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自分らしく
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彼方から 第一部 第六話

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 そこに居ると、確信したイザークの言葉に、宿番の男はそこから去ることも、咄嗟に何か言い繕うことも出来ずにいる。
 やや暫くして、
「へへ、どうも……皆さん、お話し中だから、声掛けそびれちまって……」
 そう言いながら、宿番の男が顔を出してきた。
「宿の者ですが、食事はどうしますかね。みんな下へ来て、食ってるんですけど」
 時間的に考えれば、至極当然なことを言ってくる。
 だが、声を掛けられてから、ドアを開けてそう言ってくるまでの、その間は、不自然なものだった。
 怪しいと思ったのは、イザークだけかもしれない。


≪え? 何? どこ行くの? イザークは?≫
「ああ、彼は食べないんだってさ、あんたを下へ連れて行けと頼まれたもんでね」
 町長と医師が部屋を出るのと一緒に、ノリコも部屋を出される。
 言葉が通じないというのは、本当に不便な事である。
 だが、それ故に、相手の様子をより注意深く見ることができるのかもしれない。

 パタン――と、静かに閉じられるドアの音。
 その音を耳にしたのと同時に、イザークは体をズルズルと落とし、横になると辛そうに息を吐いた。
 医師が言っていた通り、相当高い熱が出ているにもかかわらず、イザークは無理をして体を起こし、慣れているから大丈夫だと、そう見せていたのだ。
 それは、誰の為にであろうか……

≪ねぇ、先生、彼の容態はどうなの? お薬はないの? お話ばかりしてたけど、大丈夫だったの?≫
 医師と町長とイザークの間で交わされた、会話の内容が全く分からないノリコにとって、医師に訊きたいのはそれだけだった。
 医師の服を掴み、必死にそう訊ねている。
「ああ、すまん。この娘に食事を」
 医師はノリコの必死の訴えに少し困った表情を浮かべながら、食堂のテーブルに残された、空の食器を片づけている宿の女将に、そう声を掛けていた。
 椅子にちょこんと座らされ、テーブルに出された温かいスープとパンに眼を落としているノリコ。
 不意に立ち上がってその二つを持つと、
≪これ、彼に持ってって……≫
 と、階段を上り始めた。
「ああ、だからね、それはきみの食事なんだって」
 言葉が通じないことを不便に思いながらも、医師は慌てて、ノリコを止めている。
 町長もノリコが気になるのか、イザークのことを気遣う彼女の動向を見守っている。
「彼の分は、別に用意してもらう、食えたら食った方がいいと思うし」
 医師はそう言いながら、ノリコをもう一度テーブルに着かせると、
「いいかね?」
 と、彼女の肩に手を置き、
「後のことは頼むよ、どうやら、わたしにはどうしようもない病のようなのでね」
 済まなそうな表情を浮かべ、イザークのことを頼んでいた。
 医師の声音と表情を、ノリコはじっと聞き入り、見詰めていた。

「おい、ハンの奴はどうした」
 厨房で食事の支度をしながら、宿の主人が女将に、自分の妻にそう訊ねた。
「帰りましたよ、朝までの仕事ですから」
 至極当たり前のように、それを手伝いながら、女将はそう主人に返している。
「どうしようもないグータラだから、クビにしようかと思っていたが、今朝はまた、やけにまじめに勤めとったな」
 普段と違う様子に、主人は不審に思う。
 主人がハンと呼ぶその男は、イザークの部屋に聞き耳を立てていた男。
 ハンは、朝のカルコの町中を、宿を振り返りながら家路に着いていた。


 朝の澄み切った空気の中、景色は遠くまで見渡せ、高く聳える山々が良く見える。
 中央への道を、何台もの馬車と、それを囲むようにして進む、何頭もの馬に乗った兵士たち。
 イザーク達に絡んだ、あの出っ歯で口髭の隊長が率いる軍隊の前に、立ちはだかるように、一人の男が現れた。
 その、見覚えのあるシルエットに、隊の者は全員動きを止め、驚きと恐怖で顔を引き攣らせていた。

                          第七話へ続く