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自分らしく
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彼方から 第二部 第二話

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 数で事を生そうとするような兵士では、相手にならなかった。
 左大公たちも同様に襲われていた。
 二人の息子とバーナダムが、左大公を囲み、護っている。
「かくなる上は、血路を開くしかないっ!」
「お父さん、わたし達から離れないで下さいっ!!」
 それでも、数に勝る兵士たちに、否が応でも押されてゆく。

 ノリコは、自分が足手纏いになると分かっていたのか、ガーヤの言いつけを守り、押し込められた地下の物置でじっと、待っていた。
 床の扉越しに、激しく立ち回る足音や大声が聴こえてくる。
 一体、どれほどの時間が経ったのだろうか……
 瞼を閉じ、息を潜め、地下でじっとしていたノリコ。
 彼女が気がついた時、辺りは物音一つ、しなくなっていた。

 ガーヤが隠す為に掛けてくれたのだろうか、ノリコが恐る恐る、物置の扉を開けた時、扉の上には敷物が敷いてあった。
 家の中は、激しい戦闘があったことを物語るかのようにメチャクチャにされており、誰一人として、残っていない……

 ――みんなは、どうなっちゃったんだろう……

 独り、取り残され、どうしたら良いのか、見当もつかない。
 不安と寂しさが、ノリコの判断を鈍らせてゆく。

 『イザークがいたら、頼りになったのに』
 
 唯一、ガーヤの残したその言葉だけが、彼女の脳裏に蘇ってきた。
 そして、彼女は走っていた。
 大きな街の中を。

 ――イザークなら助けてくれる
 ――追い付いて、訳を話したら助けてくれる
 ――彼なら……

 そして今、彼女は町の外壁にいた――

 イザークに預けられ、目粉しく変わった状況を思い返しながら、ノリコは頬を伝う涙を拭っていた。

 ――とにかく、今は落ち着こう
 ――闇雲に走ったって、見つかるわけないもの
 ――いったん、おばさん家へもどって
 ――よく考えてから行動しなくちゃ……

 そう思い直し、ノリコは来た道を戻ろうと振り返った。
「よお、お嬢ちゃん」
「なに、泣いてんのォ」
「寂しいのかなァ」
「遊んであげよっかあ?」
 いつの間にか……彼女の後ろには、あまり素行が良いとは思えない男たちが四人、にやけた笑みを浮かべて立っていた。

   *************

 人々の歓声が聞こえる。
 棍棒が激しく打ち合わされる音。
 打ち合う度に歓声は一際大きく、唸るように聞こえてくる。
 ここは、室内闘技場……
 屈強な男たちが、その力と腕と技量を頼みに、一獲千金を狙いに集まる場所。

「おお、押されておるわ、10番め」
「いや、まことに、ナーダ様ご贔屓の3番が、強うございますなァ」
 二階席から見物しているのは、身分の高い者たちとその側近――闘技屋の主人。
 3番と呼ばれた男が、相手の、10番の男の棍棒を弾き飛ばした。
 10番の男はすかさず、3番の男の腰に手を回し、倒し込もうとする。
 だが、その米神を、3番の男は棍棒の持ち手で殴りつけた。
 痛みに怯んだところをもう一度、棍棒で殴りつける。
「ぐあっ!」
 痛みと殴られた勢いで、10番の男は地面に倒れ込む。
「ふむ、勝負あったな」
 そう呟いたのは、様子を見ていた二階席のナーダ様と呼ばれていた男性。

「う……」
 頭を殴られ、痛みに意識が朦朧としている10番の男。
 3番の男は、まだ起き上がれずにいる10番を見下ろし、口元を歪めた笑みを見せる。
 そして、棍棒を振り上げ、躊躇いもせずにその背に振り下ろした。
 戦意など、とっくに失い、抵抗すら出来ない10番に、3番は容赦なく棍棒を振り下ろし続けている。

「ああ……また、あの3番……」
 観客の一人が、顔を蒼褪めさせ、身を引いている。
「だ……誰か、とめろよ、死んじゃうよ……もう勝負はついてるだろ」
 怖々と、恐ろしい結末を見たくないのだろうが、たった一人の呟きなど、誰も耳には留めない。
 それどころか……
「いいぞ……!!」
「いいぞ、3番!」
「すっげえ、強さだ!」
「もっとやれ!!」
「瞬く間に、5人やっつけちまった!」
 歓声は大きく、観客の興奮は高まってゆく。
「この分じゃ、優勝は3番だ!」
「ちくしょう、おれ、10番に賭けてたのに! あのバカ、負けちまいやがって! いいからぶっ殺しちまえっ!!」
 激しい言葉の応酬……3番の横暴を迎合する言葉ばかりが飛び交っている。
 誰か、止めろと言っていた観客が、その雰囲気について行けず、席を立った。
「あ……おたくも帰るので?」
「う……うん、なんだかこの店、ついてけなくてね」
 同じように、見るに堪えかねて帰ろうとしていた客の一人と目が合い、彼らはそんな言葉を交わしていた。
 ふと……
「あれ?」
「え?」
 一人が、店の天井を見上げ、何かに気づいたかのように声を出した。
「あ……いや、気のせいかな……なんか変なものが、見えたような気がして……」

 それは、気のせいではなかった……
 ほとんどの人は気づきもしない、黒い、霞のような闇が、闘技屋の天井付近に浮いて、残虐な戦いに沸く人たちを見下ろしていた。


「いいのう……わたしは、あの3番の残忍さが気に入っているのだ」
 二階席から試合を見ていたナーダが、扇を手にそう言って、薄い笑みを浮かべている。
 長い、ストレートの金髪が肩から流れ落ち、睫毛の長い垂れた眼に弓なりの眉、右の眼元にはほくろが一つ。
 口元は左右に長く伸びた髭を蓄えている。
 年の頃は三十代くらいだろうか……
 身分の高さを示すかのように、胸元や指、耳を、豪華な装飾品で飾っている。
「今度は、本物の剣を使ってのトーナメントを催してほしいと思うのだがな」
「いいですとも、とほうもない賞金を出しましょう。金目当ての渡り戦士が、いくらでも集まります」
 闘技屋の主人とナーダは、事も無げに、そのような荒っぽいことを口にしている。
「ついては、その資金の方をご協力願えればと」
「ああ、よいよい、いくらでも出そう」
「それに、本物の剣となると、色々と規制がございますが……」
「ふっ……そんなもの、わたしの力でどうとでもなる」
 自分達が愉しめれば、その他のことなどどうでも良いのだろう。
 試合に沸く歓声の中、ナーダと主人の密談は、選手の為に設けられたルールさえ、無視する方向へと進んでゆく。
「次期国王はこのナーダだと、ケミルが言うておったぞ、もうわたしに、できぬことはないのだ」
 残忍さを好むこの男が、次期国王になどなったら、国はどうなってしまうのだろうか……
 扇を口元で広げるナーダ。
 己の天下を信じて止まないこの男にとって、国の行く末など、些末なことなのだろう……

   *************

 ざわめく雑踏の中に足を踏み入れるイザーク。
 店が立ち並び、街は活気に満ち溢れているように見える。

「また麦の値が上がったのかい?」
「ご免よ、国の決めた卸屋から仕入れなきゃならなくなってね」
「じゃ、なんだかんだと言って、我々の許可証がおりないのは、小売価格を吊り上げてでも、ワイロを渡せってことなのか?」
「なんで……なんでうちの息子が罰せられるの? 悪いのはあっちなのに」
「治安官も、特権階級には弱いのよ」