軍師姫、一計を案じる
━━━━━あいりすミスティリア! SS 軍師姫、一計を案じる━━━━━
冥界には四季がない。
穏やかな気候に設定されていて、茹だるような暑さで眠れない事も、寒さに震えて外出しなきゃいけない事もない。
暑いのも寒いのも苦手なボクにとっては、大変ありがたい事だ。
ボク――プリシラ・マルツェル・ド・パルヴィンは今日も重い瞼を擦りながら寮を出て学園へ向かっている。
寝る前に読んでいた本がおもしろくて、ついつい夜更かししてしまい、今日も絶賛遅刻寸前ギリギリでの登校中。
遅刻はマズい……クリスのありがたいお説教を長々と聞く事になっしまう。ベア先生の雷の方がいくらかマシというもの。
怠い身体を気張って動かして、何とか始業前に着席したが、余りの眠さで机に突っ伏してしまった。
少し気を緩めたらそのまま寝てしまいそうな危うい意識なので、周りの歓談の声に耳を傾けてみるが、誰が何を喋っているのか良くわからない。
ただ、その言葉だけははっきり聞き取れたのだ。
『ポリンが錬金術をやめるかも知れない』と――
昼休み。
学食でソフィが考案したパルヴィン産米を使ったパラパラ炒飯に舌鼓を打ちながらポリンの様子を窺ってみたが、やはり明らかにおかしかった。
食事に手をつけず、頬杖してどこか遠くを見ている。
夜遅くまで実験していたのだろうか、目の下のクマがより一層近寄りづらい雰囲気を醸し出していた。
普段一緒にいるクルチャが同じテーブルにいないのは、余程の事なのだろう。
皆がチラチラとポリンを見ているが、声を掛ける勇気はないようだ。かく言うボクもこの場でポリンと話するには、無策なのでやめておきたい。
そもそも本人から『錬金術をやめる』とは聞いていないが、何かあったのは予測出来るので、それを聞き出すにはちゃんとした『場』を設けないといけない。
午後は実技訓練なので、今は食べる事に集中しよう。
――それにしても、この炒飯おいしいな……見事なパラパラ感もさる事ながら、絶妙な塩加減と香ばしい匂いが何とも言えない。
たぶん、トミクニの調味料を使っているのだろうが、今度ソフィに作り方を教えてもらおう。
その日の夜。
図書館で一人、『課外活動立案書』と表題を書いただけでその下は真っ白な用紙を目の前にして、深くため息をついた。
時折頭を掻いてみたり、机を指でトントン叩いて気を紛らわせたりしたが、一向に考えがまとまらずペンが進まない。
正確には活動内容自体はもう決まっている。あとは順序立てて立案書を書き上げればいい。
ボクが今悩んでいるのは、これがただの『お節介』で、本当にポリンのためになるのだろうか、という事だった。
ポリンがなぜ錬金術に打ち込むのか、その理由はこの学園にいる人たちなら皆が知っている。
ただ、その理由はさておき、実験などで成果が上がらずネガティブな気持ちになるのは、ボク自身もわかってるつもりだ。
会心の策を練ったはずなのに、思うような成果が挙がらなかった時は、悔しくて夜も眠れない。
だったら――
「よしっ!」
声を挙げて気合いを入れ、『お節介かも』という雑念を振り払い、一気にペンを走らせる。
冥王さんとボクたち《アイリス》の目的を達成するために、ポリンの錬金術は最早欠かせない。
そのポリンが悩んでいるのなら、今度はボクが助ける番だ。他の誰かを頼ってはいけない。
日付が変わる頃には『課外活動立案書』を完成させ、次の日に冥王さんとベア先生に提出した。
それから数日後。ボクの立案書の通り今日から数人のチームに分かれて人間界での課外活動となった。
ベア先生が渋るかと思ったが、『実戦に勝る訓練はない』という事ですんなりボクの立案書が通った。
具体的に何をするのかと言えば、何の事はない『冒険者ギルドに寄せられた依頼を《アイリス》たちでこなす』だけである。
チーム分けと依頼の振り分けはベア先生にお願いしたが、ボクたちの班だけはボク自身がメンバーと依頼を選ばせてもらった。
ボクとポリン、クリス、イリーナとファムのドワリンコンビが今回一緒のパーティーメンバーだ。
南方のとある町、そこのギルドで諸々の手続きをして、近くの砂浜へ向かう。
強い日差しが肌を差し、カラッとした空気の中、時折吹く海風が心地良い。
ただ、一緒に砂を舞い上げ髪の毛が痛むのは、オシャレを信条とするボク個人としてはしんどかった。
見晴らしの良い場所に荷物を置いて、持参したシートを広げさらにパラソルも立てる。
町ですでに水着に着替えていたので、早速ファムとイリーナが波打ち際ではしゃぎ出す。重い荷物を運んでもらったのに二人とも元気だ。
「二人ともー、準備運動してから海に入らないと危ないですよー」
見かねたクリスが二人の傍に駆け寄る。三人が海辺にいるのは早速訪れた好機。
しかし、そのポリンはというとボクの隣で目を細め、疑いの眼差しを向けていた。
「ねえ、プリシラ。今回の課外活動、あなたが立案したって聞いたんだけど?」
「そうだけど……」
「なら、ここにいるメンバーを選んだのもあなたかしら?」
「うん」
「そう……なぜかとっっっっても企みを感じるのだけれど?」
「や、やだなあ。あくまで依頼達成のために考えたメンバーで、他意はないよ」
「ふーん……そういう事にしておいてあげるわ」
疑いは晴れない様だが、目を細めるのはやめてくれた。
ちなみに、さっきの発言はウソで、ポリンの心情も考慮している。海辺での活動なので胸部が豊かな方を外したのだ。
ボク自身がここにいるのは悲しいところだが。
「ところで、あなたは泳がないの?」
「もう少し休んだら泳ごうかなって思うんだけど……ポリン、泳ぎ教えてくれないかな? ボク、そんなに泳ぎに自信なくて」
「それは吝かではないけれど。私もたまには身体を動かさないと、気が滅入ってやってられないわ」
きた! ここで核心に迫れれば。
「その……実験上手くいってないの?」
「上手くいってたら、今ももう少し堂々としてるわね」
「そ、そうなんだ……はははっ……」
いきなり地雷を踏み抜いた。
「その、ほら……薬が出来たらボクも使わせてほしいなとか思ってたり、思ってなかったり……ねえ?」
「落ち着きなさい。本音がダダ漏れよ」
「うっ……」
ボクの挙動不審さに、ポリンは再び目を細めた。
「あなた、やっぱり何か企んでない? 最近皆が余所余所しいのと関係あるの?」
「……」
残念ながら話術はまだまだのようで、あっという間に正直に話さないといけないところまで追い詰められた。
「錬金術、やめるかもって聞いたからさ。材料の採取ならパルヴィン国内を顔パスにするくらいなら出来るかなと」
「誰が錬金術やめるって?」
「ポリンが」
「ありえないわね」
「ですよねー」
はっきり言い切るポリンを見てボクは胸を撫で下ろした。結局あのウワサはデタラメだったということになる。
「何でそんな事になってるのか、私が聞きたいわ。大体――あっ」
「何か思い当たる節があるの?」
「あれかしら……数日前にあまりに成果が出なくて、『もう錬金術やめようかなー』って割と大きな声で独り言呟いて、昨日まで研究室に行かなかったから……」
「その独り言を誰かに聞かれた?」
「……聞いた可能性があるなら一人しかいないわ」
冥界には四季がない。
穏やかな気候に設定されていて、茹だるような暑さで眠れない事も、寒さに震えて外出しなきゃいけない事もない。
暑いのも寒いのも苦手なボクにとっては、大変ありがたい事だ。
ボク――プリシラ・マルツェル・ド・パルヴィンは今日も重い瞼を擦りながら寮を出て学園へ向かっている。
寝る前に読んでいた本がおもしろくて、ついつい夜更かししてしまい、今日も絶賛遅刻寸前ギリギリでの登校中。
遅刻はマズい……クリスのありがたいお説教を長々と聞く事になっしまう。ベア先生の雷の方がいくらかマシというもの。
怠い身体を気張って動かして、何とか始業前に着席したが、余りの眠さで机に突っ伏してしまった。
少し気を緩めたらそのまま寝てしまいそうな危うい意識なので、周りの歓談の声に耳を傾けてみるが、誰が何を喋っているのか良くわからない。
ただ、その言葉だけははっきり聞き取れたのだ。
『ポリンが錬金術をやめるかも知れない』と――
昼休み。
学食でソフィが考案したパルヴィン産米を使ったパラパラ炒飯に舌鼓を打ちながらポリンの様子を窺ってみたが、やはり明らかにおかしかった。
食事に手をつけず、頬杖してどこか遠くを見ている。
夜遅くまで実験していたのだろうか、目の下のクマがより一層近寄りづらい雰囲気を醸し出していた。
普段一緒にいるクルチャが同じテーブルにいないのは、余程の事なのだろう。
皆がチラチラとポリンを見ているが、声を掛ける勇気はないようだ。かく言うボクもこの場でポリンと話するには、無策なのでやめておきたい。
そもそも本人から『錬金術をやめる』とは聞いていないが、何かあったのは予測出来るので、それを聞き出すにはちゃんとした『場』を設けないといけない。
午後は実技訓練なので、今は食べる事に集中しよう。
――それにしても、この炒飯おいしいな……見事なパラパラ感もさる事ながら、絶妙な塩加減と香ばしい匂いが何とも言えない。
たぶん、トミクニの調味料を使っているのだろうが、今度ソフィに作り方を教えてもらおう。
その日の夜。
図書館で一人、『課外活動立案書』と表題を書いただけでその下は真っ白な用紙を目の前にして、深くため息をついた。
時折頭を掻いてみたり、机を指でトントン叩いて気を紛らわせたりしたが、一向に考えがまとまらずペンが進まない。
正確には活動内容自体はもう決まっている。あとは順序立てて立案書を書き上げればいい。
ボクが今悩んでいるのは、これがただの『お節介』で、本当にポリンのためになるのだろうか、という事だった。
ポリンがなぜ錬金術に打ち込むのか、その理由はこの学園にいる人たちなら皆が知っている。
ただ、その理由はさておき、実験などで成果が上がらずネガティブな気持ちになるのは、ボク自身もわかってるつもりだ。
会心の策を練ったはずなのに、思うような成果が挙がらなかった時は、悔しくて夜も眠れない。
だったら――
「よしっ!」
声を挙げて気合いを入れ、『お節介かも』という雑念を振り払い、一気にペンを走らせる。
冥王さんとボクたち《アイリス》の目的を達成するために、ポリンの錬金術は最早欠かせない。
そのポリンが悩んでいるのなら、今度はボクが助ける番だ。他の誰かを頼ってはいけない。
日付が変わる頃には『課外活動立案書』を完成させ、次の日に冥王さんとベア先生に提出した。
それから数日後。ボクの立案書の通り今日から数人のチームに分かれて人間界での課外活動となった。
ベア先生が渋るかと思ったが、『実戦に勝る訓練はない』という事ですんなりボクの立案書が通った。
具体的に何をするのかと言えば、何の事はない『冒険者ギルドに寄せられた依頼を《アイリス》たちでこなす』だけである。
チーム分けと依頼の振り分けはベア先生にお願いしたが、ボクたちの班だけはボク自身がメンバーと依頼を選ばせてもらった。
ボクとポリン、クリス、イリーナとファムのドワリンコンビが今回一緒のパーティーメンバーだ。
南方のとある町、そこのギルドで諸々の手続きをして、近くの砂浜へ向かう。
強い日差しが肌を差し、カラッとした空気の中、時折吹く海風が心地良い。
ただ、一緒に砂を舞い上げ髪の毛が痛むのは、オシャレを信条とするボク個人としてはしんどかった。
見晴らしの良い場所に荷物を置いて、持参したシートを広げさらにパラソルも立てる。
町ですでに水着に着替えていたので、早速ファムとイリーナが波打ち際ではしゃぎ出す。重い荷物を運んでもらったのに二人とも元気だ。
「二人ともー、準備運動してから海に入らないと危ないですよー」
見かねたクリスが二人の傍に駆け寄る。三人が海辺にいるのは早速訪れた好機。
しかし、そのポリンはというとボクの隣で目を細め、疑いの眼差しを向けていた。
「ねえ、プリシラ。今回の課外活動、あなたが立案したって聞いたんだけど?」
「そうだけど……」
「なら、ここにいるメンバーを選んだのもあなたかしら?」
「うん」
「そう……なぜかとっっっっても企みを感じるのだけれど?」
「や、やだなあ。あくまで依頼達成のために考えたメンバーで、他意はないよ」
「ふーん……そういう事にしておいてあげるわ」
疑いは晴れない様だが、目を細めるのはやめてくれた。
ちなみに、さっきの発言はウソで、ポリンの心情も考慮している。海辺での活動なので胸部が豊かな方を外したのだ。
ボク自身がここにいるのは悲しいところだが。
「ところで、あなたは泳がないの?」
「もう少し休んだら泳ごうかなって思うんだけど……ポリン、泳ぎ教えてくれないかな? ボク、そんなに泳ぎに自信なくて」
「それは吝かではないけれど。私もたまには身体を動かさないと、気が滅入ってやってられないわ」
きた! ここで核心に迫れれば。
「その……実験上手くいってないの?」
「上手くいってたら、今ももう少し堂々としてるわね」
「そ、そうなんだ……はははっ……」
いきなり地雷を踏み抜いた。
「その、ほら……薬が出来たらボクも使わせてほしいなとか思ってたり、思ってなかったり……ねえ?」
「落ち着きなさい。本音がダダ漏れよ」
「うっ……」
ボクの挙動不審さに、ポリンは再び目を細めた。
「あなた、やっぱり何か企んでない? 最近皆が余所余所しいのと関係あるの?」
「……」
残念ながら話術はまだまだのようで、あっという間に正直に話さないといけないところまで追い詰められた。
「錬金術、やめるかもって聞いたからさ。材料の採取ならパルヴィン国内を顔パスにするくらいなら出来るかなと」
「誰が錬金術やめるって?」
「ポリンが」
「ありえないわね」
「ですよねー」
はっきり言い切るポリンを見てボクは胸を撫で下ろした。結局あのウワサはデタラメだったということになる。
「何でそんな事になってるのか、私が聞きたいわ。大体――あっ」
「何か思い当たる節があるの?」
「あれかしら……数日前にあまりに成果が出なくて、『もう錬金術やめようかなー』って割と大きな声で独り言呟いて、昨日まで研究室に行かなかったから……」
「その独り言を誰かに聞かれた?」
「……聞いた可能性があるなら一人しかいないわ」
作品名:軍師姫、一計を案じる 作家名:サツキヒスイ