Re:残り香
Re:残り香
ここにはかつて、たくさんの人々が、強く、そして不真面目に生きていた。
残されたのは、たくさんの瓦礫と、ほんの少しの残り香だけ。
「なにしてるんですか、こんなところで」
「…駿河」
「土里さん、しょっちゅうここに来てませんか?もしかして暇なんですか?」
「……」
「…ひょっとして僕のせいですか? 不祥事…ですもんね。そのせいで仕事無くなっちゃいましたか?」
「……」
「それとも、まだ何か探してるんですか? 証拠品とか、被害者とか。どちらももう残ってないと思いますよ。計算通り、綺麗に燃えましたからね」
「……」
「…これも違う、と」
「…駿河」
「なんですか?」
「どこに、いるの」
「……あぁ、なんだそうか。土里さん、まだ僕を連れ戻そうとしてたんですね! いや、土里さんがそんなに僕のことを好いてくれているだなんて」
「そういうの、いいから」
「…余計なこと、しないでもらえますか?」
「駿河…」
「俺はね、ようやく家族と会えたんですよ。四年なんてもんじゃない、何年も何年も渇望した家族に、やっと会えたんですよ。だから、このまま」
「それは…幻だよ」
「……は?」
「妹さん、スラムを出ることに決めたって。迷惑をかけたぶん、今度は私が美緒さんやイサコを助けるんだ!って張り切ってた」
「それは」
「つらいはずなのに、そんな素振り全然見せなくて。ほんとに駿河の妹なんだね、あの子」
「それは…そっちが幻、なんですよ」
「違うよ。駿河だって本当はもうわかってるんでしょう? どちらが幻覚だったのか」
「……」
「私は、駿河がファイアライトを作ってた頃のことは知らないし、それより前に何があったのかも知らないけど、そのあとのことなら知ってるから」
「だからそれは演技だって」
「それでも、演技だったとしても。ひとつだけわかることがある」
「…土里さんにいったい俺のなにがわかるって言うんですか」
「大したことじゃないんだけど。駿河はさ…もう少し。人に頼って、良かったんだよ」
「…………そんな、こと」
「そうだね。もっと早く言うべきだった。ごめんなさい」
「……」
「帰りたくないならいいよ。帰りたくなるまで、待つよ」
「……」
「だから、気が済んだら一緒に帰ろう。本当の家族のところに」
「……俺は」
「……」
「……お、れは」
「いやーごめんごめん! 仮設トイレぐらいあると思ったんだけどなー…ってどうかした?」
「岩田さん」
「誰かと話してなかった?」
「なかったですよ。そもそも誰もいないじゃないですか」
「そうっすよねえ。もうFLの成分も残ってないから幻覚ってはずもないし」
「そうですよ。変なこと言わないでください」
「申し訳ない。で?どうでした?」
「やっぱり、難しいですね。全部燃えてしまっているから痕跡もなにもなくて…。最後に、彼がどちらのほうに移動していたのか、だけでもわかれば…まぁ、それがわかってたらとっくに見つかってるんですけど」
「そーなんすよね」
「……」
「土里さん?」
「…ううん。気長にやりましょう。いまさら逃げていくわけでもないですから」
「まぁ、確かに。睡眠時間削ったりなんかしたら誰かさんみたいになっちゃうしな」
「…ふふっ」
「おっ」
「じゃあ、戻りましょうか」
「ほーい」
「また、来るからね」
ここにはかつて、たくさんの人々が、強く、そして不真面目に生きていた。
残されたのは、たくさんの瓦礫と、ほんの少しの残り香と、孤独なマッチ売りの青年だけ。