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自分らしく
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彼方から 第二部 第五話

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 カイダールの気が膨れ上がる。
 指に嵌められた指輪の蓋が、全て開かれる。
 彼が振り回した腕から、渦を描くように風が放たれる――十人以上の屈強な近衛たちを軽く往なすイザークに向けて……
「くらえっ! おれの毒をっ!!」
 イザークの周囲にいる近衛たちを巻き込んで、カイダールの放った風は最初の時と同じく、彼の体を包み、捉えていた。
 突然の、不思議な動きをする風に、観客はどよめき、ざわつき始める。
「何だ、あれは」
 カイダールの能力を初めて見たのか、バラゴも観客と一緒になって、怪訝そう見ていた。
 そのバラゴの腕を取り、今度はアゴルが、彼を引き摺るようにしてどこかへと向かう。
「おっ、アゴル、おまえ無事に、あいつにアレ渡したか?」
「渡した、さぁ、次の仕事だ。おまえも手伝え」
「へ?」
 連れられながら訊ねてくるバラゴに、アゴルは端的に返す。
 そして強引に、何の説明もせずに、まるで、さっきのお返しと言わんばかりにバラゴを巻き込み、連れて行った。

「はっはっは! やったぜっ!!」
 イザークを捉えたまま纏わりつく風には、最初に食らわせたものよりも強力な毒を使っている。
 彼の周りにいる近衛が、その風のとばっちりを受け、よろめき倒れてゆく。
「さあ! きさまも倒れるがいい!!」
 次々と倒れてゆく近衛たちの様を見て、自分の毒は確実に効いているのだと分かる。
 当然のように、イザークも、たっぷりと毒を吸い込んでいるはずだ。
 直に、倒れた近衛たちと同じように――
 だが……
 ゆっくりとこちらを見やるイザークの顔には、不敵な笑みが浮かんでいる。
 カイダールの表情が凍りつく。
「二度も、同じ手に引っかかるか」
 毒を含んだ風を纏いながら、何の影響も受けずそう言い放つイザークを、信じられぬものを見る眼でカイダールは見ていた。

「バ……バラゴ殿、何をっ!!」
 突然の出来事に狼狽える警備兵。
 バラゴは無言で、警備兵の持つ槍の柄を掴んでいた。
 そして問答無用で、蹴り飛ばす。
「うわぁっ!!」
「きゃあっ!」
 ジェイダ左大公たちが座らされている見物席の中。
 アゴルとバラゴが警備兵を蹴散らしている。
「ジェイダ左大公! 布で鼻と口を塞いで、伏せてください!!」
 左大公たちを伏せさせながら、アゴルが有無を言わさずに指図している。
 事は緊急を要していた。
 詳しく説明している暇などは無い。
 自分たちもすぐに伏せ、布で鼻と口を覆っていた。

 イザークに纏わりついている、カイダールの放った風が、勢いを増してゆく。
 彼の瞳の形が、変わっている。
 その風は既に、彼の意のままに操られていた。
「そ、それは……」
 彼の髪を巻き上げるほどの勢いで吹く風の中、イザークが差し出した右手の中にある壺に、カイダールは見覚えがあった。
 次の瞬間、壺が弾け飛ぶ。
 中に入っていた粉が、辺りに舞い散ってゆく。
 イザークは更に風の勢いを増し、その粉を吹き散らし始めた。
「うわ!」
「きゃあ!」
「うわっ」
「何だ、この風は!」
「何が起こったんだ!?」
 彼を中心に渦を巻き、壺一杯に入っていた粉を含み、イザークの起こした風は吹き荒れる範囲を広げながら会場全体を包み込み、隅々にまで行き渡ってゆく。
「う?」
「あ……」
「か……体が」
 観客が、警備兵が倒れてゆく。
 ナーダや近衛たち、使用人に至るまで――そして、カイダール自身も……
「こんな……ばかな……」
 抵抗空しく、地に、伏してゆく。
 無事だったのは、アゴル、バラゴ、そして左大公たち……

 ――これは、おまえの毒だぜ、カイダール
 ――おれが、おまえの部屋から持ち出した

 しっかりと鼻と口を布で覆い、身を低く、伏しているバラゴ。

 ――そして、強力だが死に至らぬ痺れ薬を選んだのはおれだ
 ――イザークのリクエストとやらでな

 左大公たちに対処の指示をしながら、アゴルも同様に身を低くし、伏している。
 イザークは巻き起こした風の行方を見定めていた。
 城全体に行き渡るように――少なくとも、このバカげた試合を愉しみに観に来た者たちに、確実に行き渡るように。

 ――それにしても……
 ――なんて力の持ち主だ

 あのケイモスを倒したイザークの力。
 その力を目の当たりにして、アゴルは思う。

 ――あのノリコと、この青年の関係は……

 とても、ただの島の娘と偶然通り掛かっただけの渡り戦士などという言葉では納得できない。
 それ以上の何か、二人にしかない繋がりが、あるように思えてならなかった。


                            第二部 第六話に続く