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自分らしく
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彼方から 第一部 第八話

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 その人物はふと、首を傾げた。
 飛び降りた二人に、すぐにそこから動こうとする気配が感じられない。
 やはり、彼の気が著しく弱まっているのと関係があるのだろう。
 宿の中の人の気配が慌ただしく動き始めた。
 暗闇の中にいるとはいえ、一所に留まっていればすぐに見つかってしまう。
 口元を歪め、そこから飛び降り、二人の元へ行こうとして、留まった。
 彼女が、動き出す気配を感じたから……

  *************

「窓から飛び降りたぞっ!!」
「ちくしょうっ! 暗くてよく見えねぇっ!!」
 地面に落ちた音がする。
 手下どもはすぐに窓から下を覗いたが、そこには外灯がなく、何も見えない。
「下へ降りろ! 裏通りへ出るんだっ!!」

 ――樹海へ入ったのは……【目覚め】なるものを消し去るためだったのに……
 ――だが……

「イザークッ!!」
 二階から飛び降り、一旦その場の危機を避ける事は出来た。
 しかし、彼はもう、起き上がることすら出来なくなっている。
「無事……着地できた……か」
 自分の名を呼ぶノリコの声で、彼女の無事を知るイザーク。
「この体調で……2階から飛び降りるのは、自信がなかった……が」
 窓を目前にして、彼が感じた一抹の不安はそのことだった。
 自身ではなく、ノリコの身の安全に対するもの。
 自分を心配そうに、不安そうに見つめるノリコを横たわったまま見上げる。
 
 ――だが、こいつは何も知らないんだ……

「行け……」
 地面に手を着き、覗き込むようにしているノリコの腕をそう言って、イザークは押した。

 ――何も知らないのに

「どこかへ行って……隠れろ」
 
 ――勝手に宿命を負わされて……

「おれはもう、しばらく動けん……」
 イザークもまた、ただ、彼女の身を案じていた。
 
 ――イザーク……

 腕を押され、『行け』と、言われていることは分かった。
 具合が悪いのに、あんなに熱があるのに、襲われて、戦って、自分を守ってくれて……今はもう、本当に動けずにいる。

 ――動けないんだ、今ので力を使いはたしちゃって
 
 涙が、込み上げてくる。

 ――ああ、でも、じき、あいつらがやってくる

「行け」
 もう一度、さっきよりも強く、行動を促すように、イザークが腕を押してくる。
 そうだ、ここにこのまま居ては……

 ――神様っ!

「うんっ!」
 ノリコは自分よりも背の高い、自分よりもずっと重い、そして、自分を支えるだけの力も失ってしまったイザークの体を、その細い腕で抱え上げ、

 ――どうかあたしに、『火事場の馬鹿力』を……

 彼の剣を支えに、彼の身をその背中に乗せ、立ち上がろうとする。
「ノリ……」
 彼女の背に乗せられ、イザークの顔に困惑の表情が浮かぶ。
 どうしようというのか、まさか、このまま、どこか身を隠せる所まで、自分を運んで行こうというのか……
 
 ――イザークを守る力を!!
 
 キッと、前を見据え、涙を湛えながらも、ノリコはしっかりと立ち上がっていた。
 自分が彼を、イザークを守るのだと――その決意を漲らせて。

                         第九話へ続く