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金陵奇譚 ─双の盃─

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太監は幾度もそんな場面に出くわした。
皇帝は、忙しい政務の合間、通り過ぎる回廊の奥で、皇子達が遊んでいる。泣き出した小さな妹を、兄が宥(なだ)める様子を見て、穏やかに微笑んでいた。

皇帝は、忙しさと、国政に対する真摯さ故に、決して子煩悩とは言えなかった。
だが、お子様達への愛情は誰にも負けることは無いと、太監は感じていた。
皇太子や來陽王は無論、養子の長林王をも、分け隔てなく大切にされていた。

それ故に太監は、來陽王のこの度の事案に、皇帝はどれだけの衝撃を受けるのかと、案じていたのだ。
衝撃を受け、人を遠ざけ、、、やがて処断を下した。
淡々と、関係した者を裁いていったのだ。

その姿に太監は、皇帝の心の傷の深さを推し量っていた。
益々、心を閉ざしてしまうのではないかと、案じていた。


そして昨夜、酒を召し、盃を二つ、、、。

太監は幾らか安堵した。
もう一つの盃の主が、皇帝の心を癒してくれるのだろう。
自らの傷を、決して顔には出さないが、何処までも深く深く傷を負い、傷は塞がることは無く血を流し続けている。
なのに、以前と全く変わりなく、政務を淡々とこなしている。
その姿がこの太監には、痛々しくて仕方がない。
当初の恐ろしさが嘘のようだった。
今では、いっそ太監に当たり散らして、憂さを晴らしてくれれば良いとさえ思うようになった。
しかし、、そんな事はしないのだ。
己の悲しみを一人で抱え込む様で、、。
だから尚更案じていたのだ。

二つの盃、、。

(陛下だけの、拠り所があったのだ。)

盃の主は、いつも同じ人物の様に思われる。
この者と一夜を明かした後、皇帝の表情は、幾分明るくなるのである。


皇帝の大切な人なのだろう。


ここ暫く、悲しみに覆われた皇宮であったが、今日は昨日より降り注ぐ光が、優しいかも知れない。




──────糸冬──────
作品名:金陵奇譚 ─双の盃─ 作家名:古槍ノ標