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金陵奇譚 ─双の翔(つばさ)─

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祁王と自分と林殊と、、、、あの林殊も祁王の言うことはよく聞いた。
自分達にも、こんな時代もあったのだ。
二十歩程、離れた所で、三人が立ち止まる。
どうしたのか、と、皇帝が見ていると、庭生が弟皇子と何かを話していた。そして皇太子も、何か庭生に言っている。
暫く庭生は考えて、弟二人に何かを提案していた。弟達は納得した様子だった。

「どうしたのだ?。」
「さぁな、景琰、見ていろ。庭生は解決できたのだろう。」

皇帝と梅長蘇が見ていると、屈んだ庭生の背中に、皇太子がおぶさり、庭生は弟皇子を両手で抱え立ち上がった。
「あっ、、庭生が、、、。」
数歩よろめいたが、後はしっかりと歩いて、養居殿を去って行った。
それを見て、はらはらしていた皇帝を、梅長蘇が落ち着かせる。
「大丈夫だよ、景琰。庭生は、林家の血を引いているのだ、元々体は強い。更に国境で鍛えたのだ。」
「だが、、幾ら何でも、、。」
「まだ、庭生に対して、お前には、祁王の子だという遠慮があるのか?。庭生自身も知らぬ事であり、何より今は、庭生は皇子達の兄で、お前の子だ。」
「、、遠慮、、。」
「赤焔事案が起こった段階で、例え祁王に罪が無かったとしても、排除されてしまったのだ。この段階で祁王は、皇帝の継承者から外れたのだ。自分の立場を守ること、、どれだけ責任があり重要な事か、、景琰ならば分かるだろう?。
世が世ならと、考えなくていい。むしろ、お前の遠慮と無用な心配りが、庭生にとって邪魔になる事もあるのだ。
仲の良い兄弟、、、十分では無いか。」
皇帝は、目を瞑って考えていた。
「、、そうかも知れぬ、、。確かに幾らか気を使っていた。だが、庭生は私にとっては、甥に当たる。そして赤子の頃から見守ってきたのだ。赤焔事案や祁王への想いを別にしても、特別な子供であり、可愛いと思うのだ。
いっそ、、公表してしまえれば、どんなに楽だろうかと、何度も考えた。私は楽になるが、庭生が要らぬものを背負うのだな。」
梅長蘇は、ゆっくりと大きく頷いた。
「抱え続ける事も、辛い事だ。
だが、景琰ならば、全てを包めるだろう。怪童の私も、お前に包まれていた。私に比べたら、庭生なんか楽なものだろ?。」
「ぷ、、、『お前が』大変だったっていう、自覚はあるんだな。」
「景琰は、私の面倒を見るのが、好きそうだったから、わざわざ面倒をかけてやったのさ。私も、色々考えたんだぞ、おかげで楽しかっただろう?。」
「よく言うよ。全くお前は、、、。」
皇帝は、しれっと、こんな事を言ってのける梅長蘇を、呆れて見ていた。
「ふふふ、、。」
「ぷっ、、、。」
そして、最後は二人、笑い合うのだ。

「静伯母上の点心は、まだあったよな。」
梅長蘇が皇帝の膝の上にある袋を手に取り、中を探り出した。
「ん?、何をする気だ?。」
長蘇は中から一つ取り出し、。
「懐かしいな、榛子の菓子か、、、。美味かったんだ。あの時に食べたきりなんて、心残りだった。」
長蘇は一つ摘んで、口の中に入れようとしていた。
「あっ、、何を考えてる、小殊!!。」
皇帝は、長蘇の指から菓子をもぎ取った。
「さすがにもう、大丈夫だろ?。あの時みたいに、もう苦しんだりしないさ。何せ体がないんだからな。ふふふふ、、。」
菓子を返せと、長蘇は掌を皇帝の前に出した。
「駄目だ。もし、、もし万が一、発作が起きたらどうする?。小殊は私にしか見えぬのに、私ではどうにもならぬ。母上だとて、どうすることも出来ぬのだぞ。」
「は???、、何を言っている?。体も無いのに、発作なんか起きる訳が無いだろう!。ほら、寄越せ、楽しみだったのだ。一つ位、何ともない。全部、寄越せと言っている訳では無い。景琰と私で、一つずつ頂こう。何も問題は無い。」
「、、、、、。」
「あっっっ!!、景琰のけちんぼうめ!!。一つ位良いじゃないか!。」
皇帝は、一度に二つとも口に入れて、あっという間に食べてしまった。
━━あの時、、どれだけ心配をしたか、、。苦しむお前を目の前に、何も出来なかったのだ。、、、、もう、あんな思いをしたくない。━━
「発作が起きないとは、言いきれないだろう。」
真顔で答える皇帝。
こんな姿になっても、若い頃の簫景琰が林殊を丸ごと包んでいた様に、刻が過ぎても、その関係は何も変わっていないのだ。
林殊はもう何でも出来て、剣や槍の腕が簫景琰を凌いでいても、戦術学や学問に突出していようとも、何か無茶をやらかす林殊が、心配でたまらなかった。
期待を外さず、心配通りに何かやらかすからだ。そして解決策には簫景琰も組み込まれていた。
それが楽しくなかった、迷惑だった、と言えば大嘘になる。
あの頃が、今ここに、戻って来たようだった。
「ちっ、、食べ損ねた。」
「私には小殊の姿が分かるのに、他の者には見えない。しかも飲み食いは出来る、、。体に入った物は、一体どこに行くのだ?。」
「、、、知らん。」
「私の不安を考えてみろ。」
「あっ、、、そうか。」
「?。」
「皇太宮に行けば良いのか!!。」
「頼むから行くな!。」
皇帝は、寝台から立とうとしていた長蘇の袖を、掴んで引き戻した。
長蘇は、袖を引っ張られ、体制を崩し、皇帝の腕の中へ倒れ込んでしまった。
梅長蘇は、暫く、胸の中に顔を埋めていたが、不機嫌な顔で顔を上げる。
「乱暴だな。」
━━まずい、小殊を怒らせた。━━
怒っている顔だった。上目に睨まれているが、皇帝の動悸が激しくなる。怒らせたからだけではない。
皇帝が、倒れた長蘇の体を起こし、口篭りながら言う。
「小殊が行くって言うから、、。皇太宮に行って、お前の姿が、母上に見えても見えなくても、何だか切ないではないか。
もし見えたとて、母上も老いたのだ、心の臓が止まったらどうしてくれる。」
「駄目か?。」
「駄目だ。」
「どうしても駄目か?。」
何だか切なそうな梅長蘇だった。
「そんなに私の母に会いたいのか?。」
「静伯母上は、まだ点心を拵えてるんだろ?。ふふ。」
「そっちが目的か。」
皇帝は、長蘇に呆れた素振りをしたが、実は少しほっとしていた。
━━小殊がむくれても、ここまで私は慌てはしないものを、、。梅長蘇には、幾度かこんな表情を向けられた。、、、、どうして良いのか分からなくなるのだ。取り繕うのに汗が出る。
母上に小殊が見える事が、私にとって、嫌な筈は無いのに。━━
また、怒らせて睨まれてみたい、、、が、小殊と違って、むくれ続けられたら、どうしていいか分からない。
━━どうしたいのだ、私は。
小殊を、少しからかってみたい、、いつもそう、思っていたのだが、、、。
昔から、いつも最後には、小殊が上手く持っていってしまう。
悔しいとか、、そういう訳では無いのだが。
思う通りに生きていたのだ。気ままに行動している様で、最後はちゃんと纏め上げた。
どうしたら、そんな風に、出来るのかと、、、。━━
皇帝は梅長蘇の顔を、じっと見ていた。
皇帝の心を察した様に、長蘇が口を開く。
「景琰は偏屈だから、弱音なんか吐いてはいけない、と思ってるんだろう?。」
「、、、ぁ。」
あながち、外れてはいない。と、いうよりも、むしろ図星だった。