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自分らしく
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彼方から 第二部 第三話

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 たった一人で、経験浅い若年とはいえ、四人を相手に圧倒的な強さで立ち回るアゴルに少し興奮する。
「ね、ね」
 見入るノリコの袖を、ジーナはそう言って引くと、
「お父さん強い? やっつけてる?」
 期待を込めた表情を見せながら、そう訊ねてきた。
「う……うん」
 ――あ……
「かっこいい」
 ――この子、目が……
 光を映し込まないジーナの瞳を見て、ノリコは少し戸惑いながらそう返した。
 もっと、言葉を繋げることが出来れば、この子にお父さんがどれだけカッコよくて、どれだけ凄いのか、伝えられるのに……そんな思いがノリコの胸を過る。
「うふっ」
 けれど、ジーナがノリコに見せた笑みはとても可愛らしく、そして誇らしげで、曇りも、屈託もなかった。

「ち……ちくしょお」
「覚えてやがれっ!」
 顔面を殴られ、肩を決められて、動けなくなった仲間を肩に担ぎ、若者たちはお決まりの捨て台詞と共に逃げて行く。
 少し息を弾ませ、まだ身構えているアゴル。
 彼らの足音はさっさと小さくなってゆく。
 橋の袂に避難し、ほぼ見物状態だったノリコは、彼らの姿が見えなくなってから、ジーナを連れてアゴルへ歩み寄った。
「あ……ありがとう。あたし、助かった――嬉しい」
 彼女の言葉に振り返り、
「ああ、いや、はは……ちょっと、やりすぎたかな」
 アゴルは少し照れくさそうに額の汗を拭っていた。
 壮年期の落ち着きを感じさせる、頼りがいのある、爽やかな笑みを浮かべている。

 ――ぐう
 ――くう

 それは親子二人から同時に聴こえてきた。

 ――ぎゅるるるる……
 ――くるくるるる……

 何とも間の悪い音。
 いや、ある意味、間が良いと言うべきか……
 出物、腫物、『時と所』を選ばず――である。
 三人は無言でただ、赤くなるだけだった。


「これ、携帯食の干しイモです」
 ノリコはそう言って、紙に包まれた干しイモを二人に渡していた。
「すまん……」
「おとうさん、あたし達、なんだかカッコ悪いね」
「…………」
 娘の言葉に、アゴルは返す言葉がなかった。
 柔らかい草の上に腰掛け、三人は一時を過ごしている。

 ――旅の途中なのに、お金盗られたって言ってたっけ……
 ――食事とか宿とか、これからどうするつもりなのかな
 
 干しイモを食べる二人を見ながら、ノリコは今会ったばかりの親子の行く先を案じていた。

 ――いい人みたいだし……
 ――空の様子もなんだかおかしくなってきた
 ――おばさんちに、一緒に来てもらったらどうだろう

 元からある地形に合わせて建てられている家々。
 小高い丘のような所にも家が点在しているのが、ノリコたちのいる場所からは良く見える。
 さらにその上、先ほどまで快晴だった空には、彼女の言うように暗い雲が集まり始めていた。

   *************
 
「おれは、これでももらっとくか」
「じゃ、おれはこいつを……しかし、ろくなもんねーな」
 ガーヤの店先から声がする。
 誰もいないはずの店から……

 ノリコはアゴル親子を連れ、ガーヤの店へと戻ってきた。
「おらおら、何見てやがる! 散れ! 散れ!」
「おい、みんな! 引き上げようぜ!」
 周囲の住人を怒号で散らし、同じ制服を着たガラの悪い者たちが数人、店の中から荷物を持って出てゆく。
 戻ってきたノリコが見たのは、彼らが出ていこうとしているその場面だった。

 ――おばさんのお店から……!

 泥棒紛いのことをしておいて、意気揚々と、彼らは立ち去ってゆく。
 その後ろ姿に、アゴルはハッとした。

 ――最下級軍服、帽子なし
 ――人物は違うが、あいつら……
 ――おれを襲った奴らと同じ風体だ!

 思わず、後を追おうとする。
「きゃっ」
 その声に再びハッとなる。
 彼はその手に、娘ジーナの手を握ったままだった。
「どうしたの、おとうさん」
 彼女は眼が見えない。
 父がどうして急に走り出そうとしたのか、その理由が分からない。

 ――ああ、だめだ
 ――ジーナを引き摺り回すわけにはいかん……

 せっかくの手掛かりを目の前にしながらも、今は諦めるしかなかった。


「あ……あの子」
「昨日、ガーヤの店を手伝っていた子だわ、無事だったのね」
「おい、よせよせ、関わらない方がいい」
 再び、誰もいなくなった店の中に、小走りで入ってゆくノリコ。
 その姿を見た周辺の住人が、そう言って、安心したように声を掛けようとするのを、年配の男が止めている。
「ガーヤは例の、ジェイダ左大公を匿ったそうじゃないか、変に構うと、こっちまであの青乱隊に目ェつけられちまう」
 年配の男は、そう忠告する。
 冷たいが、誰しも自分の身は可愛いもの……
 見て見ぬフリをすることで、自分や身内が平穏無事であるなら、その方を選ぶのが常である。
「青乱隊?」
「わっ」
 いきなり肩を掴まれ、忠告をしていた男の人が思わず声を上げた。
「あ……失礼」
 その肩を掴んでいたのはアゴルだった。
「あの……その青乱隊とは?」
 男の人の肩から手を離し、無礼を詫びながら訊ねている。
「なんで、そんなこと知りたいのかね?」
 多少驚きながら、男の人はそう訊ね返してきた。
「実は、つい先ほど、さっきの連中と同じ制服を着た者たちに絡まれ、金を盗られてしまって……」
 アゴルは至極簡単に、経緯を説明する。
「そうかい……」
 男の人は気の毒そうに溜め息を吐きながら、
「青乱隊は、正式に軍に所属しているわけじゃない。何となく集まったチンピラ集団に、時折国が仕事をさせるようになっただけのものさ」
 そう、応えてくれた。
「たとえば、役人にたてついたり、逆らったりするとな、来るんだよ奴らが、嫌がらせにな。お上の威光を笠に着て、略奪、暴行、やりたい放題。治安官に訴えたところで、あんたが盗られたっていう金も、戻っちゃこないよ、諦めた方がいい」
 更にそう、忠告してくれる。
「あいつらがこの店に来たのも、ここの主人が重罪人の左大公を匿ったからなんだよ。昨夜は激しい捕り物があったって聞いたしな」
 青乱隊という、チンピラ集団のことを良くは思っていないのだろうが、同時に、関わり合いになりたくないという思いも、当然あるのだろう。
 そう言う男の人の顔は少し迷惑そうな表情をしている。
 アゴルは相槌を打ちながら、他の人たちにもそれとなく、話を訊いていた。
「もし、手っ取り早く儲けたいのなら、闘技屋へ行きな。もっとも、腕っぷしに自信がなけりゃ、ダメだが」
 ガーヤの店の様子を伺っていた近所の住人と共に立ち去りながら、男の人は一応、そう勧めてくれる。
 だが……それで事が済む訳はなかった。

 ――金だけではないのだ、盗られたのは……
 ――この子、ジーナハースの占石も奪われた
 ――あれがなくては、ジーナの占う力は発揮されない
 ――そして、それ以上に……

 アゴルの脳裏に、小さな袋に入った綺麗に光る丸い石の姿が浮かぶ。
 表情が険しく、眉が顰められてゆく。

 ――あれは、おれの……
 ――亡き妻の形見でもある
 ――なんとしても、取り返さなくてはならん……!