雫 3
アムロは大きく息を吐くと、ヘルメットを脱ぎ捨て、ノーマルスーツの襟元を緩めた。
「はぁはぁはぁ」
久しぶりの戦闘に、息が上がる。
筋力も体力も落ちた状態で、フロンタルを相手にしたのだ。
身体中がガクガクと震えだし、悲鳴をあげる。
そんなアムロの元に、シミュレータの扉を開けてフロンタルが現れた。
「大丈夫か?すまない。病み上がりの君に無理をさせた」
シートから立ち上がれないアムロは、必死に息を整えながらフロンタルを睨みつける。
「そんなに睨むな。あまりにも心踊る戦闘に我を忘れた。流石はアムロ・レイだ」
「はっ…こんな…情けない状態なのに…何を言ってるんだ…。言っただろう?俺なんか使い物にならないって…」
「そんな訳あるまい。正直、ここまで追い込まれると思わなかった…。万全の君と戦ったら負けるかもしれないな」
「よく言う…そんな事、思っていないくせに…」
「そんな事はない」
フロンタルはゆっくりとアムロの背中と膝裏に腕を入れると、軽々と持ち上げる。
「なっ…にをする!」
「歩けないだろう?モニタールームまで運ぼう」
「冗談だろう⁉︎離せ!」
「アムロ、暴れるな。落ちるぞ」
「ちょっ!」
アムロの抗議を無視して、フロンタルはアムロを軽々と抱き上げてモニタールームまで歩いていく。
そして、椅子に座らせると、ドリンクを手渡した。
アムロは大きく息を吐くと、諦めたようにドリンクを受け取る。
「どうだ?」
フロンタルがモニタールームのスタッフに声を掛けると、一人が興奮して答える。
「凄いです!こんな数値始めて見ました!ファンネルとのリンク率もほぼ百パーセントです。
それに、クシャトリアの性能をここまで引き出したパイロットは初めてです!」
「そうか…」
満足気に頷くフロンタルを、アムロが溜め息混じりに見つめる。
側ではアンジェロが、悔し気にアムロを睨みつけていた。
「アンジェロ、君も良くやった」
アンジェロはフロンタルの労いの言葉に、唇を噛み締めて首を横に振る。
「いえ、不甲斐ない戦いを大佐の前に晒してしまいました」
「そんな事はない」
「しかし…!」
「アンジェロ、君には期待している」
「大佐…」
そして、そっとアンジェロの耳元で何かを囁くと、不機嫌だったアンジェロの表情がみるみる明るくなり、終いには笑顔でシミュレーションルームを後にした。
それを横目で見ながら、アムロは思う。
『ああいう人タラシな所までシャアそっくりだ…』
怠い身体を椅子の背もたれに預け、呆れたようにフロンタルを見つめる。
「どうした?アムロ」
「別に…」
「ご機嫌斜めだな」
「疲れてるんだよ」
「それだけか?」
「それだけだよ」
「なんだ、アンジェロに対して嫉妬してくれたのではないのか?」
「は?何言ってるんだ、呆れてただけだよ」
そう言いながら、空になったドリンクをダストシュートに放り込むと、ゆっくりと立ち上がってシミュレーションルームを出ようとする。
「待ちたまえ」
「何だ?」
「君はこのまま医務室だ」
「は?別に必要ない」
「今はアドレナリンの影響で気付いていないだけだ。身体中痣だらけだろう?」
そう言われてみれば、シートに何度か身体をぶつけた。
それに、筋肉の疲労も酷い、明日は筋肉痛だろうな、などと呑気に考える。
「まぁ…それはそうだが…」
「私が付き添う、行くぞ」
「…なっ!…一人で行ける」
「そういう訳にはいかない」
フロンタルの視線に、逃亡しない為の監視だと気付く。
「ああ…そうか。分かった」
「素直だな」
「俺も変な疑いは掛けられたくない」
「良い心がけだ」
そんな二人のやり取りを、モニタールームのスタッフ達が驚いた表情で見つめる。
それはそうだろう。
自分たちのトップである総帥と、元敵兵士がこんなに砕けた口調で会話をしているのだ。
いくらニュータイプとして有名なアムロ・レイだとしても、連邦の一兵卒でしかない。
その視線に気付き、アムロが居心地の悪さを感じる。
「行くならさっさと行こう。早く休みたい」
「了解だ」
フロンタルは笑みを浮かべ、モニタールームのスタッフにデータ解析を指示すると、アムロを連れて医務室へと向かった。
◇
「くそっ」
医務室から自室に戻って来たアムロは、苛立ちに髪を搔きむしりながらベッドに横になる。
体調が万全では無かったとはいえ、フロンタルに完敗した事。何より、戦闘中のフロンタルの中にシャアを見てしまった事に腹が立った。
「俺にとって、シャア・アズナブルはあの男だけだ…それなのに…」
アムロは手のひらで顔を覆い、唇を噛み締める。
そして、自身の身体が熱を持っている事に大きな溜め息を吐く。
生死を賭けて戦う兵士にはよくある事だ。
戦闘後、昂ぶった神経が生き残れた事への安堵と、子孫を残そうとする本能がそうさせるのだろう。
どちらかと言えば、そういう面では淡白なアムロも、男としての本能には逆らえない。
アムロは身体を起こしてベッドの上に座ると、
ドアに背を向け下肢へと手を伸ばす。
しかし、いくら自身を手で刺激しても、中々達する事が出来ない。
「あれ…何で…いつもならこれで直ぐにイケるのに…」
そしてふと、最近自慰をしていない事に気付く。
何故…と考えを巡らし、一日と置かず、フロンタルに抱かれていたせいだと思い至る。
「くそっ…アイツのせいだ!」
「誰のせいだと言うんだ?」
不意に背後から掛けられた声に、ビクリと肩を震わせ、恐る恐る振り返る。
そこには、予想した通りフロンタルが居た。
「何で⁉︎ロックが掛かっていただろう!」
「そんなもの、私には意味がない」
ネオ・ジオンを治めるこの男には、全てがフリーパスだ。
「だからって、ノックくらいするのが礼儀だろう!」
叫びながら、シーツを手繰り寄せて下肢を隠す。
「ノックならしたぞ。君が夢中になり過ぎて気付かなかったのだろう?」
「なっ⁉︎」
そんな事を言われ、アムロの顔が真っ赤に染まる。
「う、うるさい!もういいから出て行けよ!」
思わずシーツに潜るアムロを、フロンタルがシーツごと抱き締める。
「出て行って良いのか?イケないのだろう?」
シーツ越しに耳元で囁かれ、ビクリと身体を震わせる。
「アムロ、気が昂ぶっているのは私も同じだ。ならば一緒に発散させれば良いと思わないか?」
シーツの上から背中のラインをなぞり、アムロを誘う。
「黙れ!」
「意地を張るな」
「うるさい!」
「やれやれ、私としても一応君の同意を得てからにしようと思っていたのだが、仕方がない」
そう言うと、シーツを思い切り剥ぎ取り、アムロの腕を掴んで上向かせる。
「なっ⁉︎」
突然の強引な行動に、アムロが目を見開く。
今まで、言葉巧みに誘われ、流される様に事に及ぶ事はあったが、こんな風に強引にされた事は無い。
それなりにアムロの意思を尊重してくれていた。
しかし、今日は違う。
フロンタルが余裕の無い表情でアムロを見つめ、衣服を剥ぎ取っていく。
「ちょっ!やめ!フロンタル!」
「悪いが今日は、私も余裕が無い」
アムロを押さえつけながら強引に唇を奪う。
「んっんんん」
あっという間に全ての衣服を奪われ、シーツの上に組み敷かれる。
「どうしたんだ⁉︎」