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BLUE MOMENT8

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 何せ今、士郎は私が現界する世界にいる。 必ずこの手で捕まえてみせる。
 拳を握りしめ、気持ちを新たにしつつ、ふと思いつく。
「所長代理、戻る場所は決まっているのか?」
 慌ただしくレイシフトの準備に勤しむ所長代理に、思いつくまま訊いた。
「戻る場所?」
「カルデアに戻るための、レイシフトを行う場所だ」
「それは、君の座標を元にするよ」
「私の座標……。では、場所の指定はできないのか?」
「場所の指定? 例えば?」
「私が場所を指定することができるか、ということだが」
「それは無理だね。レイシフトは、こちらでしか設定できない。君がここで、この時に、と思ってもそれはできない相談だ」
「……では、今ここで指定しておくのは」
「それは簡単なことだよ。……ん? まさか、場所と時間を今指定したい、ということ?」
「そうだ」
「やめておきたまえ。その時間までに士郎くんが見つからなかったり、士郎くんがごねたりしては、」
「必ず間に合わせる」
 私がきっぱりと言い切れば、所長代理は押し黙った。
「…………それは、君の本気を見せる、ということかな?」
 やがて、試すような目で私に訊く所長代理に頷く。
「賭けになるよ? 君は、賭け事はあまり好きではないのでは?」
「腹を括った上で、タイミングは外さない」
「本気だね?」
「ああ、本気だ」
 真っ直ぐに見据えれば、わかった、と所長代理は頷いた。
「それで、場所と時間は?」
 所長代理に詳しい場所を伝え、士郎の持つ端末の予備バッテリーを持ち、満を持して冬木へとレイシフトした。



◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇

「ねえ、衛宮くん」
 その日、遠坂は少し眉を下げて、珍しく弱気な感じで……、
「私たちのやってることって……、なんなのかしらね……」
 後悔を滲ませるようなことを言った。
「俺たちの……やってる…………こと……」
「どんなに手を尽くしても、イタチごっこなの……」
「遠坂、それは――」
「わかってるのよ。弱音なんて吐いてる場合じゃないって……」
 だけど、と遠坂は白い包帯に包まれた手を目元に当てて肩を震わせた。
「……助けられなかった」
 弱々しく吐かれた声は、ほとんど音になっていなかったけど、俺の耳にはちゃんと届いた。
「姉さん、もう横になってください。今は安静にしていないと」
 桜が遠坂の肩を抱いて、ベッドにそっと寝かせる。
 何も言葉が浮かばない。こんなに弱っている遠坂を納得させることも、元気づけることも……。
 いつも俺は助けられていたのに。遠坂にも桜にも、いつも俺は励まされていたのに……。
「遠坂……っ、か、必ず……っ! 必ず俺が、修正するからっ!」
 握りしめた拳が力を籠めすぎて震える。
「衛宮くん……」
 驚いた顔で俺を見た遠坂は、少しだけ笑みを浮かべてくれた。
「なに、言ってるのよ、へっぽこ魔術師のクセに」
 疲れた笑みにいつもの軽口が戻って、少しだけほっとした。
 その時、自分がどんな顔をしていたのかなんて知らない。遠坂の笑みを誘うような必死な顔だったのか、それとも間抜けな顔だったのか……。
「それじゃ、姉さん。今はゆっくり寝ていないとダメですよ。身体を治すには休息が一番です!」
「はーいはい」
 遠坂は素直とも言えない答えを返し、瞼を下ろした。それを確認した桜が、俺を促して病室を出る。
「桜……」
 俺の訊きたいことを察したように桜は頷く。
「……はい。無茶をしたのだそうです」
 何があったのかと訊く前に、桜は教えてくれた。
「無茶を、した?」
 珍しい。遠坂は余程のことがない限り無茶をするようなタイプじゃないのに。いつも俺にストップをかけるような、冷静な仕事ができる魔術師なのに……。
「孤児院のようなところだったんです」
「え……?」
「子供が何人も取り残されていて……、火の中に飛び込んだそうです」
「な……」
 遠坂の身体はあちこち火傷だらけだけど、中でも手や腕は特にひどいらしい。たぶん、子供を守りながら火の中を潜ったんだろう。
「それで……」
「先輩も、あんまり無茶をしないでくださいね」
「え?」
「姉さんは、姉さんの意志で何人かの子供を助けました。助けられなかった子供の方が多かったそうですが……。けれど、そのことを先輩が気に病むことなんてないんです。だから、無茶をして修正なんて、しなくていいんです」
「桜……」
「冷たい人間ですよね、私」
「い、いや……」
「私は待っていることしかできません。だから、救えなかった子供よりも、姉さんが生きていたという方が大事なことなんです」
「うん、それは俺も、」
「いいえ。先輩ならきっと、子供も姉さんの想いも救えなかったって、悔やみますよね」
「そんなことは……」
「ふふ。無理しなくっていいですよ」
 桜は小さな笑みを浮かべる。
「姉さんは、ちゃんとここに戻ってきてくれました。だから私、ほっとしています。でも、さっきの姉さんとの約束を守ろうと先輩が無茶をして、ここに戻ってきてくれないのは、私、嫌なんです。またね、と言って、帰ってこない人たちがたくさんいました。姉さんにも先輩にも、そんなふうに私を置いてけぼりにしてほしくないんです」
 桜は、また感情に押し流される俺を留めようとしてくれている。自身の傷を晒して俺に気づかせてくれる。
 いつも俺は二人に気づかされている。いつまで経っても俺の暴走壁は治らなくて……、いつも二人を心配させた。
「…………ごめん。ダメだな、俺は。すぐに頭に血がのぼって……」
 素直に謝れば、
「謝らないでください。私、わかってますから。先輩は過去を修正するために、姉さんが悲しまないために、きっと無茶をしてしまうんです。だけど、私が待っていることを忘れないでください。先輩の左目、私が保管しているんですからね」
 少し困ったような顔で笑った桜は、俺に必ず戻ってきてくれと、釘を刺した。

 あの事象は、結局修正していない。
 過去の修正を行うと大口叩いても、協会が一度収拾に当たった事象にはあまり積極的に関わらないのが常だから、遠坂との約束は宙に浮いたままで……。
 いつかあの過去に向かうって日を待ったけど、他の修正すべき過去がどんどん増えて、いつしか俺たちの中でも話題に上ることもなくなっていた。
 避けていたわけじゃないけど、少しずつ俺たちも慣れていったんだろう。手に負えない事象にも、あの壊れた世界にも……。
 遠坂、桜……、今、どうしてる?
 俺は、二人のところに戻れないままだ。
 俺は、あの壊れかけの世界に戻れないままだ。
 桜との約束、守れていないよな?
 仕事でもあり、遠坂にも頼まれていた、聖杯破壊の任務が成功したこと、報告できていないよな?
 あのペンダントに籠めた記憶(オモイ)は、どうにか渡すことはできたけど、アイツに気づかせることはできたかどうかわからない。
 俺たちのいた世界に俺は、戻ることができそうにない。
(だからかな……)
 この世界の二人でもいいから会いたいと思った。遠くから少しだけ見るようなことでもできたら……、なんて思ってた。
(だけど……)
 この世界に、遠坂も桜もいないのは、どうしてなんだ……。
 事故で二人ともいないって……?
作品名:BLUE MOMENT8 作家名:さやけ