雫 1
「あ、ああ。君はあの時の事を覚えていないのか?」
「いや、サイコフレームが共振して暴走したのは覚えている…そして、アクシズが軌道を変えた事も、何となくだが分かった。しかし、その後の事は…正直覚えていない…と言うか、意識が無かった。引力に捕まって落ちて…死んだと思ってたから…」
凄まじい熱とミシミシと音を立てて歪んでいく機体。サザビーの脱出ポッドを見つめ、この人と一緒に死ぬのだと思った。
その瞬間、シャアの事を思い出す。
「シャアは⁉︎奴はどうした?」
アムロはフロンタルの腕を掴み、その顔を見上げる。
フロンタルは今、仮面を外している。
いつも、アムロと二人きりになる時は必ず外していた。それは、アムロの前では、シャアの再来では無く、フロンタルでありたかったからだ。
その、シャアに似た顔を見つめて叫ぶ。
フロンタルは少し逡巡した後、小さく息を吐く。
「フロンタル!」
「…どうしてると思う?」
逆に問われ、アムロは戸惑いつつも、目を閉じてシャアの気配を探す。そして、ボソリと呟く。
「…生きてる…」
少しホッとしたような表情を浮かべるアムロに、フロンタルはツキリと胸に小さな痛みを感じる。
「…そんなに、あの男が愛しいか?」
フロンタルの言葉に、アムロが思わず顔を上げる。
そして、その顔にスッと赤みが差す。
「な…にを…言って…」
「君を抱く時、君が私の中にあの男を見ている事には気付いてた。君とあの男は、ライバルでありながらも、そう言った関係だったのか?」
「違う!」
アムロは思わず叫んで否定する。
確かに、シャアとそう言う関係だった訳ではない。
ただ、全く身体の関係が無かったかと言えば、そうではなかった。
まだあの男がクワトロだった時、ダカールの演説後に、一度だけ関係を持った。
作戦の成功による高揚や酒の勢いもあったが、二人とも自然に、心のままに互いを求めた。
その事を思い出し、アムロがギュッと自身の身体を抱き締める。
そんなアムロに、フロンタルが小さく溜め息を漏らす。
「私では駄目か?」
アムロを抱きしめ、耳元でそっと囁やく。
シャアと同じ声で囁かれ、アムロがビクリと身体を震わせる。
「何故…?」
「君を…愛しているんだ」
「そんな…碌に話した事もない人間を愛せる訳ないだろう?」
「一目惚れだ。雛鳥の刷り込みに近いかもしれないな」
「刷り込みって…」
「ああ、君の琥珀色の瞳を見た瞬間、空っぽだった私の心に、君が入り込んで埋め尽くしていった」
視線を合わせ、そんな台詞を言うフロンタルに、アムロの顔が更に真っ赤に染まる。
「貴方、よくそんな恥ずかしい事言えるな」
「本当の事だ。別に恥じる事ではない」
きっぱり言い切るフロンタルに、アムロの方が居たたまれなくなる。
「…勘弁してくれ…」
片手で顔を隠すアムロを、フロンタルが抱き締める。
「アムロ・レイ、愛している。私のものになってくれ」
その愛の告白に、アムロが顔を真っ赤に染めて固まる。
そして、暫く抱き締められた後、首を小さく横に振る。
「貴方の想いには…応えられない」
しかし、フロンタルもそう返ってくるのが分かっていたのだろう。
特に動揺する事なく、そのままアムロに口付けた。
「ん!やめ…フロン…」
アムロの制止を気にもとめず、やや強引に深く口付ける。そして、そのままベッドに押し倒す。
「先程まで、あれほど深く愛し合っていたのだ、今更だろう?」
「それは!」
意識が朦朧としていたからだと訴えたかったが、無意識のうちにフロンタルを、シャアの身代わりとして求めていたのかもしれないと思い、言葉に詰まる。
そんなアムロの顎を掴み、フロンタルが琥珀色の瞳を覗き込む。
「今は身代わりでもいい。しかし、いつか必ず私に振り向かせてみせる」
「フロンタル…」
そして、アムロは流されるまま、再びフロンタルに身体を許してしまう。
頭では、この男はシャアでは無いと分かっている。しかし、なぜか突き放すことが出来なかった。
どこか、シャアを思わせるこの男が、必死に自分を求めてくれる。
この男の中に、確固たる意志がある事は解っている。しかし、それはシャアと同じ様にどこか危ういものも持っていた。
そんな彼を見放すことが出来なかったのだ。
to be continued...
多分、続きます。
シャアが寝こけたままですしね。