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『掌に絆つないで』第一章

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Act.12 [幽助] 2019.5.27更新


…眠れねーな。
雷禅の部屋で落ち着かない夜は、初めてかもしれない。
ここへ来ると、数分で眠りについてしまう自分が、今日は眠り方を忘れてしまったかのようだ。

蔵馬と自分との繋がりは、自他共に認めていたはずだった。いつも一緒にいる、と思われることに腹が立つことなどなかった。それが今日は違う。
黒鵺とかいう男の気まぐれな態度ひとつで、なぜこれほどまでに苛立つのかわからない。わからないために、さらに腹が立つ。嫉妬などではない。恋人じゃあるまいし、ましてや彼は男。自分に同性を独占して喜ぶ趣味はないはずだ。それなのに、あの黒鵺だけは例外ときた。何か、無性に神経を逆なでする。それが何なのか、やはり幽助にはわからないのだが。

それともうひとつ気になることがある。
過去、蔵馬とはケンカをしたことがない。
桑原とはいつも一緒にいて常にケンカしていたのに、蔵馬とはない。飛影には久しぶりに会ってもケンカすることがあるのに、蔵馬とは一度もない。
比率的に見て、おかしい。
もしかして、オレが蔵馬に苛立つことがないとしても、あいつはオレに苛立つことがあるんじゃねーか?
もしかして、蔵馬が怒ってるときも、オレが気づいてねーだけ?
もしかして、蔵馬、オレといると疲れる…?
このまま、戻ってこねーのかな…。
気を遣って疲れてしまう相手より、昔の仲間のほうがいいに決まってる。
結論が出たかと思われたとき、幽助は慌てて首を振った。
あいつはあいつ、オレはオレ。一緒にいてもいなくても、それは変わらねーはずだ。考えんのはここまでだ。何、マジに心配してんだ、オレ。
毛布を頭までかぶって、彼は固く目を閉じた。浮かぶ言葉をひとつひとつ打ち消しながら、眠ろうと必死になる。
そのとき、北神の呼ぶ声が聞こえた。

どうやら誰か来たらしい。
北神が丁重にノックしてから扉を開けると、少女がひとり飛び込んできた。
彼女の顔に見覚えがないはずもなかったが、わざわざ自分のところに訪ねて来ることも意外で、多少驚いていた。が、それだけではない。彼女が開口一番発した言葉に、幽助は動揺せずにいられなかった。
「幽助さん…! お兄さんのところへ連れていってください…!!」
氷女特有の淡い水色の着物をまとった少女は、挨拶も省いて幽助に駆け寄り服にしがみつくと、険しい表情をこちらに向けてそう言い放った。いつもの穏やかな彼女からは想像し難い光景。
飛影の妹である雪菜には、飛影が兄だという事実は告げられていないはず。そして、彼女は兄探しをとっくに諦めたとも聞いていたのに、なぜ今になって兄を探しているのか。
幽助は飛影から固く口止めされている事実を、すでに雪菜が知っているのかどうか、状況が飲み込めずに戸惑っていた。
「…雪菜ちゃんの兄貴って……、その…どこにいるかはオレにも……」
言葉を濁しながら応えると、彼女は険しい表情を解き、我に返って少し距離をおいた。
「すみません、興奮してしまいまして……。その、私の兄は、実は……飛影さんなんです。飛影さんの居場所を教えてくださいませんか?」
雪菜は幽助の前ではっきりと口にした。飛影が自分の兄だ、と。
いつ飛影は兄と名乗ったのだろうか、いや、誰かが漏らしたのか。それとも、雪菜はその事実を以前から知っていたのか。
思考を巡らせる幽助に、たたみかけるように雪菜が言葉を続ける。
「幽助さんも知らなかったんですよね。驚かせてすみません、でも本当なんです。幽助さんなら、飛影さんの居場所を知っていますよね。お願いします、私を連れて行ってください」
事実を知らされて驚いていたわけではなかったが、雪菜が誤解するのも無理はない。飛影の希望で秘密にしていたため、幽助や蔵馬は雪菜の兄を知らないことになっていた。それどころか、兄探しを手伝ってやるなどと無責任なことまで口走っていた仲間の一人だ。
「幽助さん、お願いします」
「……わかった、飛影のところへ案内すればいいんだな?」
「はい。少しでも早く連れて行きたいのです」
連れて行く?
さっそく雷禅の部屋を出て、躯の移動要塞が向かう方角を検討しながら、幽助は雪菜に尋ねた。
「飛影をどこに連れてくんだ?」
その質問に、彼女は即答しなかった。
片手を胸の前で握り締め、しばしの沈黙が訪れる。その後、意を決するように言葉を絞り出した。
「私と兄が生まれた……氷河の国へ」


第二章へつづく
(第二章 2019年6月末までに更新予定)