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○○しないと出られない主人と執事

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ナルエコは『5分以上キスをしないと出られない部屋』に入ってしまいました。
120分以内に実行してください。
https://shindanmaker.com/525269



「ああこれは無理ですね。出られないようです」
エコーは真っ白な壁に囲まれた狭い部屋のドアと壁を一通り見て回ると、主人に報告した。
「ではここに書いてある指示に従うしかないということなのか…?」
ナルキッソスは部屋のテーブルの上に封筒に入って置かれていた、やたら流麗な字体でメッセージが印刷されたカードを見つめた。

『5分以上キスをしないと出られない部屋。120分以内に実行してください。』

授業が終わった放課後、構内を移動していたナルキッソスとエコーの二人は、気が付くとその部屋にいた。
この学校、というかこの町は変な生き物が普通に存在していたり、まま不可思議なことが起こったりするのだが、
「これがルブール高校七不思議のその一、噂に聞く『出られない部屋』……!我々は理不尽な運命に屈する他に道はないのか…!」
苦悩のポーズで降りかかった不運に陶酔している主人を無視し、エコーはナルキッソスの目の前まで踏み出すと、自然な動作で相手の腰に片手を回した。
「ではさっそく」
「わ、わ、ちょっと待て!エコー!」
ナルキッソスが慌ててエコーを押しとどめた。
「いきなり過ぎる!」
「ここが本当に『出られない部屋』であれば、どのみちキスしなければ出られないのでしょう?なら悩むだけ時間の無駄です。さっさと済ませることに致しましょう」
「少しは悩んで欲しいのだが」
「私はあなたにお仕えしているのですから、無事お守りせねばならない義務があります。私の悩みなどどうでもいい」
「俺の都合は」
「何か御都合が悪いのですか。主人を自分共々閉じられた部屋で餓死させるのは私は不本意なのですが、あなた様はそうはお考えにならない」
「いや餓死も絶対嫌だけども!?」

エコーは無表情のままため息をつく。
「別に初めてではないでしょう。キスをなさる度に毎回お相手の方が違うのも、毎晩こっそり鏡に映った自分にキスしておられるのも、存じております。それとも死んでも無理だというほど、同性相手には抵抗をお持ちですか」
「そういうわけではないんだが…」
ナルキッソスは珍しく言いづらそうにしている。
「何か問題が」
「う……だって、お前とはしたくない」
「…」
「そもそも俺が口付けるのは俺のことを愛している相手だけだ。でもお前は違うだろう?毎日一緒にいるのに、滅茶苦茶気まずいではないか。嫌じゃないか?」
「お気になさらず。少なくとも私は気まずくも何ともありませんので」
「ほんとか?」
「本当です」
こんな風に躊躇っておいて、それでも今日が終われば先に忘れてしまうのは、おそらくナルキッソスの方だろうと思う。
何かある度この世の終わりみたいに落ち込んでも、すぐに立ち直る。余程でないと良くも悪くもひとつの物事に執着しない。

「でもなあ、お前相手に…」
「いいですか、お考え下い。こんな部屋で生涯を終えるなんてことになれば、ナルシストの女性の方々がどれ程悲しむか。今こうしていても、外では悲嘆にくれ、あなたの御姿を探している女性がいるかもしれません」
「確かに…!俺は俺だけのものじゃない。天上に輝く一等星の如き俺の存在が失われては、このルブール高校、ひいては世界の損失!やるしかないな!」
……簡単に説き伏せられる単純な人で良かった。
エコーにとっては主人の安全が第一だし、もし時間が来てしまったら、多少恨まれることになっても、強引にでもして脱出する心積もりでいた。強硬手段は取らなくて済みそうだ。

「では失礼します」
それ自体に意味を持たないキスなんて、ただ体の一部が触れるだけのことだ。
エコーはナルキッソスを引き寄せて、唇を合わせた。

「……はぁっ、苦し…」
十数分後、ナルキッソスがぷはと息を吐いて顔を離した。
「ナルキッソス様、キスは五分以上ですよ。やり直し」
「うーむ、簡単かと思ったが思ったよりきついな」
数回挑戦したがいずれもナルキッソスの息が続かずに中断した。
唇を合わせている間、鼻で呼吸をすればいいわけなのだが、上手くいかない。とりあえず接触していればOKかと互いに口を引き結んでキスしている為か、ナルキッソスの方は変に力が入って、一緒に呼吸も止めてしまうようだ。

「どうもいつもするキスとは勝手が違って……」
言葉を切って、ナルキッソスは考え込んだ。
「まだ時間はありますし、一旦休憩なさいますか」
「俺のタイミングでやらせてくれ、エコー」
「!」
いきなりそう言うと、ナルキッソスは返事を待たずにエコーの頭を両手で挟んで、顔を重ねた。唇を押し付けるようなさっきまでのキスと違って、ナルキッソスからのそれは、柔らかく触れる。
渋っていた主人の方からされるとは思っていなかったが、エコーはすぐに大人しく目を閉じた。
とにかく成功させて部屋から出られれば良いのだ。

頭の中で秒数のカウントをする。
30…60…120…
「……」
「……」
順調だ。どうやら今度はいけそうな感じがする。
150…180…

「!?」

ナルキッソスの舌が、唇に触れた。
たまたまではなく、明確な意思を持って、唇の内側の縁をなぞる。エコーが一瞬驚いて固まった隙に、ナルキッソスは歯列の先へ自分の舌を滑り込ませた。
「…っ、んっ…」
こうなってしまっては万一にも主人の舌を噛むことになってはいけない、抵抗しないエコーの咥内を、ナルキッソスは自由に隅々まで探った。
正直かなり上手で……自然と力が抜けてしまう。キスだけで膝が震えて来ることがあるなんて、呼吸するようにモテる人生を送っている主人は、伊達に経験が豊富なわけではないのだな…とエコーは知った。

しかし、駄目だ。これでは五分が耐えられない。
訴えるように、エコーはナルキッソスの背中を震える手で掴んだ。
我慢しろと頭を押さえている手の力が強くなる。
「っん…ぅ…、ふ」
堪え切れずに侵入者を押し戻そうとした舌先を捕われて吸われ、あ、とぞわりとした感覚が背筋を駆け上がって、限界だとエコーが唇を離しそうになった時。
カチャリと音がした。

「開いたッ…!」
ぱっとナルキッソスが体を離して、エコーは口を押さえた。
「ナル様……し、舌まで入れられる必要は……」
「いやすまん。五分意外と長いし、手持ち無沙汰でつい」
あまり意識せずに普段女性にするようにしてしまった、ということらしい。
動揺はすぐに表情から消したが、熱を持って染まった頬は隠せなかったに違いない。
「エコー…」
ナルキッソスが不思議そうなきょとんとした顔をして、何か口を開きかけたが、エコーは遮るように出入り口の方へと体を向けた。
「ドアを確認してまいります」
部屋を出るまでに、ナルキッソスが続きを言うこともなかった。