泥沼に沈む身
僕は、その夜、なんとなく眠れなくて、外に飛び出し、ぼんやりと湖を見つめていた。冬の冷たい風がほほを撫で、帰らなければ風邪をひくだろうとそんなことを考えながらも、身体は動こうとしなかった。
水面に映る月と僕の姿。風が吹くたびにゆらゆらと揺れる。その中に見慣れた顔が見えた時、僕は何も考えずに振り返った。
そこにいたのは、太子であった。
「……」
冬の夜半過ぎ。寒がりの癖に、ジャージを着ているのみの太子の鼻は赤く染まっていた。僕は驚いて、声も出せずに呆然と太子を見ていた。
「何だよ、人を幽霊みたいに」
まだ、幽霊であった方が良かったと思う。寝間着姿の僕は、吹きつける風の冷たさに、身震いがした。それに気づいた太子が、「私も寒い」と破顔した。
その笑顔一つで、無様にも泣きそうになる。
「どうして」
「……」
「どうして、あんた此処に来たんですか」
僕が一体どんな気持ちで、この一か月を過ごしたと思っているのか。恨みごとの一つや二つ、言っても構いやしないほどのことだと僕は思う。鼻の頭を赤くした太子は、それだけで馬鹿みたいな気の抜けた表情をしていたけど、それでも「来てはいけなかったか?」と言った。
「だって、太子、僕と会うのをやめるって言っていたじゃないですか」
「うん?ちょっと距離を置こうと思っただけだよ」
「ふざけんな、あんたは勝手すぎる。僕がどんだけあの事を後悔したかあんたは知らない癖に」
意味がわからない。相変わらず、太子は太子の世界をもっていて、その世界の王様でいるような気になっている。僕は、眉をひそめた。
冷たい風が僕たちの間を通り抜けた。
「でも、好きだと言ったのは君じゃないか」
一体どんな顔をしてそんなことを言っているのか、と思ったが、意外にも彼は困ったように笑っていた。