昧です…。あ、でも。水槽越しに外の景色を見ていたかも…、白衣を着た人とか…連邦の偉い人とかが…僕を見てた…」
ブルリと身体を震わせて、ギュッとカイにしがみつく。
「…やっと…出られた…」
じわじわと、その時の恐怖が込み上げてきて、アムロの瞳が涙で潤む。
「カイさん…僕…僕…」
「アムロ!」
恐怖に震えるアムロを、カイが思い切り抱きしめる。
「もう大丈夫だ!大丈夫だから!」
何度もアムロの耳元で言い聞かせ、頭を撫でてやる。
「カイさん…!」
暫くして、アムロが落ち着くと、そっと椅子に座らせてやる。
「すみません…、なんか…取り乱して…」
「気にすんな、落ち着いたか?」
「…はい」
そして、アムロが視線をカイの後ろにいる人物に向けた途端、ビクリと身体を震わせる。
「アムロ?」
アムロの様子に、その視線の先を見つめ、「ああ」と小さく息を吐く。
「カイさん…どうして…」
アムロはカイのシャツをギュっと掴み、真っ直ぐにその人物を睨み付ける。
「どうして…カイさんがあの人と一緒にいるんですか?」
その視線の先には、クワトロが立っていた。
to be continued...
作品名:忘れないでいて【前編】 作家名:koyuho