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泥沼に沈む身

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無我夢中で言っていた。
頭の中で必死になって計画していた全てのことが真っ白になって流れて行ってしまって、僕は勝手に動く口を押さえることができなかった。目の前に立っていた太子は、最初ポカンとした顔をして、「漸くお前も私の魅力に気づいたようだな」と、笑った。
だけど、僕があまりにも真剣な表情をしていたから、やがて、静かに「冗談じゃないのか?」と一言呟いた。

「冗談でこんなこと言いません」

僕はそう言ったけど、太子は僕の言葉なんて聞いてさえいないようだった。目を閉じ、ひとつ溜息を零すと、「一度、距離を置いてみないか?」と、僕に言った。それは、疑問系の形をとっていたけど、僕にとっては一種の宣告に近いもののような気がした。「じゃあな」と僕に背を向けた太子は、探していた四つ葉のクローバーを、意図も簡単に手放して僕の目の前から消えた。
太子のほかに、見るものがなかった僕は、ヒラヒラと地に落ちていくそれらをぼんやりとみつめていた。


太子と顔を合わせなくなってから気づいたのは、「会おう」と思わなければ、彼と言葉を交わす機会など無い、ということだ。もとから立場が違うのだ。いつもウザい位彼と話している気がしていたのは、太子が僕に会いに来てくれていたからだと、そう気づいてから、僕の後悔は更に深くなった。前だったら目があった瞬間小さく手を振ってくれたのに、ある時は僕なんか眼に映っていないようにすっと視線を外された。ジャージ姿ではなかったせいもあって、目の前にいた男は、もはや僕の知っている太子では無いような気がした。

僕は、もう、全てのことが嫌になった。
仕事をこなしていても、ちらちらと太子の顔が浮かんだ。振り切るようにして、仕事に没頭し続けた。邪魔をしにくる人物がいなく、仕事はたいそうはかどったが、心は重いままだった。

気がつけば、太子と言葉をかわさないようになってから、1ヶ月が過ぎていた。

作品名:泥沼に沈む身 作家名:たこす