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自分らしく
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彼方から 第一部 第八話

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第八話

「左のベッドッ!!」
 最初に飛び込んだ二人の男が、誰かの声に応え、向かって左のベッドへと剣を突き立てる。
 その動きは手馴れていて、迷いがなく、人を傷つけること、殺すことに躊躇いなどないことが分かる。
 だが……
「いねぇ……!!」
 そのベッドに、イザークの姿はなかった。
「後ろだっ!!」
 後から入ってきた仲間が、声を張り上げる。
 盗賊どもの殺気を感じ、いつまでも同じ所にいるような彼ではなかった。
「げっ!」
「うっぎゃああ!」
 スラッ――と剣を抜くと、一呼吸の内に最初に入ってきた男二人を切り捨てていた。
 持病だという、謎の病で身体が碌に動かない中で――である。

   *************

 ――ッ!?

 気配が、著しく弱まっているのを感じる。
 意識と気の乱れをも感じる。
 カルコの町から少し離れた森の中、緩やかなウェーブを持つ漆黒の髪を、頭頂部の辺りで一纏めにしている人物。
 それでも尚、背中の中ほどにまで垂れたその髪を揺らし、立ち止まって振り向いていた。
 どこかへ向かっている途中だったのだろうか……服装は旅支度のように見える。
 しかし、その人物は立ち止まったまま、少し焦った様相を見せていた。
 迷っているのか、口元に手を当て、思案している。
 やがて、夜の闇の中、来た道を戻り始めた。
 更に暗い森の中を、乱立する木々にぶつかりもせずに、疾走してゆく。
 その視界に、町の灯が入ってきた。

   *************
 
 仲間の断末魔に、廊下に控えた男たちの間に緊張が奔る。
 一瞬のうちに切り捨てられた二人。
 すでに部屋の中に入りこんでいた者たちは、倒れ込む仲間と、自分たちの方を振り向き剣を構えるイザークに怯み、後退っていく。
「…………」
 だが、謎の病は確実にイザークの体力を奪っていた。
「う……」
 すぐに苦しげな表情を浮かべると床に膝を着き、よろめき、剣を支えにして、上体を保つのがやっとようだ。
 たったあれだけの動きで息を荒げ、声を発することすら出来ずにいる。
 そんな彼の様に、盗賊たちは多少警戒しながらも、その顔に下卑た笑みを浮かべ始めた。
「へへ……」
「なるほどこいつが、頭を切りつけた男か」
「くそー、生っちれーツラしやがって……」
「あっという間に、二人ぶった切りやがった」
 じりじりと、間合いを詰めてくる盗賊たちを、イザークは苦しげに息を吐きながら見上げた。
「あの盗賊の手下どもか…………」
 彼の後ろには、突然の出来事に驚き、自分が寝ていたベッドのチェストに身体を竦ませ身を寄せるノリコの姿があった。

 ――な……何?

「だが、こいつは今、病で弱っていやがる! ひるむこたねぇっ!」

 ――何が起こったの!?

 大勢で何やら叫び、イザークに向けて剣を振り上げる男たち。
 何の前触れもなく、いきなり始まった『殺し合い』……
 この世界で起こる出来事はいつも、ノリコに受け止める時間を与えてくれない。
 眼を逸らすことも出来ない。
 目の前で繰り広げられる切り合いに、ノリコは悲鳴すら上げることが出来ず、身を竦ませていた。
「そうとも、おれの体調は最悪だ。手加減などできん」
 床に膝を着き、剣で上体を支えた状態のままのイザーク。
 息を荒げ、盗賊の手下どもにそう返す。
「ぶっ殺せーっ!!」
 苦しそうなイザークに、その状態で尚、一息に二人も切り倒されたことなど、既にその頭には残っていないのか、手下どもは一気に躍り掛かる。
「来るなら死ぬ気でかかってこいっ!!」
 イザークはその身と、無意識下ではあろうがノリコを守る為、剣を振るっていた。

「ぐあっ」
「ぎえっ」
「げっ」
 体勢も体調も最悪な中、イザークの振るう剣はあっという間に三人の盗賊の手下を切り捨てていた。
 手加減などできないという言葉通り、切り捨てられた者はその場に倒れ、動かなくなってゆく。
「こいつっ!」
 背後に回った一人が、その動きを止めようと背中に覆い被さってくる。
 イザークはその男の前髪を掴むと、肩越しに背中から引き摺り落とし、床に叩きつけた。
 叩きつけられ、男はその痛みで暫し動きが取れない。
 だがイザークも、すぐには動けないほど、体力の限界が来ている。
 呼吸音は激しく、短い。
 倒れ込まないように、床に手を着き、上半身を支えているのがやっとの状態にまでなっている。

 ――イザークッ!!
 
 眼前で行われている攻防を、心の中で彼の名を呼びながら、ただ見ているだけのノリコ。
 いや、動かずにいることで、声も上げずにいることで、今の彼の枷にならずに済んでいるだけマシかもしれない。
「今だっ!!」
 イザークが動けないと見るや、更に背後から彼に剣を突き立てようと襲いかかってくる。
「ぎゃあああっ!」
 だが、寸前、イザークは飛び退き、背後から襲いかかった男の剣先は、彼が背中から引き摺り落とした男の肩に突き刺さっていた。

   *************

「あなた、なんだかうちの宿が騒がしいわ、何かあったのかしら」
 ふくよかな体格の宿の女将が、細身の夫に、不安げにそう言っている。
「うむ、ちょっと様子を見てくる」
 宿の主人は、宿を営んでいる者として、そして、妻を守る夫として、夜着の上からローブのようなものを羽織るとドアへと向かった。
 いつも通り、特に警戒することなく、ドアを開ける……
 しばしの沈黙。
 ドアを開けて眼に入ったのは、肩に小動物を乗せたあの、盗賊の頭。
 他にも数人の男たち……
 頭と眼が合い、見据えられ、一呼吸の後、宿の主人は勢いよくドアを閉めていた。
 慌てて、部屋の調度品をドアの前に移動させ、バリケードを作ってゆく。
「あ……あなた、何をしてるの」
「盗賊だっ!」
 夫の突然の不可解な行動に、問い掛ける妻。
 妻の問いに、主人は短く、そう返していた。
「盗賊がいる、しかも、一人や二人じゃない」
「ま……まさか……」
「間違いない!! 肩に変な小動物のっけてた……」
 夫婦の部屋にある全ての調度品を重ね、更にバリケードを高く、強固なものにしてゆく。
 その顔は青褪め、声も震えている。
「あの例の盗賊達だ!!」
 今現在、自分の宿にいる盗賊たちの正体に、気付いたが故の行動だった。

   *************

 背後から襲ってきた男の剣を飛び退き、避けた後、イザークは自ら仕掛けに行った。
 狭い宿の部屋の中、その地の利を生かして立ち回り、更に三人の盗賊どもを切り捨てていた。
「おい! 何をてこずってる! 部屋から引きずり出せ! おれがこいつで!」
 部屋の外、階段の下で、他の手下どもの一人が鎖の付いた鎌を手に、上にいる連中にそう怒鳴っている。
「じょっ……冗談じゃねぇっ!!」
 瞬く間にイザークに切り捨てられていく仲間を見ていた連中の一人が、そう怒鳴り返す。
「そこまでできるかっ!! すげえ強さだ! もう8人もやられたっ!!」
 階下を望み、眼にした信じ難い出来事に蒼白となった顔で、更にそう怒鳴ってくる。
「なんだとォ……」
 手下の言葉に、頭は驚きが隠せない。
 人数の上で勝るこちらが、劣勢になる訳がない。