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Family complex -怪我をした日-

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後日談




慌ただしい朝の時間が終わり、自分の分の食事を食べ終えた菊はカフェオレを飲みながらほっと息を吐いた。
もうひとりは別として、ルートヴィッヒは相変わらずとても出来た子で、朝もきちんと起きるし支度もひとりでできるから菊の負担も少ない。それにも関わらず、こうして無事に送り出すと大仕事を終えたような達成感がある。
とはいえ、菊には仕事や掃除、それが終わればおやつの準備、買い物と夕飯の用意とすべき事は山のようにあるから、それに浸っている暇はないのだが。
今更ながらに、主婦とか母親というのは偉大だと思う。これを毎日、しかも10年20年という単位で続けているのだから。
水仕事を終えたら洗濯物をしてしまおうと考えながらカフェオレを飲み干すと、その時玄関のインターフォンが鳴った。
(おや、どなたでしょう?)
記憶にある限り来客の予定はないが、宅急便だろうか?もしくは近所の人かもしれない。
「はい、どちら様で…」
玄関の戸を開けると、そこにいた人物を見て菊は目を丸くした。
「失礼、本田さんのお宅はここで間違いないだろうか」
それは大柄な男性だった。黒いサングラスに黒いスーツを身につけている。金色の髪は肩までの長さだ。
「…うちは本田ですが、どこかのお宅とお間違えかと思いますよ」
菊は顔を引きつらせてそう答えた。
自分にこんな大きな知り合いはいないし、黒いスーツを着るような職業の人とも関わった覚えがない。
「む…」
しかし、でかい。
身長はギルベルトと同じくらいだろうが、その存在感が違う。正面に立っているだけですごい威圧感だ。
直感で、おそらくただ者ではないのだろうと感じた菊は、早くお引き取り下さいと心中で願いながら、引きつる顔を叱咤して意識して頬を引き上げて笑みを浮かべた。
「そうか…ここでうちのフェリシアーノが世話になったと聞いたのだが、間違いだったようだ」
目の前の男は、おもむろにサングラスをはずすとわずかに眉根を寄せた。
現れたのは切れ長の美しい目で、透き通った水色は質のいい宝石か何かのようだ。
「フェリシアーノくん、ですか」
覚えのある名前を菊がもう一度口にすると、彼は一つ頷く。
「そうだ、私はその家の者で」
「あ…ええ。フェリシアーノくんでしたら、先日うちにいらっしゃいましたよ」
菊がそう言うと、彼は安堵したのか眉根の皺を伸ばしたが、変化はその程度だ。それにしても表情の乏しい男である。さきほどから目元が殆ど動いていない。
「そうか、良かった」
「フェリシアーノくんのお父様ですか?」
あのふわふわと可愛らしい子とこの威圧感のある男とは正直結びつかないが、わざわざこうして挨拶に来るのだからきっと近親者なのだろう。
菊がそう思いながら問いかけると、彼は首を振った。
「いや、私は代理の者で」
「そうでしたか…あ、すみません、玄関先ではあれですから、どうぞ上がってください」


**


さし出された菓子折りを受け取ってから居間に通すと、彼はきちんと正座をして、自分はヴァルガス家の者だと名乗った。
茶を出すと、「お構いなく」というお決まりの断りの言葉があって、菊は内心で驚いた。なんというか、意外だ。
「この度はフェリシアーノが世話になった」
「あ…いえ、お世話をしたという程のものでは」
「ケーキが美味かったと言っていたそうで、礼を言ってこいと言付かった」
「まあ…それはご丁寧にどうも」
菊は相づちを打ちながら、フェリシアーノの顔を思い浮かべた。ケーキがあったのは偶然だったのだが、それほどに口に合ったのならば買っておいて良かった。
「本来は保護者がきちんと挨拶に来るべきなのだが、何分多忙なので私が代わりに」
「いえいえ、本当に大した事はしておりませんよ。フェリシアーノくんはその後お元気ですか」
問いかけると、男は一つ頷いた。
しかしその後、一向に口を開く気配がない。
途端に会話がなくなってしまい、しんと静まり返った部屋の中で菊はこの間をどう繋いでいいやら途方に暮れた。
「…あ、あの、羊羹はいかがですか? 頂き物なのですが、美味しいと評判のお店のものらしくて」
目の前に置いた茶菓子を勧めると、彼は軽く手を挙げてもう一度固辞しようとしていたが、その時ぐう、と誰かの腹の虫が鳴った。
菊は思わず自分の耳を疑った。
自分はさっき食べたばかりだし、今のは菊の腹の音ではない。
では…
「む…すまない、失礼した」
目の前の男は、気恥ずかしそうにこほんと咳払いをする。
目を丸くした菊が思わず小さく噴き出すと、彼は誤摩化すように「失礼した」ともう一度言った。先ほどから動かなかった頬が少し色づいているのは気のせいなのだろうか。
「いいえ、ぜひ羊羹をどうぞ。まだ沢山ありますから」
一気に緊張の解けた菊がそう言うと、「そ、そうか…では」と彼はおずおずと皿に手を伸ばす。おそらく本人にとっては不本意なのだろうが、その仕草が外見ととても不釣り合いで可愛らしく、菊は失礼と思いながら忍び笑いを洩らした。
「あ、羊羹だけでなく最中とかもあるんです。今持って参りますね。お茶のお代わりも」
菊はそう言って、戸棚にある菓子類を頭でリストアップしながら台所へと向かった。



**



「おい、今日例の家に行ってきたんだろ。どうだった?」
本社の自分の机で書類を片付けていると、部屋に入ってきたヴァルガスがそう言って机の上を覗き込む。
「あー、明日はあいつとかー。俺、苦手なんだよなー。会いたくねえ、会食どうにかなんねえ?」
「ふざけるな」
いつもの通りに我が侭を一蹴すると、彼はちぇーと口を曲げる。お前は一体幾つのつもりだ。
自分が彼の秘書になってからもう長い付き合いになるが、一向にこの男は成長する気配を見せない。
今日も、午前中にこのヴァルガスに「よくわかんない人ってのが何なのか、見てこい」と言われて、本田家に行ってきたのだった。
プライベートのことなのだから自分で行けと思うのだが、こいつに仕事以外の事をやらせると、その尻拭いで自分の仕事が3倍に増えると言う事を思い知ってからは諦めた。
少し前に孫を一人引き取ってからというもの、ヴァルガスの孫の溺愛ぶりは正直言って気色悪いくらいだ。
しかし、その孫であるフェリシアーノは自分から見てもとても可愛いし、今回の件は彼のためなのだからまあ仕方がない。
資産家の祖父に引き取られたせいで、フェリシアーノは何度も誘拐されかけたり、利用されそうになったりしている。その安全を確保するのは最優先事項なのだ。
「で、どうだった?」
ヴァルガスに問われて、書類から顔を上げる。
今日訪問した家主の顔を思い浮かべたが、報告するような特筆すべきことを探してしばらく考えた。
本田家の主人という男は小柄だが誠実そうで優しげな人物で、穏やかな顔で応対してくれた。誘拐犯とか企業スパイだとか、さらには変態だとか、こちらが心配したようなことは何もなさそうで、件の家は本当に普通の一般家庭のようだった。
そういえば、と一つだけ思い当たる。
「茶と茶菓子が美味かった」
「は…?」