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自分らしく
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彼方から 第二部 第二話

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 だが、ざわめきの中に聞こえてくるのは、不穏な内容ばかり……
 傍目から見る華やかさとは裏腹に、政治の悪さがそこかしこに現れている。
 イザークは、そんな声を聞き流しながら、当てもなく、通りを歩いていた。
「あっ、ご免なさい」
 人とぶつかった……
 普段の彼なら、まず、有り得ない出来事だ。
 軽い衝撃に、眼を向ける。
 その瞳映ったのは、茶色っぽい髪――
「ノリコ!?」
 思わず、ぶつかってきた少女の手を取っていた。
「あ……」
 見れば、髪型と、雰囲気が良く似ている別人……
 イザークに腕を取られた少女は、思わず赤くなっている。
「すまん……人違いだった」
 その場を歩き去りながら、イザークは思わず、口を隠すように手を当てている。
 
 ――何を、しているのか……

 自分の行為に戸惑い、困ったように眉を潜めていた。

   *************
 
「なに、ナーダ様がお越しとな、おお、また、2階でお遊びになられるのだな」
 連日の訪問に、店の主人の声音が浮ついている。
「早くご案内せい、上客だ。大金を賭けてくれるので、また儲けられるぞ」
 先日、ナーダの接待をしていた闘技屋の主人ともう一人、賭けを仕切っている男が顔を突き合わせて話している。
「ケミル右大公にワイロを送っていて良かったですな」
「いかにも、あのジェイダ左大公が失脚した今となっては、もはやケミル殿の天下。我々も増々、栄えさせてもらえるというもの」
 人を争わせ、競わせ、必要とあれば、その命さえも軽んじ、規制を変えさせる……
 金と権力という欲に塗れた者たちにとって、その欲を満足させてくれる者たちだけが、大事な大事な上客なのだ。

「ささ、こちらへ」
 使用人が媚びた笑みを浮かべ、ナーダを馬鹿丁寧に案内してゆく。
「ああ、よいよい、気を使うな。毎度町へ出るのは、忍びのこと」
 畳んだ扇を口元に当てながら、ナーダは大物らしくそう言葉を掛ける。
 だが、忍びとはいえ、その後ろにはザーゴの護衛兵が何人も付いている。
「しかし、ここから見下ろす下々の様は、いつも面白い。一度、あの酒を飲んでみたいものだが」
「一階は、一般庶民の酒場でございます。ナーダ様のお口に合うお酒など、とても……」
 二階席の、店の中へ向けたバルコニーの上で、扇を肩に当てながらそう言うナーダ。
「ん?」
 その眼に、酒場に入ってきた一人の青年の姿が映る。
 黒髪を靡かせた、長身で細身の青年。
 立ち居振る舞いに、そこはかとない気品を感じさせる、見場の良い青年だった。
「今入ってきたあやつは、渡り戦士か?」
「剣を下げているから、そうでございましょう」
 ナーダの問いに、使用人もその男を確かめ、応える。
「…………今まで見てきたのと、ちと、毛色が違うな」
 渡り戦士らしからぬ上品さに気づき、ナーダは彼に興味を持ったようだ。
「ふぅむ、どんな戦い方をするのであろうか……」
 落ち着きのある、物静かな風情からは、確かに、戦う姿は想像できない。
「おい、バラゴをここへ呼べ」
「は?」
 ナーダは使用人に、そう命令する。
「今すぐに、あの男の戦いぶり、見てみとうなった」
 酒場のカウンターに立ち、マスターの方を見やるその青年を見ながら、ナーダの眼に好奇の色が宿る。
 
 ナーダの眼に、悪い意味で留まったのはイザークだった。


                              第二部 第三話へ続く