BLUE MOMENT6
BLUE MOMENT 6
「なぜ……」
士郎の姿を、あれから一度も見ていない。
四日が過ぎたというのに、食堂にも現れない。
サーヴァントでもない士郎は食事をとらなければならないというのに、なぜだ?
誰かが食事を運んでいるのだろうか?
そんな仲のサーヴァントかスタッフがいたのだろうか?
(あの夜から一度も顔を見ていない)
新しい部屋で快適に過ごしているのかもしれない。心配する必要などないというのに、やたらと不安になってくる。
(士郎が入った部屋を把握しておくべきか? いざという時のためにも必要だと思うが……)
そんな時など来ないだろうが、どこかで私は士郎の行動を縛りたいのだろう、そんな考えに至る。
士郎の居場所など、所長代理に訊けばすぐにわかるのだが、いろいろと事情を知られているために、どうにも訊ねる気になれない。したがって、幾人かのサーヴァントにそれとなく話題を持っていき、居場所を突き止めようと思ったが、いっこうに士郎の所在は掴めない。逆に、セイバーのアルトリアには、どこにいるのか、と訊かれてしまった。
それから二日、妙な焦りを押し殺して、注意深く対話する者の言葉を聞きながら同じように士郎の所在を確かめようとした。だが、全く情報がない。
(何か……おかしい……)
いったいどういうことだ?
「無銘さん」
不意に呼ばれて振り返ると、玉藻の前が少しむっつりとした顔で立っている。この呼び方をされる時は、何か言いたいことがある時のような気がしている。
彼女には何らかの記録が残されているのだろうか?
私にも、全く初対面という気がしない、というような感覚がある。まあ、深く掘り下げたところで、お互いにいい気がしなくなりそうなので、彼女に限らず、どのサーヴァントとも、過去の記録の話はしないことにしているが……。
厨房で、何か不備をしただろうか?
彼女とのカルデアでの関わりは、主に厨房だ。それ以外では、同じパーティーで組む以外、関わりはない。
「な、なんだ?」
少し身構えていれば、
「あの方のこと、探してきてくれません?」
「は?」
「厨房も食堂も、あの方がいないと回りが悪いんです」
あの方……。話の流れ上、彼女がそう呼ぶのは士郎のことだろう。常日頃、厨房に立つ者の中で、今、ここにいないのは士郎だけだ。
「それに、無銘さん。貴方も使い物になりません。他所事を考えている貴方に足を引っ張られるのも困りもの。カルデアの厨房にそのような余裕はないのです」
きっぱりと言い切られ、反論できない。
「では、あの方を頼みましたよ?」
言い聞かせるように言われ、頷くしかなかった。
厨房もそっちのけで、いや、正確には厨房を追い出されて、カルデアの中を、士郎の気配を探して歩き回る。だが、私の探す気配は欠片も見つけられなかった。
(なぜだ……)
誰かが匿っている、ということなのか?
だとしたら姿が見えないのは当然だ。
だが、いったいなぜ?
私と士郎のことをそれなりに知っているのは、マスターとマシュ、所長代理、それから…………。
思い至って、すぐに踵を返し、クー・フーリン(槍の方だ)の部屋へ向かう。
「クー・フーリン! 訊きたいことがある、開けてくれ!」
扉の前で、そこそこに大声で呼んだが、返答はない。留守かとも思ったが、気配はある。
「クー・フーリン! 開けろ!」
ノックなどという生易しいものではなく、扉を拳で叩いたが、やはり反応がない。
「クー・フーリン! 開けろと――」
「留守だぞー」
「…………」
居留守をわざわざ“留守だ”と言う愚か者がいるものか!
「……そうか。留守か。ならば、宝具くらいは撃ってもかまわんな」
「はっ? ほうぐ? バカ言ってんじゃねえッ! てめえ! とうとう頭、沸いたか!」
叫び声とともにドタドタと足音がして扉が開く。
「なんだよ?」
クー・フーリンが面倒臭そうな表情を隠しもせずにやっと出てきた。扉さえ開けばこちらのものだ。
「失礼する!」
「は? あ、お、おい、ちょっ、な、なんだよ! 勝手に入るな!」
私の入室を阻止しようとするクー・フーリンは無視で部屋を見渡したが、そこに求めた姿はない。
「おい、どこに匿った」
「はあ? 何をだよ?」
「決まっているだろう、士郎だ」
「あ? シロウ? いねーけど?」
「とぼけなくてもいい。ここにいることはわかっている。アレの行き先など、ここか一階の窓くらいしか――」
「おい! どういうことだ、そりゃ! シロウがどうした!」
私の肩を掴んでクー・フーリンは血相を変えている。
この反応は、どう解釈すればいいのか?
こいつが士郎を匿っているのではないのか?
「おい! 答えろ! シロウがどうしたってんだ!」
形勢が完全に逆転して、クー・フーリンに問い詰められる。
「い、一週間ほど前から、」
「いねえのか!」
「ぅ、あ、ああ」
「てめぇ、あいつになに言ったんだ!」
「は?」
「お前に何か言われたくらいしか、あいつが逃げ回る理由にならねえだろ!」
「私が……?」
なんだ、それは。
どういう意味だ、それは……。
「ほら、行くぞ!」
「い、行く、とは? どこにだ」
「決まってんだろ! シラミ潰しに探すんだよ!」
「探……す? ここにいるのでは、ないのか?」
「いねえよ! お前、おれをシロウのなんだと思ってやがるんだ!」
「なに……とは……」
答えに困る。クー・フーリンは、士郎にとってどういう存在なのか。気を許しているとでもいうか、なんでも相談しているようだとでもいうか、私が嫉妬するくらいに士郎と懇意にしているというか……。
「とにかく、手当たり次第にサーヴァントの部屋、当たんぞ!」
「わ、わか、った」
なぜ、クー・フーリンに引っ張られ、主導権を握られているのか、私は……。
納得がいかないものの、彼の言うことは当たっているので、迷いを捨てて、ともに士郎の行方を探した。
それから、本当に一部屋一部屋訪ね歩き、空き部屋をくまなく探す。……が、士郎はどこにもいない。それどころか痕跡すらない。
「どういう……」
これは、いったいどういうことなのか?
つい一週間前までいた者が突然姿を消し、影も形もない。これが私だけが経験していることならば夢でも見ていたのか、で済まされるかもしれないが、今、ともに士郎を探すクー・フーリンも、訊ねたサーヴァントも士郎のことを知っている。
(夢などではない)
ならば、士郎は忽然と姿を消した、ということなのか?
「弓兵、お前の部屋に戻ってるってことはねえのか?」
「…………」
そうかもしれない。士郎が私から逃げようとする意思があり、誰かの部屋を訪れる度にすれ違っていれば、もしかすると……。
期待を籠めて自室に向かったが、やはり士郎はいなかった。
「どこに……」
呆然自失、とは、こういうことをいうのだろうか?
どこを探しても士郎を見つけられない。
なぜだ?
「何があったんだよ、弓兵」
クー・フーリンに訊かれるが、何かあったと言えばあったし、なかったと言えばなかった、その程度のことだ。事件や事故などというようなことではない。
「なぜ……」
士郎の姿を、あれから一度も見ていない。
四日が過ぎたというのに、食堂にも現れない。
サーヴァントでもない士郎は食事をとらなければならないというのに、なぜだ?
誰かが食事を運んでいるのだろうか?
そんな仲のサーヴァントかスタッフがいたのだろうか?
(あの夜から一度も顔を見ていない)
新しい部屋で快適に過ごしているのかもしれない。心配する必要などないというのに、やたらと不安になってくる。
(士郎が入った部屋を把握しておくべきか? いざという時のためにも必要だと思うが……)
そんな時など来ないだろうが、どこかで私は士郎の行動を縛りたいのだろう、そんな考えに至る。
士郎の居場所など、所長代理に訊けばすぐにわかるのだが、いろいろと事情を知られているために、どうにも訊ねる気になれない。したがって、幾人かのサーヴァントにそれとなく話題を持っていき、居場所を突き止めようと思ったが、いっこうに士郎の所在は掴めない。逆に、セイバーのアルトリアには、どこにいるのか、と訊かれてしまった。
それから二日、妙な焦りを押し殺して、注意深く対話する者の言葉を聞きながら同じように士郎の所在を確かめようとした。だが、全く情報がない。
(何か……おかしい……)
いったいどういうことだ?
「無銘さん」
不意に呼ばれて振り返ると、玉藻の前が少しむっつりとした顔で立っている。この呼び方をされる時は、何か言いたいことがある時のような気がしている。
彼女には何らかの記録が残されているのだろうか?
私にも、全く初対面という気がしない、というような感覚がある。まあ、深く掘り下げたところで、お互いにいい気がしなくなりそうなので、彼女に限らず、どのサーヴァントとも、過去の記録の話はしないことにしているが……。
厨房で、何か不備をしただろうか?
彼女とのカルデアでの関わりは、主に厨房だ。それ以外では、同じパーティーで組む以外、関わりはない。
「な、なんだ?」
少し身構えていれば、
「あの方のこと、探してきてくれません?」
「は?」
「厨房も食堂も、あの方がいないと回りが悪いんです」
あの方……。話の流れ上、彼女がそう呼ぶのは士郎のことだろう。常日頃、厨房に立つ者の中で、今、ここにいないのは士郎だけだ。
「それに、無銘さん。貴方も使い物になりません。他所事を考えている貴方に足を引っ張られるのも困りもの。カルデアの厨房にそのような余裕はないのです」
きっぱりと言い切られ、反論できない。
「では、あの方を頼みましたよ?」
言い聞かせるように言われ、頷くしかなかった。
厨房もそっちのけで、いや、正確には厨房を追い出されて、カルデアの中を、士郎の気配を探して歩き回る。だが、私の探す気配は欠片も見つけられなかった。
(なぜだ……)
誰かが匿っている、ということなのか?
だとしたら姿が見えないのは当然だ。
だが、いったいなぜ?
私と士郎のことをそれなりに知っているのは、マスターとマシュ、所長代理、それから…………。
思い至って、すぐに踵を返し、クー・フーリン(槍の方だ)の部屋へ向かう。
「クー・フーリン! 訊きたいことがある、開けてくれ!」
扉の前で、そこそこに大声で呼んだが、返答はない。留守かとも思ったが、気配はある。
「クー・フーリン! 開けろ!」
ノックなどという生易しいものではなく、扉を拳で叩いたが、やはり反応がない。
「クー・フーリン! 開けろと――」
「留守だぞー」
「…………」
居留守をわざわざ“留守だ”と言う愚か者がいるものか!
「……そうか。留守か。ならば、宝具くらいは撃ってもかまわんな」
「はっ? ほうぐ? バカ言ってんじゃねえッ! てめえ! とうとう頭、沸いたか!」
叫び声とともにドタドタと足音がして扉が開く。
「なんだよ?」
クー・フーリンが面倒臭そうな表情を隠しもせずにやっと出てきた。扉さえ開けばこちらのものだ。
「失礼する!」
「は? あ、お、おい、ちょっ、な、なんだよ! 勝手に入るな!」
私の入室を阻止しようとするクー・フーリンは無視で部屋を見渡したが、そこに求めた姿はない。
「おい、どこに匿った」
「はあ? 何をだよ?」
「決まっているだろう、士郎だ」
「あ? シロウ? いねーけど?」
「とぼけなくてもいい。ここにいることはわかっている。アレの行き先など、ここか一階の窓くらいしか――」
「おい! どういうことだ、そりゃ! シロウがどうした!」
私の肩を掴んでクー・フーリンは血相を変えている。
この反応は、どう解釈すればいいのか?
こいつが士郎を匿っているのではないのか?
「おい! 答えろ! シロウがどうしたってんだ!」
形勢が完全に逆転して、クー・フーリンに問い詰められる。
「い、一週間ほど前から、」
「いねえのか!」
「ぅ、あ、ああ」
「てめぇ、あいつになに言ったんだ!」
「は?」
「お前に何か言われたくらいしか、あいつが逃げ回る理由にならねえだろ!」
「私が……?」
なんだ、それは。
どういう意味だ、それは……。
「ほら、行くぞ!」
「い、行く、とは? どこにだ」
「決まってんだろ! シラミ潰しに探すんだよ!」
「探……す? ここにいるのでは、ないのか?」
「いねえよ! お前、おれをシロウのなんだと思ってやがるんだ!」
「なに……とは……」
答えに困る。クー・フーリンは、士郎にとってどういう存在なのか。気を許しているとでもいうか、なんでも相談しているようだとでもいうか、私が嫉妬するくらいに士郎と懇意にしているというか……。
「とにかく、手当たり次第にサーヴァントの部屋、当たんぞ!」
「わ、わか、った」
なぜ、クー・フーリンに引っ張られ、主導権を握られているのか、私は……。
納得がいかないものの、彼の言うことは当たっているので、迷いを捨てて、ともに士郎の行方を探した。
それから、本当に一部屋一部屋訪ね歩き、空き部屋をくまなく探す。……が、士郎はどこにもいない。それどころか痕跡すらない。
「どういう……」
これは、いったいどういうことなのか?
つい一週間前までいた者が突然姿を消し、影も形もない。これが私だけが経験していることならば夢でも見ていたのか、で済まされるかもしれないが、今、ともに士郎を探すクー・フーリンも、訊ねたサーヴァントも士郎のことを知っている。
(夢などではない)
ならば、士郎は忽然と姿を消した、ということなのか?
「弓兵、お前の部屋に戻ってるってことはねえのか?」
「…………」
そうかもしれない。士郎が私から逃げようとする意思があり、誰かの部屋を訪れる度にすれ違っていれば、もしかすると……。
期待を籠めて自室に向かったが、やはり士郎はいなかった。
「どこに……」
呆然自失、とは、こういうことをいうのだろうか?
どこを探しても士郎を見つけられない。
なぜだ?
「何があったんだよ、弓兵」
クー・フーリンに訊かれるが、何かあったと言えばあったし、なかったと言えばなかった、その程度のことだ。事件や事故などというようなことではない。
作品名:BLUE MOMENT6 作家名:さやけ