雫 3
雫
〈大尉、準備はいいですか?〉
オペレーターの声にアムロが頷く。
「ああ、いつでも始めてくれ」
シミュレーター内の景色が宇宙に変わり、コンソールパネルを操作しながら合図を待つ。
結局、フロンタルに押し切られ、シミュレータに乗せられたアムロは、溜め息混じりにアームレイカーを握る。
「くそっ、何でこんな事に…」
悪態を吐くアムロに、モニタールームのフロンタルから通信が入る。
〈アムロ、期待しているぞ〉
当然、モニタールームにはフロンタルが陣取り、その様子を楽しげに見守っている。
「何年ブランクがあると思ってるんだ。まともにやれるわけが無いだろう」
〈そう思っているのは君だけだ〉
「はぁ…何言ってるんだか…貴方は俺に夢を見過ぎだよ」
〈そんな事は無いさ〉
「それより、約束を忘れるなよ」
〈ああ。私は嘘は言わない〉
「……」
嘘は言わないが本当の事も言わない。
こういうところはシャアと似ている。
アムロは溜め息を吐きながらアームレイカーを握る。
「始めてくれ」
結果は、フロンタルを大いに満足させるものだった。
対戦相手として立候補したアンジェロ大尉は現役パイロットで、『袖付き』の親衛隊長を務める程の男だ。アムロとしても、三年ものブランクのある自分が簡単に相手に出来る訳はないと思っていた。
しかし、蓋を開けてみれば、長年培ったパイロットとしての技量は、考えるよりも先に身体を動かしていた。
当然、反射速度は以前よりもかなり遅くなっていたし、左目が殆ど見えない為、左方からの攻撃には不利ではあったが、シャアを相手にする訳じゃない。
アンジェロを相手にする分には問題にはならなかった。
そして、サイコミュについても、いつの間にアムロの脳波を採取したのか、驚くほど完璧にリンクし、思うままにファンネルを操る事が出来た。
アンジェロの乗る隣のシミュレータからは、何かに拳を叩きつける音がする。
決して彼の腕が悪いとかそういう訳ではない。
最早これは経験の差なのだ。
しかし、そんな慰めの言葉など彼は求めていない。寧ろ彼のプライドを傷つけるだけだろう。
アムロは溜め息吐くと、シミュレータから降りてモニタールームへと向かった。
そこには、上機嫌でアムロを迎えるフロンタルがいた。
「流石だな、アムロ・レイ」
「まぐれだ」
「まぐれでアンジェロ大尉を倒せんよ」
アムロはドリンクを片手に椅子へとドカリと座る。
左目を覆う髪を掻き上げると、大きく息を吐く。
「鬱陶しいな…」
苛立ちを隠せないアムロを、フロンタルが意味ありげに見つめる。
「何だよ…」
「いや、私も君と一戦交えたいと思ってな」
「冗談だろ?」
「本気さ、まだ体力的には問題あるまい?」
「充分疲れてるよ。何年振りだと思ってるんだ」
「以前は七年のブランクを物ともせずに戦っていたではないか」
フロンタルの言葉に、アムロが顔を上げる。
「何で貴方がそんな事を知っている?」
「…さてな」
煙に巻いて惚けるフロンタルを問い詰めようと思ったが、そんな事でこの男が答える訳はないと諦める。
「ふん」
「ではアムロ、良いか?」
「俺に拒否権は無いんだろう?」
溜め息混じりに答えれば、フロンタルが嬉しそうに微笑む。
「ああ、分かっているではないか」
アムロは飲み干したドリンクのチューブをダストボックスに投げ入れると、ヘルメットを持って立ち上がる。
「本気で行く」
「望むところだ」
口角を上げて答えるフロンタルに、アムロは心の中で悪態を吐く。
『くそっ、シャアみたいな表情を見せるなよ!』
再びシミュレータに乗ったアムロの前方からは、真っ赤な機体がサーベルを振りかざして向かってくる。
その姿に、アムロはゴクリと息を飲む。
フロンタルの搭乗機『シナンジュ』。
そのフォルムとカラーリングはシャアのサザビーを彷彿とさせた。
そして自分に向けられるプレッシャー。
分かってはいても、思わずシャアと戦っているような錯覚に陥る。
『シャア!』
アムロは振り下ろされるサーベルを寸前で避け、機体を一気に平行移動させてライフルを撃ち放つ。
しかし、それを難なく躱され、逆にビームを撃ち込まれる。
「ちっ!デカイ図体のくせに!」
急上昇と降下を繰り返しながら連射されるビームを避け、反撃のタイミング伺う。
そして一気に間合いを詰めるとサーベルで斬り掛かった。
「うおおお!」
激しい打ち合いを繰り返し、じわじわとシナンジュを追い詰める。
「流石だなアムロ!」
「貴方もなかなかやるじゃないか」
一旦離れ、またサーベルで打ち合う、徐々にアムロのサーベルがシナンジュを押し始める。
「くっ!サーベルの威力が落ちている!」
フロンタルの余裕の表情が一瞬歪む。
「エネルギーを無駄遣いし過ぎだ!」
ーーそんな所までシャアに似ている。
そして、振りかぶったアムロのサーベルがシナンジュのサーベルを弾いて、そのまま右腕を切り落とした。
「何⁉︎」
フロンタルはすぐ様後退し、切られた腕の爆発から逃れる。
しかしその瞬間、爆炎の中からアムロの機体が現れ、サーベルで切り掛かってくる。
「アムロ!」
咄嗟に盾でそれを防ぎ、パワーでアムロの機体を弾き飛ばす。
「くっ!」
その衝撃で弾き飛ばされながらも、アポジモーターを操作して機体を安定させ、すぐ様戦闘態勢を整えるアムロに、フロンタルの口角が上がる。
「ははは!最高だ!アムロ。こんなに興奮する戦闘は初めてだ!」
「そうかい!」
アムロはサーベルを収めると、ファンネルを放ちオールレンジ攻撃に切り替える。
「そろそろ終わらせてもらう!」
「それはこちらのセリフだ!アムロ!」
互いにファンネルを飛ばし合い、攻撃を仕掛ける。
それぞれの攻撃を躱しながら、ファンネルを撃ち落としていく。
息もつけないほどの攻防の中で、互いの息遣いだけを感じる。
「ああ…こんな戦闘は初めてだ。心が高揚する!シャア・アズナブルが君との一騎打ちに拘った気持ちが解る」
「黙れ!」
フロンタルと同じ気持ちを感じながらも、シャアと同じような戦闘スタイルのフロンタルに、アムロが眉を顰める。
『…シャア…』
アムロがフロンタルのファンネルを全て撃ち抜き、一気に間合いを詰めて蹴りを入れる。
「アムロ!」
それを食らいながらも体勢を崩さず、逆にアムロの機体へとパンチを繰り出す。
その衝撃を受け、アムロの身体がシートへと叩き付けられ、一瞬意識が飛ぶ。
「くっ!」
「アムロ!終わりだ!」
「まだだ!」
アムロはシナンジュに蹴りを入れ、その勢いで後退し間合いを取る。
そして間髪入れずにライフルを撃ち放った。
命中したかに見えたビームはシナンジュの盾だけを破壊し、その爆炎に紛れ、アムロの死角となる左方からシナンジュが現れる。
「何⁉︎」
アムロの反応がほんの一瞬遅れた刹那、シナンジュの体当たりを食らい、その衝撃でアムロのコックピットにエアバックが広がる。
「あうっ!」
「The end だ。アムロ」
シナンジュのライフルの銃口が、アムロのコックピットにピッタリと付けられた。
「…くそっ!」
シミュレータ内に明かりが灯り、無重力の感覚が無くなる。
〈大尉、準備はいいですか?〉
オペレーターの声にアムロが頷く。
「ああ、いつでも始めてくれ」
シミュレーター内の景色が宇宙に変わり、コンソールパネルを操作しながら合図を待つ。
結局、フロンタルに押し切られ、シミュレータに乗せられたアムロは、溜め息混じりにアームレイカーを握る。
「くそっ、何でこんな事に…」
悪態を吐くアムロに、モニタールームのフロンタルから通信が入る。
〈アムロ、期待しているぞ〉
当然、モニタールームにはフロンタルが陣取り、その様子を楽しげに見守っている。
「何年ブランクがあると思ってるんだ。まともにやれるわけが無いだろう」
〈そう思っているのは君だけだ〉
「はぁ…何言ってるんだか…貴方は俺に夢を見過ぎだよ」
〈そんな事は無いさ〉
「それより、約束を忘れるなよ」
〈ああ。私は嘘は言わない〉
「……」
嘘は言わないが本当の事も言わない。
こういうところはシャアと似ている。
アムロは溜め息を吐きながらアームレイカーを握る。
「始めてくれ」
結果は、フロンタルを大いに満足させるものだった。
対戦相手として立候補したアンジェロ大尉は現役パイロットで、『袖付き』の親衛隊長を務める程の男だ。アムロとしても、三年ものブランクのある自分が簡単に相手に出来る訳はないと思っていた。
しかし、蓋を開けてみれば、長年培ったパイロットとしての技量は、考えるよりも先に身体を動かしていた。
当然、反射速度は以前よりもかなり遅くなっていたし、左目が殆ど見えない為、左方からの攻撃には不利ではあったが、シャアを相手にする訳じゃない。
アンジェロを相手にする分には問題にはならなかった。
そして、サイコミュについても、いつの間にアムロの脳波を採取したのか、驚くほど完璧にリンクし、思うままにファンネルを操る事が出来た。
アンジェロの乗る隣のシミュレータからは、何かに拳を叩きつける音がする。
決して彼の腕が悪いとかそういう訳ではない。
最早これは経験の差なのだ。
しかし、そんな慰めの言葉など彼は求めていない。寧ろ彼のプライドを傷つけるだけだろう。
アムロは溜め息吐くと、シミュレータから降りてモニタールームへと向かった。
そこには、上機嫌でアムロを迎えるフロンタルがいた。
「流石だな、アムロ・レイ」
「まぐれだ」
「まぐれでアンジェロ大尉を倒せんよ」
アムロはドリンクを片手に椅子へとドカリと座る。
左目を覆う髪を掻き上げると、大きく息を吐く。
「鬱陶しいな…」
苛立ちを隠せないアムロを、フロンタルが意味ありげに見つめる。
「何だよ…」
「いや、私も君と一戦交えたいと思ってな」
「冗談だろ?」
「本気さ、まだ体力的には問題あるまい?」
「充分疲れてるよ。何年振りだと思ってるんだ」
「以前は七年のブランクを物ともせずに戦っていたではないか」
フロンタルの言葉に、アムロが顔を上げる。
「何で貴方がそんな事を知っている?」
「…さてな」
煙に巻いて惚けるフロンタルを問い詰めようと思ったが、そんな事でこの男が答える訳はないと諦める。
「ふん」
「ではアムロ、良いか?」
「俺に拒否権は無いんだろう?」
溜め息混じりに答えれば、フロンタルが嬉しそうに微笑む。
「ああ、分かっているではないか」
アムロは飲み干したドリンクのチューブをダストボックスに投げ入れると、ヘルメットを持って立ち上がる。
「本気で行く」
「望むところだ」
口角を上げて答えるフロンタルに、アムロは心の中で悪態を吐く。
『くそっ、シャアみたいな表情を見せるなよ!』
再びシミュレータに乗ったアムロの前方からは、真っ赤な機体がサーベルを振りかざして向かってくる。
その姿に、アムロはゴクリと息を飲む。
フロンタルの搭乗機『シナンジュ』。
そのフォルムとカラーリングはシャアのサザビーを彷彿とさせた。
そして自分に向けられるプレッシャー。
分かってはいても、思わずシャアと戦っているような錯覚に陥る。
『シャア!』
アムロは振り下ろされるサーベルを寸前で避け、機体を一気に平行移動させてライフルを撃ち放つ。
しかし、それを難なく躱され、逆にビームを撃ち込まれる。
「ちっ!デカイ図体のくせに!」
急上昇と降下を繰り返しながら連射されるビームを避け、反撃のタイミング伺う。
そして一気に間合いを詰めるとサーベルで斬り掛かった。
「うおおお!」
激しい打ち合いを繰り返し、じわじわとシナンジュを追い詰める。
「流石だなアムロ!」
「貴方もなかなかやるじゃないか」
一旦離れ、またサーベルで打ち合う、徐々にアムロのサーベルがシナンジュを押し始める。
「くっ!サーベルの威力が落ちている!」
フロンタルの余裕の表情が一瞬歪む。
「エネルギーを無駄遣いし過ぎだ!」
ーーそんな所までシャアに似ている。
そして、振りかぶったアムロのサーベルがシナンジュのサーベルを弾いて、そのまま右腕を切り落とした。
「何⁉︎」
フロンタルはすぐ様後退し、切られた腕の爆発から逃れる。
しかしその瞬間、爆炎の中からアムロの機体が現れ、サーベルで切り掛かってくる。
「アムロ!」
咄嗟に盾でそれを防ぎ、パワーでアムロの機体を弾き飛ばす。
「くっ!」
その衝撃で弾き飛ばされながらも、アポジモーターを操作して機体を安定させ、すぐ様戦闘態勢を整えるアムロに、フロンタルの口角が上がる。
「ははは!最高だ!アムロ。こんなに興奮する戦闘は初めてだ!」
「そうかい!」
アムロはサーベルを収めると、ファンネルを放ちオールレンジ攻撃に切り替える。
「そろそろ終わらせてもらう!」
「それはこちらのセリフだ!アムロ!」
互いにファンネルを飛ばし合い、攻撃を仕掛ける。
それぞれの攻撃を躱しながら、ファンネルを撃ち落としていく。
息もつけないほどの攻防の中で、互いの息遣いだけを感じる。
「ああ…こんな戦闘は初めてだ。心が高揚する!シャア・アズナブルが君との一騎打ちに拘った気持ちが解る」
「黙れ!」
フロンタルと同じ気持ちを感じながらも、シャアと同じような戦闘スタイルのフロンタルに、アムロが眉を顰める。
『…シャア…』
アムロがフロンタルのファンネルを全て撃ち抜き、一気に間合いを詰めて蹴りを入れる。
「アムロ!」
それを食らいながらも体勢を崩さず、逆にアムロの機体へとパンチを繰り出す。
その衝撃を受け、アムロの身体がシートへと叩き付けられ、一瞬意識が飛ぶ。
「くっ!」
「アムロ!終わりだ!」
「まだだ!」
アムロはシナンジュに蹴りを入れ、その勢いで後退し間合いを取る。
そして間髪入れずにライフルを撃ち放った。
命中したかに見えたビームはシナンジュの盾だけを破壊し、その爆炎に紛れ、アムロの死角となる左方からシナンジュが現れる。
「何⁉︎」
アムロの反応がほんの一瞬遅れた刹那、シナンジュの体当たりを食らい、その衝撃でアムロのコックピットにエアバックが広がる。
「あうっ!」
「The end だ。アムロ」
シナンジュのライフルの銃口が、アムロのコックピットにピッタリと付けられた。
「…くそっ!」
シミュレータ内に明かりが灯り、無重力の感覚が無くなる。