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自分らしく
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彼方から 第二部 第三話

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 娘の為に、そして自身のためにも、彼はあの青乱隊とどうしても事を構える必要があった。
 取り返しがつかなくなる前に……
 

 ――酷い
 ――店や家の物、いっぱい持って行っちゃったんだ
 ――こんなに散らかして……
 アゴルが外で住人に話を聞いている間、ノリコは荒らされ、品物の無くなった店内の棚を見ながら、辛うじて残された品を手に取りとりあえず片づけていた。

 ――あ……そだ
 ――あの人達
 見るに堪えない店内の様子に一時、アゴル親子のことを忘れていたのを思い出す。
「ごめんなさい、入って下さい」
 店先から顔を出し、入り口付近にいる二人にそう、声を掛けた。
「聞いたよ、大変だったんだってね」
 住人に聞いた話を思い返しながら、アゴルは勧められるまま、散らかり放題の店へと入ってゆく。
 平常を装いながら、彼はこれからどうするか――それを考えていた。
 青乱隊という、チンピラ集団と事を構えなくてはいけないが……

 ――そのためには
 ――安心してジーナを預ける場所が必要なのだが……

「でも、地下の物置無事です。食料、少しあるです」
 店の奥を指差しながら、ノリコはアゴルの気遣いにそう応える。
「うん、有難う」

 ――この娘さんでは、少々、心許無いな
 ――むしろ、誰かの保護が必要なくらいだ
 ――そんな、政治の内乱に巻き込まれて……

 ノリコを見て、正直、そう思う。
 今の彼女は確かに、受け止めきれない事柄に巻き込まれ、何とか自分を保つのに精一杯――そんな感じだ。

 ――言葉がおかしいと思っていたが
 ――島の娘らしいと、近所の人が言っていた
 ――一人の青年に連れられて
 ――ほんの一昨日、ここへ預けられたところだと……

 儚げな彼女の立ち姿に、アゴルは先ほど仕入れた情報を思い返している。

 ――島の娘…………と、青年?

 その二つの言葉が、気になった。
「少し待って下さい、部屋が混乱」
 そう言いながら、倒された椅子を直すノリコ。
 他にも、椅子やテーブルや壺が至る所に散乱している。
「…………そういや、名前を聞いてなかったよね」
 至って平静を保ちながらそう訊ねるアゴル。
 だが、それには意味があった。
「おれはアゴル、アゴル・デナ・オーファ。娘はジーナハース」
「あたしは……」
 アゴルの自己紹介に、ノリコは少し照れながら応じる。
「ノリコ、ノリコ・タチキ」
 何の疑いもなく……
 アゴルが、その『名』を確かめたかったとは知らずに……
 彼が、傭兵隊の隊長を務めていたリェンカを離れ、娘と共にザーゴに来ているのには、『訳』があった。
 脳裏に、ラチェフの言葉が蘇ってくる。

『アゴル、命令を出す』
『ザーゴの国、カルコの町へ』
『イザークという青年について調べてきてほしい』
『そこに、【目覚め】に関する手がかりが見つかるやもしれん』

 冴え冴えとした、ラチェフの瞳。
 端正な面立ちに宿る、冷静そのもの表情までもが蘇ってくる。
 カルコの町で、求めた情報はすぐに手に入った。

『いやぁ、あの渡り戦士なァ、若くてきれーで、めっぽう強かった』
『連れて来た島の娘も可愛くて、今ごろどうしているだろう』
『ちょっと変わった名前でさ』
『ノリコって言うんだよ』
『ちょうど同じ時に、女の渡り戦士も来ていてね』
『彼女もきれーだったな、ノリコに言葉を教えてやってたりしてたっけ』
『アイビスクの臣官長の依頼を受けて――とか、言っていたが……』

 悪い話は聞かなかった。
 話をしてくれた住人は町長を始め、誰も、彼らのことを悪く言う者はいなかった。
 
 ――この娘がノリコ

 ――ずっと、追い捜していた、二人のうちの一人!?

 彼女の名に、アゴルは偶然の恐ろしさを痛感していた。
 これは、何の符合かと……

   *************

 まだ陽の高いうちに呼び寄せられた暗い雲は、今は空全体を覆い尽くし、雷鳴を轟かせるまでになっていた。
 周囲を森林に囲まれた閑静な城の上空にも、暗い雲は重く圧し掛かるように広がってゆく。
「我らが城に、よくいらっしゃいました……ジェイダ左大公」
 その城の一角に、窓の少ない、それでいてやたらと広い、簡素な建物がある。
 建物と、城の本館とを繋ぐ為に渡り廊下が設えられてあり、出入りを監視する為か、塔が建てられている。
「城主、ナーダ・デ・ザーゴ様、御不在の為、執政官のわたくしが、御挨拶に参りました」
「おのれ、クーチカ!」
 護衛を二人引き連れ、丁寧な挨拶をするクーチカに対し、ジェイダの息子はそう、怒鳴り返していた。
 ――彼ら、左大公の一行が居るのは、ナーダの城の牢館……つまり牢屋だった。
 一行は、あの夜、ケミルの息の掛かったザーゴの軍人に捕えられ、ここに収監されていたのだ。
「ケミルなどに加担しおって! その代償に何を貰う気だっ!」
「よしなさい、二人とも」
 牢の鉄柵に手を掛け、二人の息子たちは、嫌味たらしく挨拶などに来たクーチカに、そう食って掛かる。
 こんな状況下でも、左大公自身は落ち着き払い、二人の息子の行動を窘めている。
 その言動にはやはり、威厳が伴っている。
「いやはや、負け犬の遠吠えは見苦しい」
 上着の長い袖を口元に寄せ、クーチカは左大公の息子たちに蔑みの眼を向ける。
 
「ケミル右大公に、知らせは出したか?」
 本館へと向かう長い廊下を歩きながら、クーチカは二人の護衛にそう訊ねている。
「はっ、明日には首都官邸に着くはずです、やがて、迎えが差し向けられましょう」
「あのド石頭のジェイダは、形だけの裁判にかけられ死刑。わたしはまた出世。楽しいのう、最近のこの世は」
 自身の欲のまま、意に添うように動く世が、クーチカに嬉しく、楽しくてならない。
 自然と笑みが零れ、歩きも動きも、軽やかに大きくなってゆく。
 金も権力も、このままいけば恣に出来る……寄らば大樹の陰――である。
「執政官殿、ナーダ様がお戻りになられたようです」
 その『大樹』の帰りに、クーチカは足を止める。
「おお」
「この牢館の裏門に、お車が見えますが」
 護衛の一人が、牢館の窓の外に眼をやり、そう伝えてくる。
 その裏門の前では、警備をしている門番の眼の前に一人の青年が、まるで物のように打ち捨てられていた。
 ぐったりとした様で、青年は、投げ捨てられたことに抗議の言葉も、呻き声すらも上げない。
「この者は……」
 その青年の体を起こしながら、門番がそう訊ねる。
「牢に閉じ込めておけ、がっちり鍵をつけてな」
 豪華な装飾の施された馬車の中から、ナーダがそう応える。
「わたしに逆らった、戯け者だ。目が覚めたら報告に来い、少々、面白い趣向を考えておるのでな」
 打ち捨てられ、物のように扱われている青年を、さも当然のように見下ろしている。
 青年は、酷い扱いを受けながらも、その意識は未だ覚めていなかった。

 その様を、近くの茂みの中から、気配を殺して見ている者がいた。
「あれは……」
 雨避けのフードを被り、遠眼鏡を片手に覗き見ていたのはガーヤだった。
「イザークじゃないか……! なんだって、こんなところに……」