雫 2
雫
あれから、アムロに麻酔が投与される事は無くなった。
薬で行動を制限しなくても、逃亡をしないとフロンタルが判断したからだ。
顔の皮膚移植手術の経過も良好で、先日包帯も取れた。
しかし、やはり元どおりとはいかず、移植した皮膚にはまだ赤みが残っている。
そして、左目は火傷の影響で、失明とまではいかないが、かなり視力が落ちていた。
それを隠すように伸ばした髪を、フロンタルが優しく撫でる。
「君の髪は柔らかくて触り心地が良いな」
「そうか?昔っからこの癖っ毛は扱いが面倒でさ。こんなに伸ばしたのは初めてだ」
後ろの方は流石にそのままでは鬱陶しいのでゴムで括っている。
「なかなか似合っている」
「それよりも、こんな所で油を売っていて良いのか?アンジェロ大尉にまた怒られるぞ」
アムロの意識があるようになってから、以前にも増してフロンタルはアムロの元に足を運ぶようになった。
それを、フロンタルに心酔しているアンジェロは良く思っていない。
「君に会うのは、私の仕事でもある」
「何だそれ」
「君に接する事で、よりシャア・アズナブルに近づく為だ」
フロンタルの言葉に、アムロの表情が曇る。
「貴方は貴方だ。シャアになる必要はないだろう?」
「私は『そう』ある様に創られた。それに、君に会いたいというのは『私』の想いだ」
そう言いながら、アムロの顎に手を添え口付ける。
「おいっフロ…んん」
少し強引なそれを、抵抗しながらも、アムロは受け入れる。
「君も、私を多少なりとも受け入れてくれているのだろう?」
「それは…」
アムロは、何故か強くフロンタルを拒絶する事が出来なかった。
それはおそらく、スペースノイドの希望である事を人々に求められるフロンタルに、当時のシャアを重ねてしまっていたからかもしれない。
シャアもまた、スペースノイドの希望であれと、人々に望まれ、自身を道化と自嘲しながらもその役目を全うしようとしていた。
そして自分も昔、彼に『そう』ある事を望んだ一人だ。
『大衆は常に英雄を求めているのさ』
『自分に、道化を演じろということか』
『あなたに舞台が回ってきただけさ。シナリオを書き換えた訳じゃない』
ダカールでの演説前、シャアと交わした会話。
シャア自身、望んで道化を演じていたわけじゃない。
『これで私は自由を失った』
『地球に居残った人を宇宙に上げようと言うのだ。こんな大仕事に一人や二人の人身御供は要るよ』
『私は人身御供か?』
『人身御供の家系かもな?』
そう、確かに、誰かが背負わなければいけなかった。しかし、シャア一人に背負わせるつもりなど無かった。
『一人や二人』
シャアだけでなく、自分も背負おうと思っていた。
「アムロ、私と二人きりの時に、他の男の事を考えるのはやめ給え」
「あ…」
フロンタルに顎を掴まれ上向かされる。
「シャア・アズナブルの事を考えていたのか?」
「……」
「今、君の側には私がいる」
「…貴方は、本当にそれで良いのか?」
「アムロ?」
「貴方は、このままずっとシャアの身代わりとして生きていくつもりか?」
自身を真っ直ぐに見つめるアムロの真剣な瞳に、フロンタルが小さく笑みを浮かべる。
「私は、その為に創り出された」
「何故、それを素直に受け入れられる?」
「…そうだな…。昔は、そんな疑問すら思い浮かばなかった」
フロンタルの言葉に、アムロは強化人間に対する暗示処置を思い出す。
連邦の強化人間達は、記憶操作をされ、暗示を掛けられている者もいた。
いや、そうしなければ精神が保たなかったのだろう。
それに対し、ジオンの強化人間は、そんな事は無かったようだが、フロンタルに対しては、シャアの再来として存在させる為、意のままに操る為にそんな処置が施されたのかもしれない。
だが、自分の見る限り、今のフロンタルには確固とした自我がある。
「今は…どうなんだ?」
「君に会って…空虚だった私の心に、色々な感情が芽生えた」
フロンタルはそっと、アムロの頬に手を添える。
「……」
「今も、赤い彗星の再来であれという人々の総意に応えようと思っているが、それは紛れもなく『私』の意思だ」
「自身の感情を持って尚、自らシャアを演じているというのか?」
「ネオ・ジオンの、スペースノイドの自由を勝ち取ろうと言うのだ、こんな大仕事に一人や二人の人身御供は必要だろう?」
「…人身御供…」
かつて、アムロがシャアに向かって放った言葉。
その言葉が、シャアどころかフロンタルさえも縛り付けている。
アムロは唇を噛み締め、思わずフロンタルから目を逸らす。
「そんな顔をするな。言っただろう?これは私の意思だと」
「……ない…」
「アムロ?」
「…すまない…」
目を伏せ、絞り出すように呟くアムロを、フロンタルが優しく見つめる。
「何故、君が謝る?」
フロンタルはシャアではない。だから、アムロが謝る筋合いは無い。
それでも、アムロは言わずにはいられなかった。
「……」
「すまないと思うのならば、私を癒してはくれないか?そして、私を側で支えて欲しい」
「フロンタル…」
それは、シャアもアムロに望んだ事。
一年戦争時、ア・バオア・クーで、『同志になれ』と、グリプス戦役時には、『一緒に宇宙へ上がれ』と言われた。
けれど、アムロはそれを受ける事が出来なかった。
「俺は…」
「シャア・アズナブルにしてやれなかった事を、私にしてはくれないか?」
「そんな!貴方を身代わりにする様な事は出来ない!」
「何故?私は、君がシャア・アズナブルを愛していても構わない。私が勝手に君を愛する。そしていつか、私に振り向いてくれれば良い…」
「貴方に振り向かないかもしれないだろう?」
「そうだな。だが、希望がないわけでは無い。現に君は、私を拒絶しないではないか…」
そう言うと、フロンタルはアムロをソファへと押し倒す。
「そんな事ない…だろう…」
「そうか?」
フロンタルはクスリと笑みを浮かべ、唇を重ねる。
「んっ…んん」
そんなフロンタルの唇を離そうと、胸を押して抵抗を試みるが、明らかに体格の差でも劣っており、何より長い闘病生活で体力も筋力も落ちているアムロでは、現役軍人のフロンタルを押し退ける事など出来るわけもなく、結局されるがままになってしまう。
それでも、なけなしの抵抗をするアムロに、フロンタルが問いかける。
「そんなにあの男がいいか?」
心の奥底まで見透かす様なブルーの瞳に、アムロはビクリと身体を震わせると、思わず顔を背けてしまう。
「アムロ、答えろ」
それを許さない様に、フロンタルがアムロの顎を掴み、顔を向けさせる。
「答える…必要はない…」
涙を浮かべながらも、自分を睨みつける意思の強い瞳に、フロンタルは思わず息を飲む。
「ふふ…シャア・アズナブルも、この瞳に惹かれたのだろうな…」
そう言うと、フロンタルはアムロに深く口付けた。
「アムロ、私を見るんだ」
フロンタルの責める様な、縋るような声に、アムロが薄っすらと目を開く。
「フロ…ンタ…ル」
「そうだ。今、君を抱いているのは私だ。フル・フロンタルだ!」
そう言うや否や、フロンタルがアムロを激しく攻め立てる。
あれから、アムロに麻酔が投与される事は無くなった。
薬で行動を制限しなくても、逃亡をしないとフロンタルが判断したからだ。
顔の皮膚移植手術の経過も良好で、先日包帯も取れた。
しかし、やはり元どおりとはいかず、移植した皮膚にはまだ赤みが残っている。
そして、左目は火傷の影響で、失明とまではいかないが、かなり視力が落ちていた。
それを隠すように伸ばした髪を、フロンタルが優しく撫でる。
「君の髪は柔らかくて触り心地が良いな」
「そうか?昔っからこの癖っ毛は扱いが面倒でさ。こんなに伸ばしたのは初めてだ」
後ろの方は流石にそのままでは鬱陶しいのでゴムで括っている。
「なかなか似合っている」
「それよりも、こんな所で油を売っていて良いのか?アンジェロ大尉にまた怒られるぞ」
アムロの意識があるようになってから、以前にも増してフロンタルはアムロの元に足を運ぶようになった。
それを、フロンタルに心酔しているアンジェロは良く思っていない。
「君に会うのは、私の仕事でもある」
「何だそれ」
「君に接する事で、よりシャア・アズナブルに近づく為だ」
フロンタルの言葉に、アムロの表情が曇る。
「貴方は貴方だ。シャアになる必要はないだろう?」
「私は『そう』ある様に創られた。それに、君に会いたいというのは『私』の想いだ」
そう言いながら、アムロの顎に手を添え口付ける。
「おいっフロ…んん」
少し強引なそれを、抵抗しながらも、アムロは受け入れる。
「君も、私を多少なりとも受け入れてくれているのだろう?」
「それは…」
アムロは、何故か強くフロンタルを拒絶する事が出来なかった。
それはおそらく、スペースノイドの希望である事を人々に求められるフロンタルに、当時のシャアを重ねてしまっていたからかもしれない。
シャアもまた、スペースノイドの希望であれと、人々に望まれ、自身を道化と自嘲しながらもその役目を全うしようとしていた。
そして自分も昔、彼に『そう』ある事を望んだ一人だ。
『大衆は常に英雄を求めているのさ』
『自分に、道化を演じろということか』
『あなたに舞台が回ってきただけさ。シナリオを書き換えた訳じゃない』
ダカールでの演説前、シャアと交わした会話。
シャア自身、望んで道化を演じていたわけじゃない。
『これで私は自由を失った』
『地球に居残った人を宇宙に上げようと言うのだ。こんな大仕事に一人や二人の人身御供は要るよ』
『私は人身御供か?』
『人身御供の家系かもな?』
そう、確かに、誰かが背負わなければいけなかった。しかし、シャア一人に背負わせるつもりなど無かった。
『一人や二人』
シャアだけでなく、自分も背負おうと思っていた。
「アムロ、私と二人きりの時に、他の男の事を考えるのはやめ給え」
「あ…」
フロンタルに顎を掴まれ上向かされる。
「シャア・アズナブルの事を考えていたのか?」
「……」
「今、君の側には私がいる」
「…貴方は、本当にそれで良いのか?」
「アムロ?」
「貴方は、このままずっとシャアの身代わりとして生きていくつもりか?」
自身を真っ直ぐに見つめるアムロの真剣な瞳に、フロンタルが小さく笑みを浮かべる。
「私は、その為に創り出された」
「何故、それを素直に受け入れられる?」
「…そうだな…。昔は、そんな疑問すら思い浮かばなかった」
フロンタルの言葉に、アムロは強化人間に対する暗示処置を思い出す。
連邦の強化人間達は、記憶操作をされ、暗示を掛けられている者もいた。
いや、そうしなければ精神が保たなかったのだろう。
それに対し、ジオンの強化人間は、そんな事は無かったようだが、フロンタルに対しては、シャアの再来として存在させる為、意のままに操る為にそんな処置が施されたのかもしれない。
だが、自分の見る限り、今のフロンタルには確固とした自我がある。
「今は…どうなんだ?」
「君に会って…空虚だった私の心に、色々な感情が芽生えた」
フロンタルはそっと、アムロの頬に手を添える。
「……」
「今も、赤い彗星の再来であれという人々の総意に応えようと思っているが、それは紛れもなく『私』の意思だ」
「自身の感情を持って尚、自らシャアを演じているというのか?」
「ネオ・ジオンの、スペースノイドの自由を勝ち取ろうと言うのだ、こんな大仕事に一人や二人の人身御供は必要だろう?」
「…人身御供…」
かつて、アムロがシャアに向かって放った言葉。
その言葉が、シャアどころかフロンタルさえも縛り付けている。
アムロは唇を噛み締め、思わずフロンタルから目を逸らす。
「そんな顔をするな。言っただろう?これは私の意思だと」
「……ない…」
「アムロ?」
「…すまない…」
目を伏せ、絞り出すように呟くアムロを、フロンタルが優しく見つめる。
「何故、君が謝る?」
フロンタルはシャアではない。だから、アムロが謝る筋合いは無い。
それでも、アムロは言わずにはいられなかった。
「……」
「すまないと思うのならば、私を癒してはくれないか?そして、私を側で支えて欲しい」
「フロンタル…」
それは、シャアもアムロに望んだ事。
一年戦争時、ア・バオア・クーで、『同志になれ』と、グリプス戦役時には、『一緒に宇宙へ上がれ』と言われた。
けれど、アムロはそれを受ける事が出来なかった。
「俺は…」
「シャア・アズナブルにしてやれなかった事を、私にしてはくれないか?」
「そんな!貴方を身代わりにする様な事は出来ない!」
「何故?私は、君がシャア・アズナブルを愛していても構わない。私が勝手に君を愛する。そしていつか、私に振り向いてくれれば良い…」
「貴方に振り向かないかもしれないだろう?」
「そうだな。だが、希望がないわけでは無い。現に君は、私を拒絶しないではないか…」
そう言うと、フロンタルはアムロをソファへと押し倒す。
「そんな事ない…だろう…」
「そうか?」
フロンタルはクスリと笑みを浮かべ、唇を重ねる。
「んっ…んん」
そんなフロンタルの唇を離そうと、胸を押して抵抗を試みるが、明らかに体格の差でも劣っており、何より長い闘病生活で体力も筋力も落ちているアムロでは、現役軍人のフロンタルを押し退ける事など出来るわけもなく、結局されるがままになってしまう。
それでも、なけなしの抵抗をするアムロに、フロンタルが問いかける。
「そんなにあの男がいいか?」
心の奥底まで見透かす様なブルーの瞳に、アムロはビクリと身体を震わせると、思わず顔を背けてしまう。
「アムロ、答えろ」
それを許さない様に、フロンタルがアムロの顎を掴み、顔を向けさせる。
「答える…必要はない…」
涙を浮かべながらも、自分を睨みつける意思の強い瞳に、フロンタルは思わず息を飲む。
「ふふ…シャア・アズナブルも、この瞳に惹かれたのだろうな…」
そう言うと、フロンタルはアムロに深く口付けた。
「アムロ、私を見るんだ」
フロンタルの責める様な、縋るような声に、アムロが薄っすらと目を開く。
「フロ…ンタ…ル」
「そうだ。今、君を抱いているのは私だ。フル・フロンタルだ!」
そう言うや否や、フロンタルがアムロを激しく攻め立てる。