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Family complex -怪我をした日-

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おまけ3







「はあ~…」
湯船に身を沈めて、菊は思わず声を漏らした。
我ながらおっさんくさいような気もするが、どうしてもこの瞬間だけはこの声が出てしまう。
すると、カラリと浴室の戸が開いて、ルートヴィッヒも入ってきた。
いつも通りに風呂桶で汲んだ湯で軽く身体を流すと、びくっと身体を竦める。どうやら傷に染みたらしい。
「ふふ、傷に染みますか?」
顔を顰めて、けれども声を堪えている様子に思わず意地悪く聞いてしまう。
すると「こんなの平気だ」と言いながら、恐る恐る湯船に足を入れているが、やはり染みるのだろう。唇を噛んでいる。
「明日、防水の絆創膏を買ってきますね」
忍び笑いを洩らしながらそう言うと、悔しそうにしながらも一つだけ頷いた。



「…菊さん」
石鹸を付けたスポンジで背中を洗ってやっていると、ふいにルートヴィッヒが名を呼んだ。
「はい?」
「…ごめんなさい」
「おやまあ、一体どうしたんです。私には謝られる覚えがないのですが」
面食らった菊が背中に問いかけると、ルートヴィッヒは言いにくそうに「昼間」と言った。
「兄さんが、菊も心配していたって」
「ああ、あれですか」
夕方の怪我のことを言っているらしい。なんとまあ、律儀な子だ。
ふと目に入った細い腕には、先ほどは服で隠れていた青い痣が見えて少し痛々しい。だが、時には痛い思いをするのも子供にとっては良い勉強なのだろう。
顔の痣はまだ生々しいが、氷で冷やしたから治りは早い筈だ。
「心配はしましたけど、正直、男には身体を張らなきゃいけない時だってありますからねえ」
菊がのんびりと言うと、ルートヴィッヒは意外なことを聞いたというように後ろを振り返った。
「怒らないのか?」
「もちろん暴力はいけませんけどね。私も、若い時のことを考えれば人の事をとやかく言えませんから」
菊が自嘲するように言うのを、ルートヴィッヒは目を丸くしたままで聞いている。
「…菊さんも、ケンカを?」
「お恥ずかしい話ですが」
「そうなんだ…」
ルートヴィッヒは安堵した様子で、表情を和らげて前を向いた。
シャワーで背中を流してやると、今度は菊が洗ってもらう番になる。浴室用の椅子に座ると、ルートヴィッヒは几帳面な手つきで背中を洗い始めた。
「ああでも、最近は限度を知らない輩が増えていますからね。危険を感じたらすぐに逃げるんですよ? 逃げるのは負けではありませんからね」
「うん」
「ルートヴィッヒさんに何かあったら、ご両親もギルベルトさんもとっても悲しみますから。もちろん私も」
そう言うと、ルートヴィッヒは背を洗っていた手を止めた。
「…そうなのかな」
「もちろんですよ」
ルートヴィッヒはしばらく黙り込む。
「ふふ、私もね、あの時の親の気持ちを今さらやっと知ったんです」
今日、自分が保護者の立場に立ってみて、初めて分かった気持ちがある。
数週間足らず面倒を見ている自分でさえこれなのだから、我が子が怪我をして帰ってきたのを見た親達の心配というのはどれほどだろうか。
あの頃の母や祖母はさぞ大変だったろうと思いながら、もう居ない人々のことを思い、懺悔をするように菊は目を閉じた。