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【弱ペダ】My Valentine

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 最近ではスーパーやコンビニエンスストアでも、ローマ字でバレンタインと綴られたポップが飾られていることから、これは読める。だが、意味を知っているかと言うと、やはり良く判らない。
「バレンタイン……、って、流石にチョコレートってことじゃないよね……?」
 なに言ってんだろ、僕、とツッコミを入れながら、坂道は再びパソコンに文字を打ち込む。そして、少し考えて、後ろに『イギリス』と追加して検索をかけた。結果がずらりと並ぶ。上からイギリスでのバレンタインや文化に関すると思われるサイトをパラパラと開いていく。
「もともとはキリスト教の聖人なのか……。イギリスだと男性から送るんだ……。カード、花束、チョコレート……」
 坂道は洗濯物を出すのも忘れて、制服のままパソコンの前に座ってサイトをアレコレ読み進めた。バレンタインが近付いて、学校の女子生徒も男子生徒もソワソワしていた。日本では女性から男性へ気持ちを伝える日として盛り上がっている。加えて、特別仕様となるチョコレートを女性が自分のために、あるいは友達にと買ったりもするらしい。
 男女と言う関係を置いておいて、気持ちを伝える日と言うなら、坂道だってしていいはずだ。遠く離れてはいるが、一応恋人同士なのだし。だが、普段の手紙とは違うし、チョコレートも贈れるのかどうか、むしろ巻島に迷惑ではないかと考えて、躊躇ってしまったのだ。
「へー、イギリスだとチョコレートって一般的な手土産なんだ……。バレンタインだから特別に買うってわけじゃないんだ……」
 バレンタインの時には、合わせて特別なパッケージになった商品を売るが、それとは別に普段からもチョコレートと言うのは良く買われるものらしい。人の家を訪ねる時、人と会う時のちょっとした手土産に、果ては音楽会などでもチョコレートを持って行って鑑賞しながら食べたりすると言う、遠い国の想像もつかない文化に関する記事を興味深く読んだ。
 記事を読み進めるうちに、とある文字が飛び込んできた。
 『この時期のカードに書かれたバレンタインの意味は、特別な人、愛する人』
「と……っ、特別……」
 坂道は戸惑いながら呟くと、顔が熱くなってくるのを感じた。巻島からの意図の掴めない言葉から、はっきり輪郭をもった姿に変わり、じわじわと意味が沁みてくる。そして、久しぶりの巻島からの気持ちに舞い上がってしまいそうだ。同時にカードに残された『点』で巻島がカードを前に、ペンを取っては止まり、またペンを置き、と逡巡している姿が何故か思い浮かんだ。
 見たわけでもない姿の妄想でしかないが、今すぐに会いたくて堪らなくなる。
 日本でただの先輩と後輩と言う関係から変わった後も、巻島は滅多に坂道への気持ちを口にすることはなかった。けれど、態度や坂道に触れる仕草にその分気持ちが詰まっていて、触れられるほど近くに居るだけで坂道は嬉しかった。
 遠く離れてしまってからは、手紙をしつこいほどに送っている。返事がないだろうと言うのは聞いていた。それも巻島らしいと思っていた。
 それでも。
 夏にインターハイの応援に来てくれた。ゆっくり話す時間はなかったけれど、それでも久しぶりに会えてどんなに嬉しかったことか。
 そして今はこのカードだ。クリスマスも年賀状もなかったのに。それだけにこの時期にカードのみとは言え、巻島から気持ちを貰えて、嬉しくて嬉しくてふわふわと雲の上でも歩いているような気がした。嬉しくて顔が緩むのが止まらない。
「あら、随分と嬉しそうね、坂道。そんなにご飯美味しかった? そうそう、洗濯物出しときなさいよ。聞いてるの?」
 夕飯の席で母の小言も聞こえないほどだった。

「小野田くん、なにしとるんや?」
 翌日の学校帰り。本屋に寄った坂道の姿を見て、鳴子が心配そうに今泉に聞く。文具コーナーの様々なピンク色に溢れたバレンタインカードの棚の前で坂道が立ち止まったまま、動かなかったからだ。
「さあ……」
 今泉は歯切れ悪く答えながらも、坂道の方へ行こうとする鳴子を止める。
「良いからほっといてやれ」
「なんでや。あ、お前さてはなんぞ知ってるな?」
 鳴子が訝しんで詰め寄る。
「知らねーよ」
 寄ってくんな、と今泉が鳴子の頭を掴んだまま、腕で遠ざけようとする。なんやと! と鳴子が言い返せば言い合いが始まる二人だ。流石にその騒ぎは坂道を正気に戻したらしい。
「二人ともごめん! ちょっと、ボーっとしちゃって……」
 一緒に店を出ながら、坂道は待っていてくれた二人に謝る。
「なんや、小野田くん。誰ぞに送るんか? あっ! もしや貰ったんか?」
「えっ……! あ、いや、その……」
 鳴子の指摘に坂道が何事かを言おうとしたものの、途端に顔を真っ赤にして言い淀んだ。更に何事か、坂道をからかおうとする鳴子を片手で押しやると、今泉は坂道に尋ねた。
「もう良いのか?」
「う、うん」
 坂道が顔を真っ赤にしたまま頷く。腕の先では鳴子が暴れている。今泉はそれを平静を装いつつ全力でいなす。だが、何となく坂道の表情から事情を察して、腹の中では酷く動揺していた。俺は今、本当は知らなくても良い事を知ってしまったんじゃないだろうか。まさか、いざと言う時にはすごく頼りになる、途方もない希望を口にするけれど、それを全力で実現しようとし、またその姿で誰もが厳しいレースの中で励まされる、稀有な、と言っても良い存在が。もう卒業してしまった先輩と……、先輩と……、先輩とッ……!
 どうにも推測と言うか憶測の結果を受け入れられそうな気がしない。鳴子の頭を押さえつける手につい力が入った。「いでででで! なにすんねん、ドアホ!」と鳴子が怒鳴ったような気がするが、するりと右から左へ抜けて行った。
 いやいや。今の世の中、人の性的嗜好をどうこう言うのはどうなんだ。しっかりしろ、今泉俊輔。
 そう叱咤してみるが、自分の近しい所にいるのと、自分とも関わりがありながらも遠く曖昧な世間や世界といったところにいるのとでは、やはり違うらしい。一向に動揺が収まる気配がない。
「わっ、大丈夫? 鳴子くん!」
 だが、坂道があわあわと慌てながら、それでも嬉しそうな表情を隠せていない顔を見て、ふっと毒気を抜かれたような気になる。同時に手が緩んだのか、鳴子が逃れた。そして、今泉に掴まれていた頭の痛みを緩和するように、ごしごしと擦る。坂道が心配そうに傍で声をかけていた。
「そうか」
 坂道は坂道だ。それでいい。だから、この問題を深く追求するのは止めよう、と今泉は心に決めた。
「クラァッ! 聞いとんのか、スカシッ!」
 鳴子の怒鳴り声ではっと我に返る。坂道が心配そうに鳴子と今泉を交互に見ていた。なんでコイツこんなに喚いてるんだっけ?
「なんだっけ?」
 今泉のきょとんとした問いに、鳴子が言葉を失って、ぽかんとした顔をした。

――end
作品名:【弱ペダ】My Valentine 作家名:せんり