雫 2
「ユニコーンガンダムと、バナージ・リンクス、ビスト財団の子供だ」
「ユニコーンガンダム?ビスト財団ってあのアナハイムの?」
「ああ、そうだ」
麻酔で意識ははっきりしていなかったが、この少年の気配を感じた時、思わず呼びかけてしまった。
そして、彼は自分に応えてくれた。
彼もまた、間違いなくニュータイプだ。
「君は、ラプラスの箱というのを知っているか?」
「ラプラスの箱?いや…知らない」
「君は何故、ビスト財団があれほどまでに成長したか分かるか?」
「何のことだ?」
「ビスト財団は、連邦政府の弱みを握っている。それを使い、連邦と裏取引をしてあそこまで大きくなった」
「その弱みが『ラプラスの箱』だっていうのか?」
「ああ。そして、それはおそらく君にも関わりのある事だ。それがあれば、一年戦争後に、君があんな扱いを受ける事は無かっただろう」
『あんな扱い』それが無謀な人体実験と七年にも及ぶ幽閉の事だと察し、アムロの表情が曇る。
「…どういう事だ?」
「ラプラスの箱は、地球連邦政府にとって、不都合な物であり、それを利用すれば、ネオ・ジオンは連邦政府と有利な交渉を行う事が出来る」
「それと、このガンダムと少年に何の関係があるんだ?」
「このガンダムと少年は、ラプラスの箱を開ける鍵となる」
「鍵?」
「そうだ」
情報を一切与えられていないアムロは、今の情勢がどうなっているのか分からない。
しかし、この箱を巡って、また争いが起こっているだろう事を感じ、目を伏せる。
『どうあっても、人と人の争いは終わらないのだろうか…』
あの時、シャアが言った言葉が脳裏をよぎる。
『この暖かい心を持つ人間が、地球を汚染し破壊する、それを分かるんだよ、アムロ』
『分かってる、分かってるよ。だからみんなにこの心に光を見せなくちゃいけないんだろう!』
しかし、やはり人はシャアの言う通り、争いの歴史を繰り返す。
けれどそれでも、アムロは希望を捨てる事が出来なかった。
「アムロ、我々は何がってもこの箱を手に入れる。君にも協力して欲しい」
「何を言って…!俺は、連邦の軍人だぞ、そんな事、出来るわけがないだろう?大体、今の俺には何の力もない。モビルスーツにすら乗れるか分からない」
アムロは殆ど見えない左目に手を当て訴える。
「大佐!アムロ・レイの言う通りです。それに、この男に頼らずとも、我々だけで十分です!」
アンジェロもフロンタルの言葉に反論する。
「アンジェロ。私は確実に目的を成し遂げたい」
「しかし…!」
「アンジェロ」
「っ…!」
「…フロンタル…」
そんな二人のやり取りに、アムロが困った表情を浮かべる。
「アムロ、君は既にMIAの認定を受け、死亡扱いとなっている」
「だからって、連邦軍人だった事には変わりはない」
「スペースノイドの、ニュータイプの未来に関わる事だと言ってもか?」
「ニュータイプの未来?」
「そうだ。何故連邦は、戦争を勝利に導いた筈の君を、ああも危険視したと思う?君の功績を考えれば、士官学校を出ていないにしても、もっと優遇しても良いはずだ。それを階級も大尉止まりで飼い殺しにし、七年もの間幽閉した」
「別に…俺は階級なんてどうでもいい…。確かにシャイアンでの七年は地獄だったが…」
「それだけ君を…ニュータイプの力を恐れたのは、何かしらの根拠があった筈だ」
「その根拠がラプラスの箱だというのか?」
「ああ、私はそう思っている。どうだ?自分の目でそれを確かめてみたいと思わないか?」
「…それは…」
アムロとしても、それは知りたい。
しかし、また戦いに身を投じようとは思えなかった。
それに、そこにはあの男が居ない…。
「シャア・アズナブルの居ない戦場に興味はないか?」
自身の心を言い当てられ、アムロは思わず顔を上げる。
「フロンタル…、…シャアは…何処だ?」
アムロの問いに、フロンタルは何も答えない。
「俺と一緒にあいつも回収したんだろ?」
「何故そう思う?」
「あいつは多分生きてる…」
「『多分』?ニュータイプの勘か?それにしては自身が無さげだな」
「…あの人の思惟を感じない…」
「それでも生きていると?」
「……」
「君が私に協力してくれると言うのならば全てを話そう。君なら片目が見えなくとも戦える筈だ。メインカメラが壊れても戦い続けられた君ならば…」
「…フロンタル?」
じっとこちらを見つめるフロンタルの仮面越しの視線に、アムロは不思議なものを感じる。
そして、自分とシャアしか知り得ない事を知っている事に疑問を覚える。
『何故、フロンタルがア・バオア・クーでの事を知っている?』
「どうだ?アムロ」
「……」
「直ぐには答えられないか。まあ良い。先ずはシュミレーターで君の現状を確認しよう」
「フロンタル!」
「まだ身体は以前の様に動かなくとも、サイコミュは操れる筈だ」
「そういう事じゃない!」
「アムロ、君に拒否権は無い」
アムロの顎を掴み、フロンタルがやや強い口調で告げる。
「分かったな」
確かに、今のアムロにはここから出る術は無い。怪我はほぼ治癒しているとは言え、長い闘病生活で身体は思うようには動かない。
何より、シャアの事を知る為にはフロンタルに従う外無いのだ。
アムロは唇を噛み締め、フロンタルを睨みつける。
「ふふ、良い瞳だ。それでこそ私の求めるアムロ・レイだ」
「フロンタル!」
そんな二人を見つめ、アンジェロがギリリと拳を握りしめる。
『大佐は何を考えている。こんな男に頼らずとも、既に充分ネオ・ジオンの総帥としての力を持っている。何故そこまでこの男に拘るんだ…!』
to be continued...