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自分らしく
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彼方から 第一部 第八話

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「やい、ハン!! てめえ、偽の情報流しやがったなっ!」
 その信じ難い状況からくる苛立ちを、頭は手引きしたハンにぶつけていた。
「ち……ちが、本当に、ついさっきまで……」

 ――おい……そ……そんな大声でおれの名、言ったら、店の主人に……

 いきなり苛立ちの矛先を自分に向けられ、ぎょっとなり、しどろもどろになりながらもハンは頭にそう言い返していた。
 だが、それよりも、自分の身の安全の方が優先だった。
 たとえ、この後、襲撃が上手くいってイザークを倒せたとしても、もう、この宿にはいられない。
 それどころか、この騒ぎの手引きをしたのが自分だと、店の主人にバレてしまったら……この町にすらいられないだろう。
「ハン……だと?」
 バリケードをしたドアの脇で、宿の主人が武器の代わりの棒を手に、その大声をしっかりと聞いていた。
 ハンの懸念は現実のものとなっていた。
「頭、弱っているのは本当です。奴はフラフラだ、しかし、それでもなお……」
 階段の上から怒鳴り返していた手下が、頭の元にやって来てそう報告している。
 ハンが偽の情報を流していないことは証明されたが、それで盗賊たちの状況が変わる訳ではない。
「それでもなお……それだけの力があるってことか……」 
 頭の顔から、血の気を引かせるだけだった。
「念のためにと、総勢でくり出してこの始末……」
 イザークに切られた脇腹の傷が疼きだす。
「おれのこの傷では、そうたやすく、とびもできず……」
 自然と、傷に手が向く。
 手下の報告は頭を焦らせた。
「野郎ども、聞けいっ!!」
 それでも頭はまだ、数の有利と自分の飛び技に懸けていた。
「今だけがそいつを殺れるチャンスだ!」 
 階下から、自分を見る手下どもを焚き付ける。
「その男の体がもとにもどれば、今の何倍もの力を出すんだ! その時こそ、おれ達の終わりだぞ!!」
 そう、もう後戻りはできない。
 目論見が甘かったとはいえ、このままこの場を逃げ出すということは、イザークに回復の時間を与えるということに他ならない。
 体が碌に動かない今の状態ですら、数で上回っているにも拘らず、歯が立たないというのに……
 盗賊退治を仕事として請け負った以上、回復すれば必ず、この男は我々を討ちに来る。
 そうなれば結果は火を見るより明らかだ。
 最初の言葉通り、頭数を揃えた『今だけ』しか、イザークに勝てるチャンスはないのだ。
「憶するこたねぇっ! 奴が疲れてくりゃ、勝てる勝負だ!!」
 ――そうとも、その時こそおれが……
 頭の言葉に、自分達の置かれた状況がいかに危ういものなのか、手下どもも理解し、イザークを取り囲んでゆく。



 ――今の声……

 一人、戦いの蚊帳の外に置かれているノリコ。

 ――聞き覚えがある……

 開け放たれたままのドアから聞こえてくる声に、あの男……肩に小動物を乗せた、テレポーテーションを使う男の顔が浮かんでいた。

 ――あいつだ!
 ――それじゃ……それじゃ、この人達はもしかして……!

 やっと、この突然起こった殺し合いの理由が見えた。
 イザークに切られたあの男が、仲間を連れて、仕返しに来たのだ……と。
「てえっ!」
 何人も同時に切り掛かってくる男たちの剣を弾き返し、イザークはその、儘ならない体で戦っている。
「うぉっと」
 だが、その太刀筋は当然の如く鋭さを欠いてゆき、手下の体を捕えることが出来なくなってきている。
 避けられ、振るった勢いのまま、イザークの足下はよろめき、壁にその体を寄り掛からせていた。
「う……」
 その顔から、苦しそうな表情は消えない。
 喘ぐような呼吸が、最悪の体調を物語っている。

 ――ああ、どうしよう、苦しそう……

 ノリコに、その辛さが伝わってくる。
 倒れてしまった所からずっと、ずっとノリコはイザークを見ているのだ。
 いや、倒れる前、強く、何でも出来る彼も見ているからこそ、その体の辛さ、儘ならなさが分かる。

 ――だって、さっきまで具合悪くて寝てたんだもの

「へへ、いいぞ」
 イザークを見る男たちの表情に、少し、余裕が出てくる。

 ――なのに

「動きがにぶってきやがった」
 ようやく、病で苦しんでいる男の剣を避けられるようになっただけだというのに……

 ――なのにこの人達が、かかってくるから……!

「ようし……」
 イザークに対峙している男たちの一人が、ベッドのシーツに手を掛けた。

 ――あ……! このシーツをかぶせて、イザークの視界をさえぎる気だ!!

 そう気づいた途端、ノリコはシーツのもう片方の端を握っていた。
「――ぬ!?」
 思ってもみなかった抵抗に、男は思わず振り向いていた。
 動かず、声さえ上げずにいたことで、ノリコは盗賊たちの標的にならずに済んでいた。
 だが……
「その娘を使えっ! 捕まえて人質にするんだっ!!」
 その存在が認知された今、そうはいかない。
 イザークを含め、全員の意識が、頭の言葉でノリコに向く。
≪え……≫
 皆の視線が自分に向くその理由が、ノリコには分からない。
 自分が、盗賊たちに狙われる対象になるなどとは、欠片も思っていないのだから。
 その心にあったのは、ただ『イザークを助けたい』それだけ……
 その想いに、体が動いただけ……
「おおよ! 奴に気ィとられて、こんなとこに娘っこがいるとは気づかなんだぜっ!」
 シーツを掴んでいた男が、その手をノリコに伸ばしてきた。

 ――ノリコッ!!
 
 一閃、イザークの瞳が閃く。
 それは、条件反射に近い、無意識の行動。
 行動の自由を奪っている熱も、怠さも全て置き去りにして、ノリコと、自分との間にいる男たちを突き飛ばし、掻き分け、彼女を捕まえようとしている男を蹴り飛ばし、イザークはその腕に抱えていた――ノリコを。

 ――ったく、おれは何をしているんだ!
 ――なぜ、ノリコなど、助けねばならん……

 思考と行動は、全く一致していなかった。
 頭の中で否定しながら、体は正反対の行動を取っている。
「くっ……!」
 眼の前にあるのは窓。
 瞬間、一抹の不安が過る。
 だが、他の選択肢は選ぶ余裕がなかった。

 ――【目覚め】が殺されようと、それはむしろ、おれの望んだことのはずだ……

 大きな音と共に、イザークの体は宿の外へ――
 砕けた窓ガラスを伴い、二階の部屋から地上へと、ノリコを抱え、彼は飛び降りていた。

  ************

 その人物が町へ、騒ぎの中心に辿り着いたのは、丁度彼が窓から人を抱え飛び降りてくる所だった。
 町の中、辺りが一望できる一番高い建物の上から、様子を見ている。
 これだけの騒ぎにも拘らず、町民が誰一人出て来ない。
 だが、それはそれで都合が良いようにも思えた。
 下手な事が起こっても、町民に被害は及ばないし、目撃もされない……
 彼が飛び降りた建物の中から、蠢く十数人の人の気配を感じる。
 察するに、彼を追うため、そこから出ようとしているのだろう。
 外は暗く、外灯が点いてはいるが、明るさに慣れた眼にはほぼ暗闇である。
 普通の人間は、その暗闇の中、二階から飛び降りようなどとは思わない。