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亜 金陵奇譚 相想

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梅長蘇は、嫌われる様に演じていたのだ。若き日の簫景琰が、何を嫌悪するのか、よく知っていたのだから。
だが、正体を知ってしまえば、ただ一途に、若き日の簫景琰を、案じていただけだった。
景琰にどれ程の戸惑いがあったか、、。
景琰の身を一番に思い、わざと蔑まれようと、嫌われようと、距離を置こうとした心を思うと、梅長蘇の意地らしさと切なさを、感じぬ訳にはいかなかった。
自分の謀には自信があったが、正義だとは肯定してはいなかった。ただ強い信念の様な覚悟を、、、常に感じた。
林殊の悪戯も自信満々だった、、、手が籠(こ)んでいればいる程に。
どちらにも共通して感じる事は、目的を掴む為に、緻密に練り上げられていた。
梅長蘇の謀を、林殊の悪戯と比較することは出来ないが。
力も無き七皇子を推し上げ、帝位に就けることは、自分の高名の為と言いつつ、それだけでは納得出来ない事だらけだった。


梅長蘇は、簫景琰を欺く自信は、大いに有った。
策士梅長蘇は、簫景琰からは絶対に好かれはすまい。
なるべく、胡散臭く、策謀以外では接点が無いように。
梅長蘇の謀に簫景琰が信頼を持ち、最終的に赤焔事案を覆し、世界を正してくれれば、目的は果たされるのだから。

ところが次第に、簫景琰に信頼を置かれるようになり、梅長蘇は嬉しい反面、戸惑った。

距離を置こうとしても、心は常に傍に寄り添ってしまい、、。
思いを隠す事に苦労した。
知られてしまえば、十四年が水の泡だった。
無意識の綻びを、簫景琰に手繰られて、危うくなる、幾度も。
梅長蘇には、簫景琰を欺き切る事には、自信があったのに、、誤算だった。
、、、こんなにも苦しいとは、、、、。


──探ろうとするのだ、、、景琰が、、。
私の痕跡を、、。
どれ程、言ってしまいたかったか。──

目の前にあるのは、相変わらずの端正な顔だった。
──少し、老けたな。
そして、、、何を困っている?。──
かつて見慣れた、景琰の困り顔。
原因はほとんど林殊だった。
困らせているのは、いつでもいつまでも、林殊なのだ。
梅長蘇の姿をしていても、変わることなく、困らせる。

━━離れず、ずっと、ここにいて欲しいと、小殊に言ったら、笑われるか?。━━


──この景琰の困り顔が、、、また私が困らせたか?。
若い頃は困らせるのが、楽しくもあったのだが、、。──
「、、、このしわ!。景琰は、昔からここに皺が出来るんだ。」
長蘇は、両手で皇帝の顔を包み、親指で眉間に触れて、幾らかでも皺を伸ばそうとしていた。
「、、私が、、、お前をまた困らせた?。」
皺はなかなか直らない。
、、、今更、付いた皺では無いのだ。
生きている証とも言えた。


「こうなって迄、景琰を困らせたりはせぬ。
ゆっくり、眠れ。今のお前に、必要な事なのだ。」
長蘇は自分の細い手を見る。
皇帝の困った顔はそのままに、、。
「邪魔はしない。、、、、また、会いに来る。それでいいだろう?。」
長蘇は、おだやかな微笑みを見せ、立ち上がろうとする。
「行くな!。」
皇帝は長蘇の腕を掴み、引き寄せ、抱き締める。
「景、、。」
──景琰は、待っていたんだ。、、ずっと、、私を。──
皇帝は絞り出すように、やっと声を出している。
「、、、、離さぬ、。」
──景琰は、心細かったのかも知れない、、。
お前の力になるのを、惜しまぬ者達ばかりだが。
それでも尚、、、いや、だからこそ、、、景琰の孤独が、。──

長蘇は、皇帝の背中に回した腕に、力を込めた。
──ずっと、、いるさ。こうして私は景琰の傍に、、、。
、、、どこにも行かぬ。──





──景琰の目に映る、私はどんな出で立ちなのだろう。──

長蘇は鏡には映らない。
果たして自分は、林殊の出で立ちなのか、梅長蘇の出で立ちなのか。
──気にはなるが、まぁ、どちらでも良いのだ。
私が私である事には変わらぬのだ。──


この姿が、林殊の魂なのかもわからぬのだ。

簫景琰の心に宿る幻影なのかも知れぬのに。
記憶も心もそっくり残っている。


景琰への心も変わらずに。


────────糸冬────────
作品名:亜 金陵奇譚 相想 作家名:古槍ノ標