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金陵奇譚 ─双の翔(つばさ)─

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以前は、さ程思わなかった事だが、臣下に弱みを見せれば、そのまま脚を掬(すく)われるという思いが、どんどんと強まる一方だった。
「、、、景琰は昔から、私にくらいは、弱音を吐いていたのにな。」
「、、、どうせ偏屈だ。どう頑張ったって、祁王の様にはなれない。」
上手くいかない事も多い。上手く伝わらぬ事も、、。
祁王を思い起し、政務に当たった事も多い。それでも上手くいかず、結局は己の力の無さだと。
最近はやたらと、頭を抱える事案も多く、、、。
━━疲れは、そのせいかも知らない、、。━━
「景琰は景琰では無いか。景禹では無いのだ。景琰らしく、事に当たれば良いのだ。性格の違う皇帝が、二人、政務を行っていては、朝廷が混乱する。」
「、、、、、祁王を手本にはしていたが、祁王になろうとはし思っていない。、、、そうだとしたら、無意識で、、。」
「景琰には、祁王が及ばぬ良い所もあるのだ。自信を持って堂々と自分で有れ。」
「迷った時、、、祁王を思い起こすのだ。祁王ならば、どうしただろうか、と。そのまま祁王に、なっていたのかも知れぬな。」
梅長蘇は頷いた。
「どこまでも、祁王祁王じゃ、祁王も心苦しいだろう。
祁王の呪縛から、解かれるべきだ。
祁王も、庭生の事は心残りだろうが、忘れ形見を皇帝にしろ、とは思ってはいない。」
「、、そうか、、、そうだろうな。」
「庭生が特別なのは分かるが、皇太子達以上に思い入れては、私も少し心配になる。
庭生もお前の子で、皇子達と兄弟なのだ。
皆を公平にな。得意だろ?、公平。」
「私は、そんなに、、そんなに庭生を特別に扱ったか?。庭生が良い子だからだ、、頑張って、努力して応えようとするのだ。評してやらねば。
皇子達にも良い手本となる。
皇子達にだって、よく出来たら、褒めている。同じだろう?。」
長蘇は意味深げに笑ったが、皇帝は長蘇が笑む意味を掴み取れずにいた。
「大丈夫だ、皆、良い子に育つ。」
視線を外にやり、そう言って、皇帝は笑った。
『この話は、ここまで、』そういう意味だった。
皆、同じ位に可愛いと思い、同じ様に可愛がっていたつもりだったのだ。庭生だけ抜きに出て、可愛いがっていたつもりは、無かったのだが、、、長蘇に指摘されてみると、、、、。
━━確かに、、確かに幾らか、私は庭生に、、、。━━
思い当たる所もあり、皇帝の痛い部分ではあった。


「景琰、折角政務を休みにしたのだ。もう少し、眠った方が良い。」
「また、眠るのか?。もう疲れは取れたぞ。」
「今度、いつ、こんな刻が作れるか分からない。
戦場でも、戦いの合間は、皆、体を癒すのだ、次の戦いの為に。」
━━ああ、、そうだ、、。見張りを立て、皆、泥の様に眠るのだ。次に善戦出来るよう。━━
「ん。」
皇帝が、長蘇の柔らかな視線に微笑む。
「安心しろ、私が手を握っていてやる。」
長蘇が皇帝の左手を優しく握る。

梅長蘇では無く、、、、林殊の温もりを感じる。林殊だけでは無い。その温もりは、祁王であり、林燮であり、かつて戦を共にして失った魂であり、、、、、父簫選であり、、。
かつて、皇帝を守った人々。

「子供じゃあるまいし、一人で眠れる。」
皇帝は、ぱっと長蘇の手を払った。
━━昔を思い出した、、。━━
こうされていると、涙が溢れてしまうのだ。
思い出が、押し寄せる、、、。耐えられそうになかった。
「ふふ、、そうか、、。」
長蘇は微笑む。全てを知っているようだ。

━━行ってしまうのか?、小殊、、、また、、。

今度は、いつ?、、、、。━━


言えなくて、飲み込んだ言葉。


━━全てを知って、包み込むように微笑むんだな。━━



長蘇の袖が、皇帝の左手の下に、、。
長蘇がこここら去る刻に、皇帝の手の下の袖が動くだろう。
、、、、、眠りながらも、この袖に心を置いて、、、。

離れぬように、その時はこの袖を握り、引き止めたい。


━━小殊が眠れと言うならば、眠ろう。
お前が安心出来るよう。━━
皇帝に長蘇の安堵が伝わる。


━━人には見えぬ、もう一つの翼が安らぐ様に、、、。━━


数える程しかない、皇帝の、穏やかな一日だった。




─────────糸冬─────────