雫 2
まるで自分を主張するかの様に、アムロに知らしめるかの様に熱をぶつける。
そんなフロンタルに、アムロは悲しげな視線を向ける。
『分かってる…分かってるよ…貴方はあの人じゃない…。分かってるんだ…』
それでも抱かれる度、アムロはフロンタルの中にシャアを感じてしまう。
何故だか分からないが、シャアのカケラを感じ、それに手を伸ばしてしまう。
そして、もう少しで手が届きそうな所で、先程のようにいつもフロンタルに引き戻され、シャアではない事に落胆すると共に、フロンタルへの罪悪感で一杯となる。
普段、フロンタルに対して、シャアの身代わりとなる必要などないと言いながら、自分自身がフロンタルの中にシャアを求めてしまっている。
『何故だ?いくらあの人のパターンを刷り込まれた強化人間だったとしても、あの人とは別人だ。なのに、どうしてこんなにもあの人の影がチラつく…』
快楽に飲み込まれ、朦朧とした思考の中でアムロはそんな事を考える。
そう、普段はあまり感じないが、こうして身体を重ねる時、どうしようもなくフロンタルの中にシャアを感じるのだ。
「どう…して…」
アムロはフロンタルの頬へと手を伸ばし、その顔を見つめる。
「…アムロ…」
フロンタルは、アムロに引き寄せられる様にその琥珀色の瞳を見つめ返す。
「違う…のに…」
アムロの瞳から涙の雫が零れ落ちる。
その想いを感じ取り、フロンタルが優しくアムロを抱き締める。
「すまない。君を責めている訳ではない。ただ、君を抱いていると…時々…自分とシャア・アズナブルとの境界が分からなくなる時があるのだ…」
アムロが錯覚する様に、フロンタル自身も、シャアと己との境界の曖昧さに戸惑いを感じていた。
それを払いのける為、アムロに『自分』を見て、フル・フロンタルという男と抱き合っているのだと認識させたかった。
「フロン…タル…」
「そうだ、アムロ。私の名を呼んでくれ!」
『シャア・アズナブルであれ』と人々の総意に従う為に、シャア・アズナブルになりきる為に戦場から攫う様にしてアムロ・レイを手に入れた。
だから今の状態は、正に計画通りの筈なのだ。
しかし、アムロを求める心が、その独占欲が、アムロの前ではシャア・アズナブルでは無く、フル・フロンタルで在りたいと訴える。
自らシャア・アズナブルである事を拒否してしまうのだ。
その葛藤を感じ取り、アムロがフロンタルを抱き締める。
「フロンタル…」
こんなに歪で、不安定な存在を創り出した者たちに対しての怒りが込み上げる。
かつて、自身の実験データを元に創られた連邦の強化人間達も、同じような葛藤を抱え、そして悲しい最期を迎えていった。
自分もシャアも被害者であり、加害者である。
そんな後ろめたさもあって、フロンタルを拒み切れないのかもしれない。
「アムロ…憐れみでも、償いでもいい。今は私のものになってくれ…君だけは『私』を感じてくれ!」
フロンタルは自身の想いをぶつける様にアムロの身体を奪った。
情事の後、忙しない呼吸を繰り返しながらしがみ付いてくるアムロの髪に、フロンタルが優しくキスをする。
「アムロ…アムロ…」
アムロを愛おしむ気持ちが溢れ、心が満ち足りていく。
ーーああ…私は…『フル・フロンタル』だ…
アムロを抱く事で、自分が自分である事を確認する。
しかし、その心の裏側で、自分の奥底にシャア・アズナブルの存在を感じる。
そのシャアも又、自分と同じ様にアムロを慈しみ、愛していた。
《シャア・アズナブルも、アムロ・レイを愛している》
不意にそれを理解する。
しかし、決して不快ではない。
『我々』は、この腕の中の存在を心の底から愛している。
別人であり、同じ二人。
同じ想いを抱くのは当然なのだ。
今までの迷いや葛藤がスッと晴れていく。
我々は、『それ』でいいのだ。
迷いの消えたフロンタルを、漸く呼吸の落ち着いたアムロが不思議そうに見上げる。
「…フロンタル…?」
そんなアムロの、長く伸びた癖のある前髪に指を絡め、そっと払い除けてその両の目を露わにする。
「ふふ、本当に、君の瞳は美しいな。太古の琥珀の輝きだ…」
「フロンタル…」
「アムロ、『我々』は君を心から愛している」
「我々…?」
「ああ…」
優しい瞳で微笑むフロンタルに、アムロはそれ以上、何も聞く事が出来なかった。
いや、聞かなくても、何となく理解できた様な気がした。
◇◇◇
暫くそうして抱き合っていると、部屋のドアをノックする音が鳴り響く。
「大佐、そろそろお時間です」
フロンタルはそっとアムロの額にキスを落とすと、扉の向こう側にいる者に少し待つ様に告げる。
「残念だが私は執務に戻らねばならん。君はこのまま休むと良い」
柔らかい癖毛に指を差し入れ、優しく梳いてやる。
「…ん…いや…起きるよ…。アンジェロ大尉がいるんだろう?」
ぐったりとシーツに身を沈めたアムロが、気怠げにフロンタルを見上げる。
フロンタルに心酔しているアンジェロ大尉は、彼がアムロとこうしている事を不快に思っている。
シャアになりきる為に必要とはいえ、寝る必要などない。
尊敬している上官が、こんな死に損ないと馴れ合っているなど、受け入れられないのは当然だ。
だからこそ、今更かもしれないが、明らかに情事の後だと言う状態でアンジェロには会いたく無かった。
「気を遣わなくとも良い」
「そんな訳にはいかない…」
アムロは腕を伸ばして起き上がろうとするが、腰に鈍い痛みが走り、顔を顰める。
「随分と無理をさせた。身体が辛いだろう?」
「本当に…こんな真昼間から盛るなよ。それに、貴方の体力には着いて行けないんだから、もう少し加減してくれ…」
溜め息混じりに不満を訴えるアムロに、フロンタルが不敵な笑みを浮かべる。
「私を煽る君が悪い」
「煽ってなんか…!」
「その瞳だ」
フロンタルがアムロの顎を掴んで上向かせる。
「その瞳が私を狂わせる」
「何、言って…」
「それに、君は自分が思っている以上に魅力的だ」
そっと触れるだけのキスをして、フロンタルはベッドを降りる。
その時に見せた笑顔に、アムロはドキリとする。
シャアとは違うその表情。
おそらく、自分の前でだけ見せる素のフロンタルの顔。
自分といる時だけ、彼は赤い彗星の再来ではなく、フル・フロンタルという一人の男になる。
シャワールームに向かうフロンタルの後ろ姿を見つめ、アムロは溜め息を吐く。
「全く…俺は何をやってるんだ…」
◇
アムロが見繕いをしてリビングへ行くと、ソファにフロンタルとアンジェロ大尉が居た。
自分を睨みつけてくるアンジェロに、アムロは心の中で溜め息を吐く。
そんなアンジェロの視線に気付いている癖に、フロンタルが笑顔でこちらを見つめてくる。
「アムロ、君に聞きたい事がある。こちらに来てくれ」
正直、アンジェロとはあまり関わりたく無いが、仕方なしに足を進める。
そして、さも当然のようにソファの隣に座らされ、ある資料を見せられる。
それは、見たことも無い、けれど間違いなく『ガンダム』の画像と、以前に会った少年の画像。
「…これは?」