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自分らしく
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彼方から 第一部 第六話

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 角ばった顔は、意志の強さを物語るかのようであり、その風体に見合った大きな声と、町長に相応しい眼力とを持ち合わせた人物だ。
 言うべきことは言ってやると言わんばかりに、イザークを見据えている。
「だが先生、こんな男ではダメだ!」
 盗賊退治と聞き、怪訝そうに自分を見るイザークを、町長は思い切り指で差してそう言って来た。
「だいたいわたしは、あの盗賊の頭を傷つけたというから、どんな屈強な大男かと大いに期待していたのに、それがまあ、どうです、先生! 女をたぶらかすわけではないんですぞ!」
 ずけずけと、人が傷つくことなどお構いなしに、町長はイザークの容姿をみて、医師に文句を言っている。
「ち……町長、病人の前ですよ」
 本当にお構いなしに思った事をそのまま口にしてしまう町長を、医師は困り顔で止めている。
「そうですとも! その上、病持ちとくれば、頼りにならんことおびただしいではないか」
 医師に止められても、町長は変わらずイザークを指差しながら、ずけずけとモノを言ってくる。
 このぐらいの気の強さがなければ、町長などと言う役職はやっていけないのかもしれない。
 昨夜、この宿に来る途中で耳にした話からも、それは容易に想像がつく。
 人にモノを言うのに気を使っているような人物では、軍隊に掛けあう事など、到底出来はすまい。
 しかし、それは軍隊などという大きな存在に立ち向かう時には頼もしい限りだが、個人に対しては些か強すぎる。
「とにかく、そのことは今……」
 医師はそれを懸念して、町長の隣で、その声の大きさに引いているノリコも気にしてか、『もう、声が大きいんだからこの人は……』と呟きつつ懸命に抑えようとしている。

「いくらだ?」
「え?」
「報酬はいくらだ?」
 受けられないだろうと思っていたイザークからの言葉に、医師は驚き、彼を振り返った。
 イザークが話しかけたことで場が静かになり、ノリコは少しホッとしたように三人を見ている。
「五千ゾル……だが」
 そう返す医師。
「そ……相場からいくと安いかもしれんがなっ、これは近隣の村々からも寄せ集めた貴重な金なんだ!」
 相場に満たない金しか用意できない事を恥じているのか、町長の顔は少し赤くなっている。
 ノリコは彼の大声にまた、ビクついていた。
「一見、平和に見えるこのあたりも、奴らに家を襲われた農民など、数知れん!」
 町長の大声が耳に入ったのか、イザーク達の部屋のドアに誰かが近づいている。
「奴らの総勢はおよそ20名。商人たちも積み荷や金をやられ、逆らえば殺されたり、売られたりもした。我々に余分な金など、どこにもない」
 町長の声には、何とかしなければという、悲痛な願いが込められているように聞こえる。
 自分の町ばかりではなく、盗賊の被害を受けているすべての村々の願いが、その金に込められているのだ。
 無駄には使えない、やれもしないような、そんな人物に出す訳には行かない。
「受けよう、その依頼。それが渡り戦士の仕事だ」
 イザークはベッドに座ったまま、町長と同じく真っ直ぐに見返し、そう応じた。
 二人は、イザークの言葉に暫し言葉を返せないでいる。
 その会話に、ドアの向こうで聞き耳を立てているのは、昨日、イザークに鍵を投げて寄越した、宿番の男だった。

「ば……」
 少しの沈黙の後、町長が口を開いた。
 その最初の一言に、ノリコは変わらず、体をビクつかせ、町長を見上げている。
「ばかなことを、そんな体で何ができ……」
 また、イザークにずけずけとモノを言い始めた町長。
 その横をノリコは駆け抜け、イザークを背に、両腕を思い切り広げた。
 涙を溜めて、泣くのを堪えるように、顔を赤らめて。
≪イザークは具合が悪いんです! 怒鳴らないで下さいっ≫
 ノリコの行動に、医師と町長は呆気に取られ、思わず黙ってしまった。
 だが……
 彼女の行動に一番驚いているのはイザークだった。
 何を言っているのかは勿論分からないが、だがその行為の意味は分かる。
 明らかに、自分を庇ってくれているのだと。
 眼を見張り、彼女の背を凝視している。
 何故、どうして……?と、その瞳が、表情が言っている。
「ほらっ、あんたが病人に大声出して怒鳴るから、怒っちゃったんですよ、この子」
 眉を顰め、両腕を広げ、町長を――恐らく睨み付けているノリコ。
 医師がそんな彼女の顔を見て、町長をそう言って肘で小突いている。
「え? あ……」 
 町長もそこでやっと、自分の非に気づいた。
「あ……いや、その、困ったな……」
 言葉も分からない、華奢で弱そうな女の子が、必死になって病人を庇おうとしているその様子に、町長も流石に、大声でずけずけとモノを言っていた事を反省し始めた。
 気の強い、声のうるさい町長を、たった一つの行動で大人しくさせてしまったノリコ。
 その様を不思議に思い、後、イザークはふと、笑みを零した。

「…………時間をくれ、町長」
 ノリコを怒らせてしまった事に、どうしようか困って頭を掻いている町長に、イザークがそう声を掛ける。
 ノリコが心配そうに、話し始めた彼を肩越しに見ている。
「おれの、この状態は一時的なものだ、一日か二日すればもとにもどる」
「おお」
 その言葉に、今度は医師が反応した。
「いや、そうなら当然待つとも」
「先生」
「引き受けてくれて、こんなに有難いことはない」
 医師の言葉に、町長は思わず咎めるように、言葉を発している。
 穏やかに話し始めた様子に、ノリコも広げた両腕を閉じた。
 それでも、イザークの前に立ち、彼の様子を気にしている。
「いままで、戦士を雇った町はいくつかあったらしいが、誰も勝てなかったと聞く。あいつに。あの、肩にいつも奇妙な動物を乗せている、盗賊の頭」
 イザークが受けてくれたことに、医師は期待し、興奮している。
「それが、それが昨日、連れて来られたあの患者の話を聞いて、わたしは、あんたなら……あんたなら、倒せるかもしれないと思って……!」
 握り拳を作ってイザークを見詰め、
「そう思って、今日はここへ来たんだから」
 と……。
「しかしっ! これは皆が苦しい中出し寄った貴重な金を使うわけで、生半可な相手に……」
 ずけずけと、相手のことなどお構いなしに話すのは、この責任感あってのことなのかもしれない。
 恐らく、カルコの町はこの近辺では大きい方の町なのだろう、故に、その町長ともなれば、近隣の町や村の代表、ともいえる。
 自然と、意見や気が、責任感が強くなるのはやむを得ないのかもしれない。
「町長」
 そんな彼に、イザークは声を掛け、自分に注意を向けさせると、
「金は後払いでいい」
 と、少し笑みを浮かべて申し出ていた。
「…………」
 イザークの申し出に、どうする?と訊ねるように町長を見る医師。
 流石の町長も何も言えなかった。

「ところで、ドアの外の人」
 話が一段落した所で、イザークは不意に、そう声を掛けた。
 宿番の男がぎょっとして、思わずドアに寄せていた体を離す。
「え? 誰かいるのか」
 イザークの言葉に、医師がドアに注意を向けた。
「何の用だ」
「…………」