【弱ペダ】バレンタインだからってチョコレート貰えると思うなよ
そんな荒北をどう思ったのか、新開がそわそわしている。多分荒北と同じ理由だ。久しぶりに顔を見たら、少しは触れ合いたいと思ってしまう。勿論場所、タイミング、もろもろの事情を鑑みても無理なのは判っている。けれど互いに、そこまでか、と荒北はおかしくなってしまう。
「ハッ! バレンタインだからってチョコレート貰えると思うなよ!」
荒北は新開の額をデコピンしながら笑う。そして首に巻いたマフラーを掴むと間近で言い聞かせるように言った。
「なァに、期待したァ? チョコレートなきゃァ頑張れねーとか、言わねーよなァ? ダメ四番!」
近付けばいつもの新開の匂いがする。自分をぐずぐずにダメにする匂いだ。そのまま身を任せたい衝動を辛うじて抑え込むのが、どれだけ辛いか。新開も同じ思いだと願うしかない。そして受験が全て終わったら……、それこそ新しい生活が始まるまでの短い時間だと判っていてもそれを励みに堪えるしかなかった。
「オメーの本命だろーが! 箱根の鬼が獲らなくてどーすんだよ!」
ビックリした顔をする新開の肩を、挑むように笑って拳で軽く小突けば、新開も思いつめたような顔がふっと緩む。
「ああ、ありがとう、靖友。行ってくる」
じゃあな、といつもの新開の余裕のありそうな笑顔で改札を抜けた。
「新開」
荒北の呼びかけに新開が振り向く。
「やる」
そう言って、荒北は新開の手元にコンビニの袋を投げ込んだ。
「靖友……?」
口が結ばれた袋を手にして、新開がきょとんとした顔をし、袋から辛うじて透ける柄と形から何かを想起したような、期待に溢れる顔で荒北を見てくる。そんな嬉しそうな顔すんな! 荒北は心の隅で買ってよかった、渡せてよかったと安堵した。同時に恥ずかしくなってむず痒いと叫ぶ代わりに、なんとか不敵な笑みを浮かべてみせる。
「狙った獲物は必ず仕留めるんだろ! 獲って来い!」
「ああ」
新開がそう答えるのを見て、荒北は踵を返した。
後日、結果はまだとは言え、本命の受験を終わらせた新開から、一体どこで、どんな顔をして買ってきたのかと驚くほどの凝った箱に入ったチョコレートを、酷く緊張した顔で渡された荒北は、寮に戻って部屋で一人になった途端、嬉しさと照れくささで「むず痒い!」と叫ぶことになるのを今はまだ知らない。
――end
作品名:【弱ペダ】バレンタインだからってチョコレート貰えると思うなよ 作家名:せんり