彼方から 第一部 第八話
その人物はふと、首を傾げた。
飛び降りた二人に、すぐにそこから動こうとする気配が感じられない。
やはり、彼の気が著しく弱まっているのと関係があるのだろう。
宿の中の人の気配が慌ただしく動き始めた。
暗闇の中にいるとはいえ、一所に留まっていればすぐに見つかってしまう。
口元を歪め、そこから飛び降り、二人の元へ行こうとして、留まった。
彼女が、動き出す気配を感じたから……
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「窓から飛び降りたぞっ!!」
「ちくしょうっ! 暗くてよく見えねぇっ!!」
地面に落ちた音がする。
手下どもはすぐに窓から下を覗いたが、そこには外灯がなく、何も見えない。
「下へ降りろ! 裏通りへ出るんだっ!!」
――樹海へ入ったのは……【目覚め】なるものを消し去るためだったのに……
――だが……
「イザークッ!!」
二階から飛び降り、一旦その場の危機を避ける事は出来た。
しかし、彼はもう、起き上がることすら出来なくなっている。
「無事……着地できた……か」
自分の名を呼ぶノリコの声で、彼女の無事を知るイザーク。
「この体調で……2階から飛び降りるのは、自信がなかった……が」
窓を目前にして、彼が感じた一抹の不安はそのことだった。
自身ではなく、ノリコの身の安全に対するもの。
自分を心配そうに、不安そうに見つめるノリコを横たわったまま見上げる。
――だが、こいつは何も知らないんだ……
「行け……」
地面に手を着き、覗き込むようにしているノリコの腕をそう言って、イザークは押した。
――何も知らないのに
「どこかへ行って……隠れろ」
――勝手に宿命を負わされて……
「おれはもう、しばらく動けん……」
イザークもまた、ただ、彼女の身を案じていた。
――イザーク……
腕を押され、『行け』と、言われていることは分かった。
具合が悪いのに、あんなに熱があるのに、襲われて、戦って、自分を守ってくれて……今はもう、本当に動けずにいる。
――動けないんだ、今ので力を使いはたしちゃって
涙が、込み上げてくる。
――ああ、でも、じき、あいつらがやってくる
「行け」
もう一度、さっきよりも強く、行動を促すように、イザークが腕を押してくる。
そうだ、ここにこのまま居ては……
――神様っ!
「うんっ!」
ノリコは自分よりも背の高い、自分よりもずっと重い、そして、自分を支えるだけの力も失ってしまったイザークの体を、その細い腕で抱え上げ、
――どうかあたしに、『火事場の馬鹿力』を……
彼の剣を支えに、彼の身をその背中に乗せ、立ち上がろうとする。
「ノリ……」
彼女の背に乗せられ、イザークの顔に困惑の表情が浮かぶ。
どうしようというのか、まさか、このまま、どこか身を隠せる所まで、自分を運んで行こうというのか……
――イザークを守る力を!!
キッと、前を見据え、涙を湛えながらも、ノリコはしっかりと立ち上がっていた。
自分が彼を、イザークを守るのだと――その決意を漲らせて。
第九話へ続く
作品名:彼方から 第一部 第八話 作家名:自分らしく