『掌に絆つないで』第一章
Act.10 [幽助] 2019.5.27更新
放送で呼び出されて数分後、幽助は本部の間近まで迫っていた。
煙鬼か、それとも北神か。
誰が呼びつけたのかを考えながら本部にたどり着いた直後、どくん、と胸中で大きく脈打つものがあった。
……なんだ?
魔族の心臓である核が脈打ったようにも感じたが、何かが違う。もっと鳩尾(みぞおち)に近い腹部で、何かが蠢いた。
不審に思いつつも、幽助は歩を進める。すると再び得体の知れぬ何かが脈打った。
「幽助!」
声の主は、ぼたん。顔を確かめずとも判明した声の持ち主に顔を向けようとしたが、身体が動かない。
腹が熱い………。
脈打っていた何かは、急激に熱を帯び始めた。
幽助は腹部を押えて前かがみに身体を折り曲げる。押える腕は、赤紫色のオーラに侵食されていった。
……この光……!
昨日、幽助と蔵馬、飛影が浴びたものと同じ色の光が全身を覆った。光はひとつの塊となって幽助の腹部から出現したかと思うと、風を切る速度でひなげしに向かい飛んでいき、水晶玉へと吸い込まれた。
赤紫の光から解放された彼は、どこにも傷を負うことなく、何もなかったかのように元通り。
しばらくはその状況を理解できず、幽助は何度も瞬きを繰り返した。
「まさか幽助が冥界玉を持っておったとはな」
呼び出したのはコエンマだった。
昨日三人が浴びた光の正体は、冥界玉と呼ばれる玉が発したもので、そのエネルギーは幽助が体内に取り込んでしまっていたらしい。
「ぼたんや私が触ったら命に関わるけど、冥界玉に対抗するほどの強いエネルギーを持っている者なら、自分の力の一部にすることも可能なのよ。もともとこのエネルギーは誰かに寄生しなきゃ使えないものだし」
巫女の姿をした霊界案内人のひなげしが説明をくれる。そんなエネルギーの塊が自分の中にあったなんて、言われても実感がない。とりあえず幽助が持っていたことで、大事に至らずに済んだらしい。
「なんだ~、オレってやっぱ天才? 事件が起きる前に解決しちまうなんてな」
「偶然、じゃろう? まあ、その偶然に助けられたことは否定できんがな。お前にしては上出来だ」
憎まれ口を叩きつつも、コエンマは心底安堵した顔。その大人びた青年の表情には似合わず、相変わらずおしゃぶりはくわえたままだ。
霊気を貯める器、そろそろ別のモンに変えりゃいいのに。
自身の提案に納得していると、その後は予想通りの展開が待っていた。
「あれ、幽助。蔵馬は一緒じゃないのかい?」
そう切り出したのは、ぼたん。
……またか。
「ああ、別行動だ」
「なんでだい?」
「んなこと、いちいち理由なんていらねーだろ!?」
本日二度目。
剣幕に驚いたぼたんが飛影の後ろに隠れると、コエンマも怪訝な顔で訊ねた。
「ケンカでもしたのか?」
「してねーよ! 一緒にいねーだけだ。蔵馬に会いたいなら、さっきにみてぇに放送で呼べばいいだろーが」
「あたしは一緒じゃないのかって訊いただけだよぅ」
確かにぼたんは間違ったことをしたわけじゃない。それでも幽助は、蔵馬の名前を聞くと機嫌よくいられなかった。
冥界玉とは違う何かが、彼の胸中で渦巻いたままだったから。
作品名:『掌に絆つないで』第一章 作家名:玲央_Reo