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自分らしく
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彼方から 第一部 第五話

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 階段を上がり部屋に行くまでの短い間に、他の部屋に泊まっている兵士たちの話声が聞こえてくる。

 ――そういや彼、食事残したのよね、さっき
 真っ暗な部屋に入りながら、ノリコはまだ、イザークの様子を心配している。

 ――あたしも残しちゃったけどさ、死体なんて見たの初めてだったし……
 ――でも、考えてみれば、この人がそんなことで、ショックを受けるなんて変だし

 部屋の中を照らすためのランプに、イザークはやはり手を翳しただけで火を点けている。
≪イザーク≫
 そのイザークの袖を摘まみ、
≪大丈夫?≫
 と、ノリコは訊ねていた。
「え?」
 ランプの灯が、イザークの顔を照らし出している。
 浮かび上がる陰影が、ノリコには余計に、イザークの顔色の悪さを強調しているように見えてくる。
≪…………≫
 ――ああ、通じないんだっけ

 言葉を覚え始めたとはいえ、会話ができる訳では無い。
 意思を、心を伝えられない事が、これほど歯痒いことだとは……
 今の自分の気持ちをどう伝えればいいのか分からず、ノリコは不安げにイザークを見るしかなかった。
 自分を見詰めるノリコの眼に何を感じたのか、イザークはベッドに腰掛けると、バッグの中に手を入れ、探り出した。
 スッと、ノートと筆箱をノリコに差し出す。
 思い掛けないものを出され、ノリコは一瞬、見入ってしまう。
≪あ……ち、違うの、預けたノートのことじゃなくて≫
 勘違いされた事を悟り、ノリコは慌てて否定する。
「?」
 だがこれも、イザークには通じない。
 怪訝そうな表情の彼に、ノリコはそれ以上何かをどうにか伝えようとするのを止め、素直に出されたノートと筆箱を受け取った。

 ――やめとこ、きっとあたしのことで疲れてるんだわ
 そう、思ったから。

 ――実はあの時、地下の洞穴の中で彼は、あたしのカバンを開けて、何かを取れというしぐさをした
 ノートを手に持ち、思い返していた。

 ――だから、あたしは買いたてのノートと筆記具を取り出したんだ
 唯一の、向こうの世界の物。自分が、向こうの世界にいたのだという証。

 ――他は捨てられちゃったけど、イザークはこの二つを、あたしに残してくれたんだ
 彼の不器用な優しさを思い、ノリコは感慨深くノートを見詰めていた。


 そのノートの上に、ドサッと、イザークは服を乗せた。
「これをやる、今日あんたが着替えた、おれの上下だ。寝る時に使え」
 そう言いながら、イザークは部屋の壁際に置かれている衝立を指差した。

 ――衝立?
 指差す方を見て、渡された服を見て、
 ――え? ちょっと待って、もしかして、今日、ここに泊まるの?
 ノリコは呆然と、部屋の中を見回した。

 ――だ……だって、男女一緒の部屋で? そりゃ、一人ほっとかれても困るけど、こんなことが家に知れたら、知れ……
 ――知れるわけないけど……
 思わず、思い切りイザークを振り返るノリコ。
 だが当の彼は、さも疲れたかのようにベッドに倒れ込み、ノリコに背を向けしらんぷりを決め込んだ。


 ――……考えてみれば、昨日だって二人きりで野宿したんだもんね

 もう一つのベッドに腰掛け、ノリコは靴を脱ぎ始めた。
 紐で足首の辺りまで結びあげて履く靴は、履く時も脱ぐ時も、パッと簡単に……と言う訳には行かない。

 ――どーせね、彼にとってあたしなんて、拾った犬みたいなものなんだ。気にするだけバカみたいだった

 気にするだけのそこはかとない期待が、彼女にもあったのだろうか……気にするような展開になればなったで、困ることになるだけだと、そう思うのだが……そこはやはり、年ごろの娘――と言うことなのだろう。
≪さて≫
 フカフカの枕をクッション代わりにして、ノリコは気を取り直すようにノートを開いた。

 ――あたしは毎日日記をつけていた。
 ――このノートは、あの日、日記用に買ったものだったんだ。
 ――ああ、いつか……
 
 ノートには、昨日の出来事が書かれている。
 ノリコは筆箱からシャーペンを出し、今日の出来事を書き始めた。
 ――今日も一日、色んなことがあったな。イザークも疲れて当たり前だ
 本当に、色んなことがあった……

 ――いつか、帰る日が来るんだろうか、もとの世界へ。
 ――もし、その日が来たら、読んでもらおう、この日記。
 ――気持ち悪い化け物のこと、地下の川のこと、テレポートできちゃう悪い奴のこと。
 ――それをやっつけちゃう、イザークっていうすごい人のこと。

 そんな取り留めのないことを思いながら日記をつけているうちに、ノリコはふと思いつき、クスクスと笑いながら何かを書き始めた。
 笑い声が気になったのか、イザークが肩越しに彼女を見ている。
 彼の視線に気づき、ノリコは今書いていたものをイザークに見せていた。
≪ねっ、イザーク、これ、あのやかましいおじさんに似てない?≫
 と、ちょっと楽しそうに、自分で描いた絵を指差している。
 ぼさぼさに見える髪の毛に、出っ歯……の男の顔だけの絵。
 その絵を見るイザークは、何を描いているんだかとか、何が楽しいのだろうかとか、ノリコの描いた絵の意味が分からないが故の、複雑な表情を見せていた。
≪『おそ松君』に出てくる、イヤミっていうの≫
 描いた絵の説明をしてくれるノリコの声は、心なしか明るく聞こえた。


 階段を駆け下りる、大勢の足音。
 薄暗い部屋の中央に、衝立が立てられている。
 イザークは、他の者の迷惑を顧みないその足音で、眼が覚めた。

 ――朝か、兵が出ていくんだな

 表の広い通りに、昨日の軍の隊長率いる隊が、集まっている。
 出発の掛け声と共に、亡くなった兵士の棺を中央へと運ぶために、何頭もの馬と何台もの馬車を連ねて出立してゆく。
 イザークはその様子を、部屋のカーテンを軽く開いて見ていた。
 
 ――体が重い

 無意識に、窓枠に手を置いていた。

 ――やはり、これは……

 懸念から、胸の辺りに手を当てている。
 ごそごそと、後ろから音がする。
≪お……おはよーございます≫
 衝立の向こうから、昨日買い与えた服を着て、ノリコが顔を出した。
「ああ、起きていたのか」
 顔を少しだけ、ただ後ろを見るために、少しだけ動かしただけだったのだが……
 瞬間、視界の平行は失われ、イザークは床に激しく倒れ込んでいた。

「イザークッ!!!」
 突然の出来事に、ノリコはその名を叫んでいた。
「う……」
 倒れた体を起こそうと、イザークは力を絞り出すように拳を握り、床に腕を立てる。
「…………」
 だが、その腕も体も足も、細かく震え、思うように動かせない。
≪どっ、どうしたの!?≫
 思わず、手を伸ばしてくるノリコ。
「お……」
 床に倒れ込んだまま、手を伸ばしてくるノリコに――

「おれにさわるなっ!!」

 イザークは、これまでに見せたことも無いような険しい表情で、今までに出したこともないような大声で、ノリコを拒否していた。
 彼女を、怯えさせてまで……

                      第六話へ続く