忘れないでいて【後編】
「実は最近、あいつの情報を掴んでいてな。奴は北米のシャイアン基地に所属していて、シャイアンの直ぐ側の屋敷に軟禁されている事が分かったんだ。年齢も23歳、階級は大尉だ。写真も手に入れている」
「シャイアン?」
此処からは遥かに遠い場所だ。
そんな所から、アムロの心だけがこの身体に入っていたというのだろうか?
カミーユは驚きながらも、どこか納得している自分がいる事に気付く。
「そんな事が…あるんでしょうか?」
「さあな。でも、カミーユは離れた場所に居た、あいつの声に導かれてこのシェルターに来たろ?」
「は、はい」
「俺も昔、ア・バオア・クーで、あいつの声を聞いた事がある。耳に聞こえる訳じゃない、直接脳に響く声をな。それを考えれば、シャイアンのあいつの心が、このクローンに入るなんて事もあり得るのかもしれない」
「でも…それじゃ、このアムロさんは…」
カミーユは、目を閉じるアムロを、そっと見つめる。
「研究室に置いていかれてた時点で、正直クローンじゃないかと疑った。それに、おそらくこの身体は、上手く機能していなかったんだろう。あの水槽から出せば、生きていけない状態だった。だからこそ、置いて行かざるを得なかった」
クワトロから渡されたチップには、クローンの研究記録が記されていた。
このクローンは、結局一度も覚醒する事なく、自発活動が出来なかった。そして、生命維持装置が無ければ、身体の各機能が急激に衰え、その動きを止めてしまう。
言わば、不良品だった。
記録にあった、このクローンのナンバーが5となっていたことから、これ以前の4体も同じ様に機能せず、廃棄されていたのだろう。
だが、不良品だったとしても、さっきまでこの身体はアムロとして動き、話していた。
それが今、その機能を停止して、死亡している状態なのだ。
頭では分かっていても、心が付いて行かない。
「アムロさん…」
「このアムロは、カラバに合流したら、丁重に葬ろう」
クワトロが、アムロを見つめ、まだ温もりの残る唇を、そっと指でなぞりながら呟く。
それに、カイも頷く。
「ああ、そうだな」
昇ったばかりの太陽の光が、アムロの顔を照らし出す。
その表情はとても穏やかで、まるで眠っている様だった。
そして、百式とじゃガンダムは、ジャブローのジャングルを抜け、カラバの大型ガルダ、アウドムラに向かって飛び立った。
そのカミーユの脳裏に、ふと、声が響く。
ーーー僕を…忘れないでいて…
それはおそらく、あの悲しい少年の声…。
アムロ本人ではなく、クローンの少年の声…。
◇◇◇
epilogue
「アムロ様!アムロ様」
執事が、薄っすらと瞳を開いた主人へと呼び掛ける。
「……此処は…?」
天井を見つめ、まだ夢うつつの状態で呟く。
「お屋敷です!」
アムロは、ゆっくりと身体を起こし、周囲を見渡す。
そこは、見慣れた自分の屋敷の寝室。
「俺…」
「よかった。心配致しました」
「心配?」
「覚えていらっしゃいませんか?昨日、お庭のデッキチェアでお寛ぎの際、突然空を見上げて、何かを仰られた後、お倒れになったんです。それから、丸一日以上眠ったままだったのですよ」
「眠ってた?…それじゃ…あれは…夢…」
アムロは、ふと、指を唇に当てる。
生々しく残っているシャアの唇の感触。
そして、シャアやカイ、レコアとカミーユとの出会い…。
「いや…夢じゃない…」
「アムロ様?、どうかされましたか?」
「いや、なんでもない」
「そうですか、それでは私は何かお飲物を用意致します。暫くお待ちください」
「ああ、ありがとう」
そそくさと出て行く執事の後ろ姿を見つめ、上官に報告に行くのだろうと溜め息を漏らす。
親切に接してくれているが、彼もまた、自分の監視員だ。
もう何年も、この豪華な鳥籠で、監視されながら生活している。
アムロは溜め息を漏らしながらも、今までの事を思い出す。
「俺は…さっきまで…ジャブローに居た」
気付いたら、クローンの身体の中に居た。
そして、核の危険が迫っている事を知り、逃げ遅れていた者に、地下シェルターへの避難を呼び掛けた。
結局、俺の声はカミーユにしか届かず、他の多くの兵士が犠牲になってしまった。
アムロはギュッと眉を寄せる。
クローンの中にいた時、クローン自体の自我と、自身の自我が混ざりあっていた様に思う。
だからだろうか、あの時の自分には、十六歳までの記憶しか無かった。
「カイさん…大人になってたな…」
戦後、連邦によって隔離された為、カイとは、ずっと会っていなかった。
そして、カミーユ。
自分以上のニュータイプ能力を感じた。
自分の能力は、長く地球にいた為に衰えてしまったが、彼の高い能力がその弱い力を読み取り、声に応えてくれた。
「レコアさん…美人だったな…。颯爽としていながらも優しくて、何処と無く、マチルダさんを思い出したな…」
額を重ねられた事を思い出し、顔が赤くなる。
そして、赤い彗星のシャア。
まさか、連邦に潜入しているとは思わなかった。
何度も対峙し、戦った好敵手。
その美しい素顔と、唇の感触を思い出し、思わず口元を手で押さえる。
「俺…シャアと…」
まさか、積年のライバルに、あんな感情を抱くとは思わなかった。
そして、シャアから向けられる想いに驚き、歓喜した。
「…参ったな…」
あのキスの感覚が忘れられない…。
「また…逢えるって…シャアは言ったな…」
アムロは窓の外を見つめ、陽の光に目を細める。
「そうだな…必ず逢える…」
根拠など何も無かったが、本能でそれを感じていた。
そして、儚い命を想い、瞳を閉じる。
「君の事は…忘れないよ…」
end
「忘れないでいて」一応これで完結です。
ありがとうございました。
この後、番外編でアウドムラに合流したアムロの話とか、もう一つ考えていたラスト。十六歳アムロがあのままエゥーゴに加わるバージョンが書けたらいいなと思っています。
koyuho
2019.2.10
作品名:忘れないでいて【後編】 作家名:koyuho