花と犬
縁側に座っていると、熱い空気が肌にまとわりついてきて汗がじわりと湧いてくる。
「銀時」
背後から呼びかけられた。
「桂君ばかりを見つめるのはやめなさい」
いつもの穏やかな声で松陽が言う。
銀時はギクッとした。
焦って、じっとしていられなくて、立ちあがり、身体ごと松陽のほうをふり返る。
「ババババカ言うんじゃねェ。俺ァ、ただ外を見てただけだ! そしたらそこに偶然アイツがいただけだ!」
「そうですか? わたしにはあなたの眼が桂君の姿をひたすら追っているように見えましたが」
松陽は小首を傾げた。
眼がひたすら桂の姿を追っていた。
そう指摘されて、銀時はいっそう焦る。
身体の中から熱がカッと噴きだしたように感じた。
「そりゃテメーの眼がおかしいだけだろーが!」
頬を朱く染め、こぶしを強く握って、怒鳴った。
そのとき。
「銀時!」
背後から呼びかけられた。
もちろん松陽ではない。松陽は正面にのんびりと立っているのだから。
その声は子供の高い声だ。その声には怒気がにじんでいた。その声の持ち主がだれか、ふり返らなくても銀時にはわかっている。
「先生に向かって、テメーとはなにごとだ! 失礼だぞ!」
生真面目な声が銀時を非難した。
ああなんでよりによってコイツがっ、と銀時は胸のうちで叫んだ。なにも気づかずにそのまま帰ればよかったのに。気づいて、わざわざもどってきて、口をはさんでくるなんて。
銀時はふり返った。
そこには桂が地面をしっかり踏みしめて立っていた。その大きな眼はキッと銀時をにらみつけている。尊敬している松陽に対して銀時が乱暴な口のきき方をしたことがよほどゆるせないらしい。
桂は松陽の塾の塾生のひとりである。下級武士や農民の家がほとんどのこの村ではなく、身分の高い武家や裕福な商家が多く暮らす城下町に住んでいる。
一方、銀時は生まれ故郷を追われるように出てきて、あてどもなくさまよい、流れ着いた先で幸運にも松陽と出逢って、拾われた身だ。あまりにも境遇が違う。
銀時はひるまずに吐き捨てる。
「テメーには関係ねェこった」
「なんだと貴様!」
桂はますます厳しい表情になった。
あたりの空気まで尖る。
だが。
「そうでしょうか」
松陽ののんびりした声が緊張をあっけなく破った。
「桂君と関係がありますよね」
確かに松陽の言うとおりだ。
けれど、銀時は今、それを言われたくなかった。
松陽に悪意はまったくないのだろう。ただ事実をのほほんと指摘しただけだ。それが銀時を不利な状況に追いやることなど想像していないのだ。これだから無邪気はこわい。
「俺と関係があるとはどういうことだ」
そう桂が低い声で問うた。その眉根は寄っている。
銀時は暑さのせいではない汗が背中を流れ落ちるのを感じた。