ALIVE
ALIVE
珍しく風邪をひいた。数日前から少し喉が痛いとは思っていたが、放っておいても直ぐに治るだろうと薬も飲まなかった。
いや、薬は過去の人体実験の影響であまり効かない為、敢えて飲まなかったのだが、やはり医務室に行って、自分にも効く薬を処方してもらうべきだった。
アムロは自室のベッドで熱い息を吐きながら、「ピピピッ」と電子音を鳴らす体温計を取り出す。
「38.9℃…やばい…また上がった…」
ゴホゴホと咳をしながらサイドテーブルに体温計を置くと、シーツに潜る。
「ううう…しんどい…」
こんな時、素直にパートナーであるシャアに頼れば良いのだが、シャアとは昨日この体調不良の事で喧嘩をしたところだったのだ。
「君は軍人の癖にどうして規則的な生活が出来ないのだ!休める時にしっかり休むのもパイロットの仕事だ!」
「うるさいな!このくらいの風邪なんとも無い!」
「そんな事を言って拗らせたらどうする?ただでさえ君は細いし体力も無いのだから!」
“細くて体力が無い” その言葉にカチンときて、医務室に行けと言うシャアの言葉を無視してMSの整備に入った。
しかし、直ぐにその自分の行動を後悔した。
暫くして頭が痛くなり始め、寒気を感じるようなった。しかし、後少しだけと整備を続け、終わらせた頃には、激しい倦怠感に襲われて、歩くのがやっとだった。
どうにか私室に戻ったものの、シャワーを浴びた途端、眩暈に襲われベッドの突っ伏した。
そして今の状態である。
『はぁ…俺って馬鹿だなぁ…あんな事で意地張って…』
そんな事を考えながら、気を失う様に眠りに落ちた。
不意に、冷たくて気持ちの良い感覚に意識が浮上する。
目を開けば、そこには心配気にこちらを見下ろすシャアがいた。
「…シャア…?」
「気が付いたか?」
そう言いながら、濡らしたタオルで額の汗を拭き取ってくれる。
「…ん…冷たくて…気持ちがいい…」
その気持ち良さに、思わず素直に口に出せば、ホッとシャアが息を吐く。
どうやら心配を掛けてしまったらしい。
意地を張って風邪をこじらせ、あんな態度を取ってしまったのに。
「…ごめん…」
「ん?何がだ?」
「いや…その…変な意地張って…こんな事になって…迷惑掛けて…」
「迷惑とは思っていない」
「でも…」
「私の言い方も悪かった、気にするな。それよりも、今は身体を治せ」
髪を梳いてくれるシャアの手から優しい思惟が流れ込んでくる。
「ん…」
「水は飲めるか?さっきドクターに往診に来て貰った時に目を覚ましたら薬を飲ませる様にと渡された」
「あ…」
『でも薬は…』
「大丈夫だ。君の身体に効くものを用意して貰った」
「……」
自分が薬の効きにくい身体だと、シャアは知っている。それはつまり、過去の人体実験の事も知っていると言う事だ。
正直、シャアにはあんな過去を知られたくは無かった。ただ、いつかは話さなければとは思っていた。
暫く間を開けて、アムロは「そうか」と呟く。
そんなアムロの反応に、シャアが優しく頭を撫でる。
『言いたく無い事は言わなくてもいい』そう言ってくれている様だった。
アムロは少し泣きそうな表情を浮かべながら、その優しさに甘える。
「少し起きられるか?」
「ああ」
アムロは身体を起こし、シャアに支えてもらいながら薬を飲むと、大きく息を吐いて再びシーツに沈む。
「こんな…風邪で寝込むなんて、いつぶりだろう」
テキパキとタオルを水で濡らて額へと乗せてくれるシャアを、トロンとした瞳で見上げる。
「…アムロ?…」
「シャア…ありがとな…」
薄っすらと汗を浮かべ、熱で上気した顔で、ふにゃりとした笑顔を浮かべるアムロに、シャアの心臓がドクリと跳ねる。
『何を考えている、相手は病人だ!』
湧き上がる本能を必死に理性で抑えつけ、乾いたタオルを取り出して顔の汗を拭いてやる。
「ふふ…、貴方、看病に慣れてるね…」
「ん?ああ。昔、アルテイシアが風邪で寝込んだ時もこうして看病をしていたからな」
「そっか…貴方の事だから、こうやって自分は寝ずに、朝まで看病をしてあげたんだろうな…」
「朝まで…そうだな…。いや、あの時は、夜更けにキシリアの放った刺客が襲って来てな、アルテイシアを連れて屋敷中を逃げ回った」
「え?」
とんでもない告白に、アムロが驚いて顔を上げると、シャアは視線を遠くに向け、あの日の事を思い出しながら語り始める。
「甲冑を着た刺客に追われ、端の塔に逃げ込んだ。細い階段をアルテイシアを連れて必死に登ったの覚えている」
シャアは膝の上で組んだ手をキツく握る。
「とうとう追いつかれ、剣を向けられた時、壁に飾ってあったボロボロの装飾用の剣で抵抗した、あの時は必死で…ただアルテイシアを守らねばと剣を振り回した」
「シャア…」
「刺客がバランスを崩した瞬間、甲冑の隙間に剣を突き刺し、塔の階段から突き落とした。思えば、あれが私が初めて人を殺した日だ」
「シャア!」
キツく握ったシャアの手を、アムロがギュッと握って包み込む。
「貴方は…セイラさんを守ったんだ!」
熱でいつもよりも熱いアムロ手に包み込まれ、自身が爪が食い込む程、手を握りしめていた事に気付く。
「……、思ったよりも…あの日の事は…私の心に重くのし掛かっていたらしい…」
「当然だ、まだ子供だったんだろう?」
「ああ…十三、十四歳だったか…」
「そんな歳でそんな怖い想いをしたんだ!トラウマになって当然だ」
キツく握り締めた指を、アムロが優しく撫でて解いてくれる。
「そうか…そうだな…」
あの時、ただ逃げるだけではダメだと悟った。
強くならなければ生きていけない。アルテイシアを守れないと…。
「…もう…大丈夫だから…」
「アムロ?」
「これからは…俺が側にいるから…、俺が貴方を守るから…」
荒い息を吐きながらも、優しい笑顔を浮かべて自身を見上げてくれるアムロに、心が熱くなる。
今までの人生で、誰かに守られた事などあっただろうか。
いつも周囲に気を張り、殺伐とした中を生きて来た。
ララァといた時でさえ、真に安らいでいたかと言えば、そうでは無かった様に思う。
しかし今、心から自分は守られていると、安らいでいると思える。
未だ戦場にいて、どうかと思うが、それでも自分は安らいでいる。
それは肉体的にも、精神的にも…。
自分にそんな時間が訪れるとは思ってもみなかった。
「…そうだな…」
そう思った瞬間、ハラリと涙が零れた。
「っ!」
その涙を、アムロの指がそっと拭ってくれる。
「すまん…」
「なんで謝るんだよ…」
「いや…」
「ふふ、貴方って、実は結構涙脆いよね」
「そうか?」
「ああ…でも、そういうトコ…嫌いじゃない…」
「こんなに情けないのに?」
「ふふ…俺は…好きだよ」
「そうか…」
頬に触れるアムロの手に、覆いかぶせる様に自身の手を重ね、その温もりを感じる。
「君は…本当に温かいな…」
「そりゃ…熱があるからね…」
「…心がさ…」
そう言うと、そっとアムロの唇に自身の唇を重ねる。
「風邪が感染るぞ?」
「構わんさ、その時は君に看病してもらう」
「ははは、しょうがないなぁ」
互いに何かを求めるのでは無く、単純にその存在を嬉しく思える。
珍しく風邪をひいた。数日前から少し喉が痛いとは思っていたが、放っておいても直ぐに治るだろうと薬も飲まなかった。
いや、薬は過去の人体実験の影響であまり効かない為、敢えて飲まなかったのだが、やはり医務室に行って、自分にも効く薬を処方してもらうべきだった。
アムロは自室のベッドで熱い息を吐きながら、「ピピピッ」と電子音を鳴らす体温計を取り出す。
「38.9℃…やばい…また上がった…」
ゴホゴホと咳をしながらサイドテーブルに体温計を置くと、シーツに潜る。
「ううう…しんどい…」
こんな時、素直にパートナーであるシャアに頼れば良いのだが、シャアとは昨日この体調不良の事で喧嘩をしたところだったのだ。
「君は軍人の癖にどうして規則的な生活が出来ないのだ!休める時にしっかり休むのもパイロットの仕事だ!」
「うるさいな!このくらいの風邪なんとも無い!」
「そんな事を言って拗らせたらどうする?ただでさえ君は細いし体力も無いのだから!」
“細くて体力が無い” その言葉にカチンときて、医務室に行けと言うシャアの言葉を無視してMSの整備に入った。
しかし、直ぐにその自分の行動を後悔した。
暫くして頭が痛くなり始め、寒気を感じるようなった。しかし、後少しだけと整備を続け、終わらせた頃には、激しい倦怠感に襲われて、歩くのがやっとだった。
どうにか私室に戻ったものの、シャワーを浴びた途端、眩暈に襲われベッドの突っ伏した。
そして今の状態である。
『はぁ…俺って馬鹿だなぁ…あんな事で意地張って…』
そんな事を考えながら、気を失う様に眠りに落ちた。
不意に、冷たくて気持ちの良い感覚に意識が浮上する。
目を開けば、そこには心配気にこちらを見下ろすシャアがいた。
「…シャア…?」
「気が付いたか?」
そう言いながら、濡らしたタオルで額の汗を拭き取ってくれる。
「…ん…冷たくて…気持ちがいい…」
その気持ち良さに、思わず素直に口に出せば、ホッとシャアが息を吐く。
どうやら心配を掛けてしまったらしい。
意地を張って風邪をこじらせ、あんな態度を取ってしまったのに。
「…ごめん…」
「ん?何がだ?」
「いや…その…変な意地張って…こんな事になって…迷惑掛けて…」
「迷惑とは思っていない」
「でも…」
「私の言い方も悪かった、気にするな。それよりも、今は身体を治せ」
髪を梳いてくれるシャアの手から優しい思惟が流れ込んでくる。
「ん…」
「水は飲めるか?さっきドクターに往診に来て貰った時に目を覚ましたら薬を飲ませる様にと渡された」
「あ…」
『でも薬は…』
「大丈夫だ。君の身体に効くものを用意して貰った」
「……」
自分が薬の効きにくい身体だと、シャアは知っている。それはつまり、過去の人体実験の事も知っていると言う事だ。
正直、シャアにはあんな過去を知られたくは無かった。ただ、いつかは話さなければとは思っていた。
暫く間を開けて、アムロは「そうか」と呟く。
そんなアムロの反応に、シャアが優しく頭を撫でる。
『言いたく無い事は言わなくてもいい』そう言ってくれている様だった。
アムロは少し泣きそうな表情を浮かべながら、その優しさに甘える。
「少し起きられるか?」
「ああ」
アムロは身体を起こし、シャアに支えてもらいながら薬を飲むと、大きく息を吐いて再びシーツに沈む。
「こんな…風邪で寝込むなんて、いつぶりだろう」
テキパキとタオルを水で濡らて額へと乗せてくれるシャアを、トロンとした瞳で見上げる。
「…アムロ?…」
「シャア…ありがとな…」
薄っすらと汗を浮かべ、熱で上気した顔で、ふにゃりとした笑顔を浮かべるアムロに、シャアの心臓がドクリと跳ねる。
『何を考えている、相手は病人だ!』
湧き上がる本能を必死に理性で抑えつけ、乾いたタオルを取り出して顔の汗を拭いてやる。
「ふふ…、貴方、看病に慣れてるね…」
「ん?ああ。昔、アルテイシアが風邪で寝込んだ時もこうして看病をしていたからな」
「そっか…貴方の事だから、こうやって自分は寝ずに、朝まで看病をしてあげたんだろうな…」
「朝まで…そうだな…。いや、あの時は、夜更けにキシリアの放った刺客が襲って来てな、アルテイシアを連れて屋敷中を逃げ回った」
「え?」
とんでもない告白に、アムロが驚いて顔を上げると、シャアは視線を遠くに向け、あの日の事を思い出しながら語り始める。
「甲冑を着た刺客に追われ、端の塔に逃げ込んだ。細い階段をアルテイシアを連れて必死に登ったの覚えている」
シャアは膝の上で組んだ手をキツく握る。
「とうとう追いつかれ、剣を向けられた時、壁に飾ってあったボロボロの装飾用の剣で抵抗した、あの時は必死で…ただアルテイシアを守らねばと剣を振り回した」
「シャア…」
「刺客がバランスを崩した瞬間、甲冑の隙間に剣を突き刺し、塔の階段から突き落とした。思えば、あれが私が初めて人を殺した日だ」
「シャア!」
キツく握ったシャアの手を、アムロがギュッと握って包み込む。
「貴方は…セイラさんを守ったんだ!」
熱でいつもよりも熱いアムロ手に包み込まれ、自身が爪が食い込む程、手を握りしめていた事に気付く。
「……、思ったよりも…あの日の事は…私の心に重くのし掛かっていたらしい…」
「当然だ、まだ子供だったんだろう?」
「ああ…十三、十四歳だったか…」
「そんな歳でそんな怖い想いをしたんだ!トラウマになって当然だ」
キツく握り締めた指を、アムロが優しく撫でて解いてくれる。
「そうか…そうだな…」
あの時、ただ逃げるだけではダメだと悟った。
強くならなければ生きていけない。アルテイシアを守れないと…。
「…もう…大丈夫だから…」
「アムロ?」
「これからは…俺が側にいるから…、俺が貴方を守るから…」
荒い息を吐きながらも、優しい笑顔を浮かべて自身を見上げてくれるアムロに、心が熱くなる。
今までの人生で、誰かに守られた事などあっただろうか。
いつも周囲に気を張り、殺伐とした中を生きて来た。
ララァといた時でさえ、真に安らいでいたかと言えば、そうでは無かった様に思う。
しかし今、心から自分は守られていると、安らいでいると思える。
未だ戦場にいて、どうかと思うが、それでも自分は安らいでいる。
それは肉体的にも、精神的にも…。
自分にそんな時間が訪れるとは思ってもみなかった。
「…そうだな…」
そう思った瞬間、ハラリと涙が零れた。
「っ!」
その涙を、アムロの指がそっと拭ってくれる。
「すまん…」
「なんで謝るんだよ…」
「いや…」
「ふふ、貴方って、実は結構涙脆いよね」
「そうか?」
「ああ…でも、そういうトコ…嫌いじゃない…」
「こんなに情けないのに?」
「ふふ…俺は…好きだよ」
「そうか…」
頬に触れるアムロの手に、覆いかぶせる様に自身の手を重ね、その温もりを感じる。
「君は…本当に温かいな…」
「そりゃ…熱があるからね…」
「…心がさ…」
そう言うと、そっとアムロの唇に自身の唇を重ねる。
「風邪が感染るぞ?」
「構わんさ、その時は君に看病してもらう」
「ははは、しょうがないなぁ」
互いに何かを求めるのでは無く、単純にその存在を嬉しく思える。