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自分らしく
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彼方から 第一部 第五話

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 ――あ、着替えること、リワフっていうんだ!
 言葉を覚えようと決意したからなのか、イザークの行動と言葉を結び付けるのが早くなっている。
 分かると言うことは、それだけで嬉しいものである、そう気づけたことが、ノリコの表情を明るくさせていた。

「なあー、100ゾルじゃあんまりだよ、これからだって治療費とかいるしー、しばらく仕事できないしー」
 100ゾルと値切ったっきり、値段交渉すらしないイザークに、若者が泣きついてくる。
 その若さで、一人で行商をしているのなら、それは当然の文句と言える。
「心配するな、剣をつける。50ゾルにはなるだろう?」
「え!? いいのか?」
 渡り戦士の商売道具ともいえる剣をつけると言うイザーク。
 言葉に偽りなく、彼は腰の剣を鞘ごと外し、若者に渡した。
「おれは、こっちをもらうからかまわん」
 そう言ってイザークが手にしたのは、
「盗賊の落としていった剣じゃないかっ」
「ああ、そうだ」
 若者が驚く中、イザークは至って平然と言葉を返している。
「たぶん盗品だろうがいい剣だ。手入れがいき届いている」
 剣を目の前に翳し、その剣身や刃、柄や持ち手の造りなどを確かめている。
「あんた、いい根性してんなァ、顔に似合わず」
「顔は関係ない」
 確かにその通りである。
 顔の良し悪しだけで世の中渡っていけるのなら、それに越したことはない。
 効率と損得、それを考慮すれば自然とこうなると言うだけのことである。
「こっちだって切実なんだ。いきなり食いぶちが一人増えて」
 若者を横目で見ながらそう言うイザーク。
 そのセリフからは彼女を――ノリコを、当分の間かもしれないが、自分が養うつもりであることが窺える。
「イザーク」
 馬車の後ろから名を呼び、顔を出すノリコ。
「着替え(リワフ)」
 そう言って、帯を結びながら出てくる。
「お、かわいいじゃん」
 若者が思わずそう呟くぐらい、イザークがノリコに渡した服は、彼女に良く似合っていた。
 サイズも、合わせて見た訳でもないのに、ピッタリである。
「帯はくくらず、こう折って巻く。中へ入れ込むんだ(サージトワーフエニハン)」
 そう言いながら、イザークは特に気にすることなく、彼女の帯をきれいに巻き直してやっている。
 黙ってやってもらっているノリコは、顔を真っ赤にしながら、イザークのやり方を見ていた。
「にゃかい、こむんだ(シャート、エニハン)」
 自分なりに帯を巻いてみながら、ノリコはイザークの言った言葉を反芻し、言って見せてみる。
「言葉を覚えようとしてんだな」
 若者がそう言って笑っている。
 ノリコも、その言葉が分かった訳では無いだろうが、ニコッとイザークに微笑んで見せた。
 その屈託のない笑みに、彼はただ、戸惑うばかりだった。


「これは弓」
「弓」
 森を抜け、崖沿いを通る、馬車が二台やっと擦れ違えるほどの幅の道。
 カラカラと車輪が回る音を響かせ、イザークとノリコ、そして行商人の若者を乗せた馬車が通ってゆく。
 風もなく、空は青く高い、穏やかな場所。
 先ほどまでの盗賊との命のやり取りなど、あったことすら忘れてしまいそうな、そんな時間が流れてゆく。
 ノリコと若者の、言葉の勉強を兼ねた会話が続いている。
「そう、じいちゃんの形見だ。これのおかげで逃げることができたんだ。いやー、当たるなんて思わなかった」
 弓を見せ、引く真似をしながら、若者はノリコに語っている。
「なのにこの馬車が、馬車」
 そう言って、馬車の荷台をポンと叩く。
「ぱしゃ」
「そう、馬車の車輪がはずれちゃって」
 分かりやすい単語を繰り返し、二人の言葉の勉強は続く。
「崖下へすってんころり」
「すってんほろり」
 馬を御しながら、イザークは二人の会話を背中越しに聞いている。
 心なしか、その横顔には微かに、穏やかな笑みが浮かんでいるように見える。
「ほろりじゃない、ころり」
「もろり」
 片言の言葉の勉強が続く、三人を乗せた馬車は、街道を静かに進んでゆく。
 小さくなってゆくその馬車を、森の木々の陰から、一人の男が覗き見ていた。

「そうか」
 そこはどこなのだろうか、明かりがなければ視界がきかないほどの暗闇の中、肩に小動物を乗せた男が――盗賊の頭が、イザーク達の様子を覗き見ていた男の報告を受けていた。
「カルコの町へ向かったか……」
 イザークに切られた傷はどうなったのか、頭の体には包帯が幾重にも巻かれている。
 頭の周りにいる何人もの男たちも共に、その報告を聞いていた。
 
   *************

 陽が落ちてゆく。
 周囲を朱く染め始める。

 ――コト 
 壁に設えられた燭台に、油を入れた小皿が置かれ、火が灯され始めた。
 子供たちがバイバイと言いながら、それぞれの家へ帰ってゆく。
 露店や店の店主や店員らしき人々が、今日はこれで店じまいだ――あんまり売れなかったなぁなどと言葉を交わしながら、商品を仕舞い、戸口を閉めはじめている。

 ――人だ
 窓の戸板を下ろし、戸締りをし始める家屋。

 ――建物だ
 人の営み、生活、商売、大小の建物、ランプを手に行き交う人々。
 石で舗装された道、塀で囲われた家々、装飾の施された窓。

 ――町だ!
 塀からは庭木と思しき木々が顔を覗かせ、文化の香りが漂っている。

 ――うわー、うわー、うわー

 樹海とは程遠い、文明……と言っては大袈裟かもしれないが、元いた世界に近しい『文化』が感じられる町。
 それは、ノリコにとっては感動に近いものだった。
 心のどこかで、この世界の文化水準がどの程度のモノなのか、少し、ほんの少し疑っていたことは事実だから。
 このような、大きな『町』と呼べるほどの集落があったことに、感動しているのだ。
「キョロキョロするな」
 あまりの感動と嬉しさ、そして物珍しさに、落ち着きなく辺りを見回してしまっていたノリコ。
 その動きを止める方法としては少々乱暴だが、イザークは彼女の頭を――ずん――と、片手で押し込むように止めていた。
 馬車を、看板を掲げている一軒の家の前に停めるイザーク。
「こちら、医師の方はおられるか。診てもらいたいケガ人がいるんだが」
 ひらりと馬車を降り、そう言いながら扉をノックしている。
「またお客さんだべ、今日は大入り満員だや」
 笊に薬草らしきものをたくさん入れた、一人の恰幅の良い男がそう言って寄って来る。
「先生はいるけど、忙しくって手ェまわんないべ、きっと」
 自分を見るイザークに、そう忠告してくれるが、カチャン……と軽い音を立て扉が開いた。
「いや、大丈夫だ入りなさい」
 白髪で、口髭と顎髭を蓄えた50代ぐらいに見える医師が顔を見せる。
「彼らには、もうわしは必要ない。葬儀屋の担当だ」
 そう言いながら、扉を大きく開き、中へと誘ってくれた。
「え? 先生、それじゃ……」
 扉の中はすぐに診療室となっていて、左脇には診療用のベッドが置かれている。
 その一つに、包帯を巻かれた男性が寝かされていた。
 床には毛布が何枚も敷かれ、その上に、何体もの遺体が布を掛けられ、並べられている。 
「ありゃあ……みんな、おっ死んじまっただか」