『掌に絆つないで』第一章
Act.11 [蔵馬] 2019.5.27更新
コエンマと幽助がトーナメント会場で再開した少し前、蔵馬は黒鵺と懐かしい地に足を運んでいた。
彼らが盗賊時代にいた場所は人間界に近く、トーナメント開催地からそう遠くはなかった。かつては結界を張ったり、呪い(まじない)をかけたりして盗品を守っていたが、今はそれほど執着なく、近づきもしなかった隠れ家。それでも、大事なものを奪えないよう隠しておくには最適の場所だった。
「お前に返せる日が来るとは思わなかった」
蔵馬は隠れ家の奥のほうから、かつて黒鵺の所持品であったペンダントを取り出してきた。
「大事にしてたものだろ」
「……ずっと持っててくれたのか」
「ああ、捨てられるわけも…なくてな……」
黄泉と盗賊団を結成するより以前、蔵馬は黒鵺と二人であらゆる財宝をあさっていた。
楽に入手できる宝もあれば、困難を極めるものもあった。それでも、二人は自らの力を過信したまま、挑み続けていた。
そんなある日、敵に追われ竹槍を無数に浴びせかけられながら、彼らは捕まるまいと疾走していた。だが運悪く、黒鵺がいつも首にかけていたペンダントの鎖が竹槍に当って切れてしまう。一刻を争う逃走の場面で、彼はペンダントを拾うために槍が降り注ぐ敵地へと踵を返した。
止める間もなかった。
黒鵺は蔵馬が振り向いた瞬間、射抜かれた。そして、駆け寄ろうとする友に、彼は言い放った。
―――オレに構うな……逃げろ、蔵馬ー!
そう叫ぶ間にも、彼の背中や肩にさらに竹槍が突き刺さる。
鮮血を流しながら、なおも彼は友を逃がそうともがいていた。
あの時、オレはその場に黒鵺を残して立ち去った。
敵が賊を追うのを諦めた頃、蔵馬が黒鵺の息絶えただろう場所に赴くと、土に染み付いた血痕とペンダントだけが残っていた。そこに、黒鵺の姿は見当たらなかった。
「生きているのか死んでいるのかさえわからないまま、何百年も過ぎて……。また、こうしてお前に会えるとは思わなかった」
蔵馬はペンダントを彼の形見と思って持ち帰ったのだ。一縷の望みもないものと、諦めていたから。
「オレも予想外だった。かつての、あの妖狐蔵馬が、人間の姿でいるとはな」
「驚いただろ。でも、オレの姿が変わったことは知っていたんだな。今ではもう、妖狐の姿に戻ることも出来る。戻ってみせようか?」
「別にどちらでも構わない。オレは、お前が……姿を変えてでも、生きることを選んでくれたことが嬉しい」
「お前が命を懸けて守ってくれた。そう簡単には死なんさ」
「オレも700年、何もなかったわけじゃない。この姿に戻れるまで、いろいろあった」
自分は狐の化身。そして、黒鵺はトラツグミとも呼ばれる鳥の化身だ。妖狐が人間の胎児に憑依したように、彼もまた魂を別の器に移して命を繋いでいたのだろうか。
「黒鵺。オレたちが離れている間、どんなことがあったのか聞かせてくれないか」
「ああ。ゆっくり、聞かせてやるよ。焦ることもないだろ? オレたちの時間はまだまだある」
魔族の持つ時間。魔界が育む、果てしなく長い時間。その恩恵で再会できた黒鵺の姿に、初めて故郷を見出せた気になった。
吐息と共に、微笑が漏れる。
「ああ、そうだな。時間は……まだまだある」
込み上げる懐かしさを押えきれず、不自然なほど自然に、蔵馬はそう呟いた。
作品名:『掌に絆つないで』第一章 作家名:玲央_Reo