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【弱ペダ】バレンタインだからってチョコレート貰えると思うなよ

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 荒北は緊張した面持ちでゴクリ、と唾を飲む。この場合は店員が女性でも男性でも、緊張感とバツの悪さは変わらない。
 ――癪だけどォ! あの不思議チャンのマネして、当たり前って顔してりゃ、いーんだろ!
 我知らず震える手を、あくまでさりげない態度を装ってレジにカゴを出す。
「ッシャーセー」
 大学生か、もう少し上だろうか? と迷ううほどに年齢がはっきりしない若い男性店員が、少し疲れたような口調でレジを打ち始める。落ち着かなげにレジが済むのを待っていると、いつの間に入ってきたのか、数人の客が荒北の後ろに並び始める。その全員に荒北がバレンタインのチョコレートを買っているのを見られているような気がして、妙に落ち着かない。相当に長く勤めているのか、手早いがそれでも今の荒北にとっては、妙に長く感じるゴール前の熾烈なスプリント勝負をしているような気持ちだった。まだか、まだなのか。早くしろよォ!
「あ、こちら……」
 店員がバレンタイン仕様の箱を指差す。荒北はギクリとして不審な振る舞いを取りそうになる自分を辛うじて抑える。なんだ、なんなんだよォ!
「専用の紙袋がありますけど、おつけしますか」
 せんよーの紙袋がありゃっスけどォ、おつけしゃっスかァ、と言った感じの口調で聞かれどっと方の力が抜けた。なんだそんなことか、と思ったが、ふと荒北の頭脳がぎゅんぎゅんと音を立てて周り始める。
 待てよ。折角やるんなら、紙袋があった方が良い。だが。紙袋が要るって言うと、コイツ人にやるつもりだとか、貰ったフリだって思われるんじゃなァい? いや、それは却下だろ。
 僅かな間で考えると、荒北はきっぱりと言い放つ。
「いや、要らないっス」
「かしこまりやしたー」
 店員は特別の感慨も伺えない口調で答えると、サクサクと商品を袋に詰めた。
「あざっしたァ」
 会計を済ませて差し出された袋を手に店を出ると、荒北はどっと疲れたような気持ちになる。自転車のところで、思わず一緒に買ったアンパンの袋を破って、早速かぶりついた。

 チョコレートは無事手に入れた。後は渡すだけだ。
 だが。いざ渡そうとすると意外とハードルが高かったのである。
 荒北は寮に帰ってすぐにでも、新開の都合を聞くメッセージを送れば良いと思っていた。スマホはすぐそばにある。だが、荒北は何故か手に取れなかった。その代わりにいつもならギリギリになる洗濯を済ませ、風呂に入って、夕飯も食べてしまう。それでも連絡が出来なかった。
 折角買ったチョコレートは机の隅に置かれて、そこだけが華やかに感じるほど、殺風景な寮の部屋の中で異彩を放っていた。
 自習時間になっても、荒北は新開に連絡が出来なかった。
 むしろ、自分でも気付かないうちに、チョコレートを買ったことを忘れてしまおうとしているようだった。だが、視界の隅から己の部屋にはほぼ存在していなかった色が主張してくる。気にしないようにしているのに、余計に気になってしまう。
 次の試験がまだあるというのに。問題集に集中しようとしても、数分ごとに意識がチョコレートに行ってしまう。
「だあっ!」
 チョコレートが発してくる空気に負けた荒北は、一言吠えた。
「送りゃいーんだろ! メッセージ! ったくよォ!」
 荒北は自棄気味にスマホを取ると、新開にメッセージを送ろうと画面のロックを外す。と、見ていたのでは? と思うような良いタイミングで新開からメッセージが入った電子音が響いた。ふと時計を見れば、すでにいつも連絡を取り合う時間だ。折角の自習時間をチョコレートとの攻防に邪魔されたことになる。
 ――試験おつかれ
 たった一言。それでも、その言葉を言う新開の表情や口調、声が荒北の中で再生される。それだけで新開の声を直接聞きたくて堪らなくなった。頭で考えるより先に、通話ボタンを押していた。
「もしもし、靖友?」
 数回の呼び出し音の後に、新開の声が耳元で聞こえた。なんだかそれだけでほっとする。それまで感じていた、色鮮やかなチョコレートの箱からの圧力もどこへやら消えたような気がする。
「おー」
「試験おつかれ」
「ああ。オメーはァ?」
「明後日だな」
 それで思い出した。明後日の試験が新開が目指す本命の試験日ではないか。ちっ、と荒北は心の中で舌打ちをする。ハコガクの面々の受験先や日程は聞いて大体覚えていたはずだが、直前までは自分のことで精一杯だった。とんだ間抜けだな、俺も。さっぱり忘れてたぜ。
「今度はオメーが追い込みか」
「ああ……、だな」
 新開の残念そうな声がして、沈黙が落ちる。バレンタインは明日だ。だけれど、明日は会えない。受験生の試験前に邪魔をするのは、流石に考えものだ。
「おめさんに会いたいけど……」
「バァカ、勉強しとけ」
 会いたいのは同じだ。明日がダメなら、今日これからだっていいワケだ。そう、荒北が消灯後に寮を抜け出して、新開のところまで行ったって良い。これまでも何度かやったことがあるから、大体感覚は判っている。
「てか……」
「だな! おめさんも今日は疲れたろ、ゆっくりしときな」
 荒北がそう言おうとした気配を察したのか、荒北が言葉を紡ぐ前に新開がそう言う。なんだか意気込んでいたのに肩透かしを食らったような気になる。
 ――ったく、誰だよ! チョコレート欲しいとか言ったヤツ!
 あんなに苦労して買ったのに、渡せないのか。確かに二人とも受験生だ。怪我や病気をするわけには行かない。特に本命がまだ控えているのなら、尚更だ。だから、渡すのはバレンタイン当日じゃなくたって良いのかもしれない。
 けれど。
「オメー、明日新幹線で行くっつったっけ?」
「ああ」
 都内に行くには当日の新幹線でも間に合わないことはない。が、何かあったら取り返しがつかなくなる。そこで、前日から大学の近くに宿を取ると言っていたのだ。
「何時ィ? 見送りに行ってやるよ」
 電話の向こうで新開が息を呑むのが判った。
「けど……」
「何時かって聞いてんだけどォ?」
 荒北は調子がきつくならないように、それでも答えろ、と言う圧力を込めて訊ねる。
「二時の新幹線に乗る……けど……」
 躊躇いがちな答えが返ってきた。
「バァカ、心配すんな。改札までしかいかねーよ」
 ハッ、と笑ってやる。きっと互いに会ったら離れがたくなる。それは荒北だって同じだ。だからホームまでなんて行かない。改札で行って来い、と肩をどやすだけだ。
「……いや、おめさんに会えるなら嬉しいよ」
 声だけで顔も見えないのに、新開が嬉しそうに笑っているのが判る気がした。

「よォ」
 改札前の柵に寄りかかっていた荒北は、新開に声をかける。
「やあ、靖友」
 新開が嬉しそうに、しかし、自分よりも先に駅に来ている荒北に驚いたような顔をして答えた。
「おめさん、マジに来てくれたのか。ありがとな」
「気が向いただけだ」
 礼なんぞを言われた荒北は照れくさくて強がりを言う。自分が会いたくて来てしまっただけだ。まあ……、少しばかり早く来過ぎた感はあるが。
「靖友……」