花と犬
「どういうことだ、銀時、答えろ」
ふたたび問い、桂が詰め寄ってくる。
「まあまあ、桂君、落ち着いて。別に銀時は桂君の悪口を言っていたわけではありませんよ」
「では、どういうことなんですか」
「それはね」
間に立つ銀時を置き去りにして、松陽と桂はやりとりをする。
マズい。
そう銀時は思った。
だから。
「銀時!」
逃げることにした。
縁側から飛び降り、ちょうど下にあった草履を引っかける。
「どこに行く!? 待て!」
桂の声を聞き流して、走る。
走って、走って、気がつけば、神社の境内にいて、そのまま走って雑木林のほうへ行く。
木々の影の落ちる中で、ようやく銀時は足を止めた。
身体を折って、膝に手をやり、肩を揺らして大きく息を吐く。
ここまでくれば大丈夫だろうと思った。
しかし、背後から物音がした。足音だ。
うんざりする。
しつこいと思った。
銀時は足音が聞こえてきたほうを見る。
そこには、案の定、桂がいた。銀時の近くで立ち止まり、ぜーぜーと荒い息をしている。頬は紅潮し、肌の上を汗が流れていた。
その姿を見ると、もう逃げる気にはならない。
「銀時」
強い眼差しが銀時をとらえる。
「あのことを、先生に話したのか」
そう問う桂の声は真剣そのものだった。
あのこと。
それがなんのことなのか、銀時にはすぐにわかる。どうして桂がここまでしつこく追ってきたのかもわかった。
「いーや。話してねーよ」
銀時は肩をすくめる。
「つーか、だれにも話してねーよ」
「……そうか」
少し間を置いてから、桂があいづちを打った。
「なら、いい」
その視線の先は銀時から離れ、地面へと落とされた。それきり桂は黙りこむ。
銀時もなにも言わず、桂を観察する。
あのこと。
それは桂の秘密を指しているのだろう。
桂の秘密、それは両親を早くに亡くして桂家の当主となった桂が実は女であるということだ。
それを銀時はつい最近知った。
自分と桂以外はだれもいない場所でもみ合いの喧嘩になり、そして、桂のきものの下にさらしが巻かれていることを知り、さらに、そのさらしの下にまだ小さいものの柔らかくふくらんだものがあるのを知った。
その衝撃を、時間の経った今でも鮮明に思い出すことができる。
しかし、知ってしまった銀時よりも、知られてしまった桂のほうがもっと衝撃を受けたようだった。きものの襟を震える手で握りしめ、まえを堅く合わせて、しゃがみこんでいた。
ひどく落ちこんでいる様子だったので、あのとき、銀時は混乱していたが、うろたえつつも桂をなぐさめた。
だれにも言うな、と桂に言われて、即座に、だれにも言わねェ、と約束したのだった。