続・軍師姫、一計を案じる
なんと泣きじゃくって羽根を広げると、窓を突き破って逃走を試みた。
シャロン……そこまで歯医者に行くのが嫌なのか。驚きはしたけれど、残念。空へ逃げるのも折り込みずみなんだ。
シャロンの身体がふわっと浮き上がった瞬間、何かに引っ張られる様にしてバルコニーに叩きつけられる。
「なんじゃこれは……綱糸!? ベアトリーチェかっ!」
闇夜に紛れていたその人が姿を現した。
「往生際が悪いですね、シャロン」
こんな事もあろうかと、ベア先生に助っ人を頼んだ。
『虫歯ごときで学園を休まれては、《アイリス》全体の士気に関わる』と言って承諾してくれた。
素直に『心配だ』とはベア先生は言わないだろうけど。
しかし、ベア先生なら逃走するシャロンを捕まえる事が出来ると思っていたから、捕まえる手段は任せるって言ったけど、まさか鋼糸を使うなんて……
鋼糸とか冒険小説でしか見た事がないんだけど……この人が味方で本当に良かった。
シャロンはまだ逃走を諦めていないらしく、鋼糸を振り解こうと身体を激しく揺らす。
その度にシャロンの膨よかな胸に糸が食い込むから、ボクには目の毒だった。
そんなシャロンをベア先生は冷たく睨んで言い放つ。
「お止めなさい。いくら試作品で刃がなくとも、力任せに解こうとすれば、あなたの身体の方が輪切りになりますよ」
「……我をどうするつもりじゃ?」
「決まっています。このまま歯医者へ連行します。観念なさい」
「いやじゃーーっ! 歯医者は怖い所だって聞いたのじゃーーっ!」
「はぁっ……これで519年生きているドラゴニアとは、少し頭が痛くなりますね」
暴れるシャロンにお構いなく、ベア先生はシャロンを引きづりながら部屋を出ていった。後の事は任せてよさそうだ。
何事かと集まってきた皆にはボクから事情を説明し、これで一件落着。
――のはずだったんだけど、もう一悶着ありまして。
歯医者に連れていかれたシャロンが、そこで炎を吐いたりして大暴れしたらしい。
最終的には冥王さんまで出張る事態になったんだけど、詳しくはまた別の機会に。
次の日の朝。
昨日、色々あったおかげですぐ休んだボクは、普段より早く学園に来ていた。
しっかり睡眠を取ったおかげで頭も冴えている。こんな朝は久しぶりだった。
そこへ――
「はっはっはっ! 皆、おはよう!」
――まるで何事もなかった様に、事件の当事者シャロンは豪快に笑いながら朝の挨拶をしている。
朝から元気だなあ、なんて眺めていると、シャロンと目が合う。すると、シャロンはボクの方へ歩いてきた。
「プリシラよ。昨日、お前には世話になったな。お前の言う通り歯医者へは早く行くべきだった。礼を言うぞ」
「そんな……ボクの方こそシャロンに偉そうな事言ったりしてゴメン」
「『ドラゴニアも病気と無縁ではいられない』だったか。良い事言ったと思うぞ」
「あははっ……」
恥ずかしさを誤魔化すために、頬を指でぽりぽり掻いた。
「時にプリシラよ」
「ん?」
「あれから考えたのじゃが、見舞いに来てくれた時、もし我がお前を突き飛ばして、ドアから逃げ出そうとしたらどうしたのじゃ?」
「あぁ……別にどうも……シャロン相手じゃボクなんか数メートル吹っ飛ばされて為す術もないかな」
「はぁ……」
「ただ、意外と人って逃げ出そうとした時、障害物がある方は避けて、何もない方、何もない方に逃げるんだよ。
今回はその心理を突いただけ。歴史や戦術学でも証明されてるしね」
「ほぁ〜……やはりお前に知恵比べでは敵わんなあ」
ボクのうんちくにしきりに感心するシャロンを見ると、心の奥がちくっと痛んだ。
シャロンの言う通り、ボクを突き飛ばしてドアから逃げたら、その時寮にいる誰かが取り押さえてくれるだろうという、とても作戦とは言えないザルなもの。
けれど、シャロンはきっとそうはしないと、要はシャロンの優しさにつけ込んだ作戦で、『卑怯』と罵られる事はあっても、感心される事は何もない。
ただ、今のシャロンを見てると、あの時内心ビビるのを堪えて立ち塞がって良かったと思えてくる。
「よし、決めたぞ! 午後の鍛錬、お前に『冥界戦略シミュレーション』で勝負を挑む!」
「ふーん……望むところだよ。瞬殺されても恨まないでよね」
「そう簡単に負けはせぬぞ、プリシラ」
こうして学園は穏やかになり、ボクたちは今日も切磋琢磨に励むのだった。
FIN
作品名:続・軍師姫、一計を案じる 作家名:サツキヒスイ