BLUE MOMENT8
BLUE MOMENT 8
「は……」
日に日に慕情が募る。
それは、私の想いに明確な意思と目的が備わったからだと思われる。
「まぁた、ため息ですの?」
「本当に、困ったものですね」
玉藻の前と清姫に呆れられ、とうとう厨房を追い立てられてしまう。
「おい、何を――」
「そんな上の空では、調理の手がおろそかになるってことでしょ」
ブーティカにまで背中を押され、厨房から出されてしまった。
「頼光さんもここに慣れてきたことだし、厨房は私たちでどうにかなるわ。だから、管制室に詰めてなさい」
まるで、姉のような口調で言い聞かせて、ブーティカは、にこり、と笑みを見せる。
「早く彼を連れ戻して。でないと、食堂が回らないから」
「そ、それは……」
約束しかねる。
士郎は、カルデアに居たくないと言ったのだ。ここに戻るかどうかは、私の口からはなんとも言えない。
「彼の首根っこ、ひっ捕まえてでも連れ戻してね!」
ブーティカは、案外強引なところがあるようだ。彼女の意外な一面に驚きつつ、言われた通り管制室へ向かう。どこかで喜んでいる自分を否定できないのが、少し申し訳ない。
確かに今の私が厨房にいても、気もそぞろで、ロクに手が動いていなかった。これでは、追い出したくなるのも仕方がない。私とて、逆の立場なら即刻追い出す。
「は……」
厨房を任された身としては情けない限りだが、今は何をする気にもならない。毎日、厨房と管制室をウロウロとして、何もかもが覚束なくて、何もできずにいる手持ち無沙汰な気分はどうしようとも消えてはいかない。
そんな中で、唯一、自身がはっきりと求めるものに気づく時がある。
声だ。
通信機越しに聞こえる士郎の声は、沈んでいる感じではなく、淡々と仕事をこなしている様子だった。管制室に詰めるスタッフとはあまりないが、所長代理とは少し親密な感じで話をしている。軽口を叩くこともしばしばで、あの洞穴で出会った時の士郎を彷彿とさせた。
私とは、そんなふうに気さくに話すことは滅多になかったのに、と少し気落ちしながら、いつものように管制室の扉を開ける。
「失礼する」
一応声をかけてから管制室に入れば、何やらアラート音が響いていた。
「今日は、なんだ?」
「士郎くん! そこから離れるんだ!」
所長代理は慌てた様子で士郎に話しかけている。
「ダメだっ! 聞こえているはずなのに、動こうとしない!」
「所長代理、バイタルまで乱れてきています!」
「ああ、わかっているよ……。 あー、もー、士郎くん! 応えたまえ!」
必死に呼びかける所長代理の横顔は真剣だ、というよりも相当焦っている。
「しょ、所長代理……、いったい、何が……」
私に気づきもせず、モニターを睨みつける所長代理に、冷たい汗が流れる。
何がどうなっているのかが全くわからない。
冬木にいる士郎は、時々精神的に不安定になることと、夜ごと六体目を分離させる以外、特に問題のない日々を送っているそうだ。
それのどこが問題ないと言えるのか、少々納得がいかなかったが、所長代理が問題ないと言う手前、心配でならないが、邪魔をしないという約束のもとでここの出入りを許されている私が出しゃばるわけにはいかない。早く士郎を連れ戻したいと、そればかりを常々思っているが口に出さずに我慢していた。
ここ半月、どうにか士郎は調査をこなし、不安材料を複数抱えながらも日々を過ごしている。
そんな士郎に私も少し安堵していた。このまま心穏やかになってカルデアに戻ってきてくれるのではないかと、そんな薄っすらとした期待まで抱いていた。
それが今日は、朝から管制室内が慌ただしい。確か、今朝からは深山町の調査を始めるという予定だったはずだが……。
もしかすると、特異点となり得るような事象に行き当たったのかもしれない。
「所長代理」
通信中に話しかけることは禁止されていたが、どうにも管制室が尋常ではない雰囲気だ。いつもは士郎との通信をしているのは所長代理と管制室の一部のスタッフだが、今は鳴り響くアラート音にほぼ総出で対処に当たっている。
「あ、ああ、エミヤ。おはよう」
「何があったんだ?」
「誰かと遭遇した。おそらく知っている人物。士郎くんをよく知る女性で、士郎くんが参る墓地に現れるような人に心当たりはないかい?」
やっとモニターからこちらへと顔を向けた所長代理に、険しい表情で訊かれる。
「女性で、墓地に……?」
思い当たるのは一人だ。我々エミヤシロウに共通して関わりの深い女性は幾人かいるが、士郎が参る墓地に現れるとなれば、確実に絞られる。
「藤村大河、……姉代わりだ」
「…………」
所長代理は憚りもせず眉根を寄せた。その表情の意味するところを測りかねる。本当に、いったい何があったというのか。
「彼女と遭遇しただけか? それで、彼女が士郎に――」
「いや、彼女に士郎くんだということはわからない。念のため、眼鏡に細工をしていたのでね。そのフジムラ、という女性の目には、衛宮士郎という姿には映らない。けれど、彼女と二、三言葉を交わしているうちに、士郎くんのメンタルの数値が乱れはじめた。どんどん悪化して、バイタルサインの乱れをも引き起こし、今、通信は途絶えている」
「それでアラートが……」
管制室に鳴り響く警告音の理由はわかった。だが、
「士郎に、問題はないのか?」
アラート音がいくら鳴っていてもかまわない。士郎の身に何も起こらないのなら。
士郎がアラート音を引き起こすことは、今に始まったことではない。夜ごと六体目を出してしまっているので、もう管制室では当たり前の事象になりつつある。
そのためスタッフも、またか、という慣れの中で対処に当たっていた。その扱いに、腑に落ちないものを感じつつ、半面、申し訳なさも感じていた。今度もそうなのではないかという期待が僅かにある。焦ることもないと所長代理に確認を取りたかったのだが……。
「…………」
なぜ所長代理は答えないのか。
「どうなんだ?」
黙りこくった所長代理に少し焦りが湧く。
「大問題だよ。このままでは、まずい」
思わず、生唾を飲んだ。
「まずい……とは」
もしや、担がれているのではないかと微かな期待を寄せたが、私を見つめた所長代理の表情は、少しも余裕を見せてはくれない。
「エミヤ、準備をしてくれるかい?」
「準、備?」
「レイシフトで冬木に向かい、強制的に士郎くんを連れ戻す!」
きっぱりと宣言した所長代理に、顎を引いて頷いた。
「エミヤ、急だから、士郎くんのいる場所に送ることができない。しかも、今現在、士郎くんが端末の電源を切ったか、バッテリーが落ちたかで、細かい座標を掴むことができない。冬木に行くはいいが、そこからは、君の目視とサーヴァントとしての探索性能に頼るしかない」
「目はいい方だ。遠距離探査程度だが千里眼スキルもある。それに、士郎の気配ならば必ず捉えることができる」
私が士郎を見つけられないはずなどない。怨みを晴らすためであっても、会いたいと願い続けたことであっても、どちらも叶った。
座で願うだけよりはずっと容易いことだ。
「は……」
日に日に慕情が募る。
それは、私の想いに明確な意思と目的が備わったからだと思われる。
「まぁた、ため息ですの?」
「本当に、困ったものですね」
玉藻の前と清姫に呆れられ、とうとう厨房を追い立てられてしまう。
「おい、何を――」
「そんな上の空では、調理の手がおろそかになるってことでしょ」
ブーティカにまで背中を押され、厨房から出されてしまった。
「頼光さんもここに慣れてきたことだし、厨房は私たちでどうにかなるわ。だから、管制室に詰めてなさい」
まるで、姉のような口調で言い聞かせて、ブーティカは、にこり、と笑みを見せる。
「早く彼を連れ戻して。でないと、食堂が回らないから」
「そ、それは……」
約束しかねる。
士郎は、カルデアに居たくないと言ったのだ。ここに戻るかどうかは、私の口からはなんとも言えない。
「彼の首根っこ、ひっ捕まえてでも連れ戻してね!」
ブーティカは、案外強引なところがあるようだ。彼女の意外な一面に驚きつつ、言われた通り管制室へ向かう。どこかで喜んでいる自分を否定できないのが、少し申し訳ない。
確かに今の私が厨房にいても、気もそぞろで、ロクに手が動いていなかった。これでは、追い出したくなるのも仕方がない。私とて、逆の立場なら即刻追い出す。
「は……」
厨房を任された身としては情けない限りだが、今は何をする気にもならない。毎日、厨房と管制室をウロウロとして、何もかもが覚束なくて、何もできずにいる手持ち無沙汰な気分はどうしようとも消えてはいかない。
そんな中で、唯一、自身がはっきりと求めるものに気づく時がある。
声だ。
通信機越しに聞こえる士郎の声は、沈んでいる感じではなく、淡々と仕事をこなしている様子だった。管制室に詰めるスタッフとはあまりないが、所長代理とは少し親密な感じで話をしている。軽口を叩くこともしばしばで、あの洞穴で出会った時の士郎を彷彿とさせた。
私とは、そんなふうに気さくに話すことは滅多になかったのに、と少し気落ちしながら、いつものように管制室の扉を開ける。
「失礼する」
一応声をかけてから管制室に入れば、何やらアラート音が響いていた。
「今日は、なんだ?」
「士郎くん! そこから離れるんだ!」
所長代理は慌てた様子で士郎に話しかけている。
「ダメだっ! 聞こえているはずなのに、動こうとしない!」
「所長代理、バイタルまで乱れてきています!」
「ああ、わかっているよ……。 あー、もー、士郎くん! 応えたまえ!」
必死に呼びかける所長代理の横顔は真剣だ、というよりも相当焦っている。
「しょ、所長代理……、いったい、何が……」
私に気づきもせず、モニターを睨みつける所長代理に、冷たい汗が流れる。
何がどうなっているのかが全くわからない。
冬木にいる士郎は、時々精神的に不安定になることと、夜ごと六体目を分離させる以外、特に問題のない日々を送っているそうだ。
それのどこが問題ないと言えるのか、少々納得がいかなかったが、所長代理が問題ないと言う手前、心配でならないが、邪魔をしないという約束のもとでここの出入りを許されている私が出しゃばるわけにはいかない。早く士郎を連れ戻したいと、そればかりを常々思っているが口に出さずに我慢していた。
ここ半月、どうにか士郎は調査をこなし、不安材料を複数抱えながらも日々を過ごしている。
そんな士郎に私も少し安堵していた。このまま心穏やかになってカルデアに戻ってきてくれるのではないかと、そんな薄っすらとした期待まで抱いていた。
それが今日は、朝から管制室内が慌ただしい。確か、今朝からは深山町の調査を始めるという予定だったはずだが……。
もしかすると、特異点となり得るような事象に行き当たったのかもしれない。
「所長代理」
通信中に話しかけることは禁止されていたが、どうにも管制室が尋常ではない雰囲気だ。いつもは士郎との通信をしているのは所長代理と管制室の一部のスタッフだが、今は鳴り響くアラート音にほぼ総出で対処に当たっている。
「あ、ああ、エミヤ。おはよう」
「何があったんだ?」
「誰かと遭遇した。おそらく知っている人物。士郎くんをよく知る女性で、士郎くんが参る墓地に現れるような人に心当たりはないかい?」
やっとモニターからこちらへと顔を向けた所長代理に、険しい表情で訊かれる。
「女性で、墓地に……?」
思い当たるのは一人だ。我々エミヤシロウに共通して関わりの深い女性は幾人かいるが、士郎が参る墓地に現れるとなれば、確実に絞られる。
「藤村大河、……姉代わりだ」
「…………」
所長代理は憚りもせず眉根を寄せた。その表情の意味するところを測りかねる。本当に、いったい何があったというのか。
「彼女と遭遇しただけか? それで、彼女が士郎に――」
「いや、彼女に士郎くんだということはわからない。念のため、眼鏡に細工をしていたのでね。そのフジムラ、という女性の目には、衛宮士郎という姿には映らない。けれど、彼女と二、三言葉を交わしているうちに、士郎くんのメンタルの数値が乱れはじめた。どんどん悪化して、バイタルサインの乱れをも引き起こし、今、通信は途絶えている」
「それでアラートが……」
管制室に鳴り響く警告音の理由はわかった。だが、
「士郎に、問題はないのか?」
アラート音がいくら鳴っていてもかまわない。士郎の身に何も起こらないのなら。
士郎がアラート音を引き起こすことは、今に始まったことではない。夜ごと六体目を出してしまっているので、もう管制室では当たり前の事象になりつつある。
そのためスタッフも、またか、という慣れの中で対処に当たっていた。その扱いに、腑に落ちないものを感じつつ、半面、申し訳なさも感じていた。今度もそうなのではないかという期待が僅かにある。焦ることもないと所長代理に確認を取りたかったのだが……。
「…………」
なぜ所長代理は答えないのか。
「どうなんだ?」
黙りこくった所長代理に少し焦りが湧く。
「大問題だよ。このままでは、まずい」
思わず、生唾を飲んだ。
「まずい……とは」
もしや、担がれているのではないかと微かな期待を寄せたが、私を見つめた所長代理の表情は、少しも余裕を見せてはくれない。
「エミヤ、準備をしてくれるかい?」
「準、備?」
「レイシフトで冬木に向かい、強制的に士郎くんを連れ戻す!」
きっぱりと宣言した所長代理に、顎を引いて頷いた。
「エミヤ、急だから、士郎くんのいる場所に送ることができない。しかも、今現在、士郎くんが端末の電源を切ったか、バッテリーが落ちたかで、細かい座標を掴むことができない。冬木に行くはいいが、そこからは、君の目視とサーヴァントとしての探索性能に頼るしかない」
「目はいい方だ。遠距離探査程度だが千里眼スキルもある。それに、士郎の気配ならば必ず捉えることができる」
私が士郎を見つけられないはずなどない。怨みを晴らすためであっても、会いたいと願い続けたことであっても、どちらも叶った。
座で願うだけよりはずっと容易いことだ。
作品名:BLUE MOMENT8 作家名:さやけ