BLUE MOMENT8
いまいち反応が悪い士郎に苛立つ。
「おかしいか? ああ、おかしいだろうな。私はお前を殺そうとしたのだし、実際、殺そうとまで憎悪を膨らませた。今さら何を、と思うだろう。だが、私はお前が好きだ。だから、だな、その……」
ああ、だめだ。恥ずかしすぎる。
片手で口を覆って、口ごもってしまう。きちんと伝えなければとは思う。だが、非常に恥ずかしいのだ、こういうのは……。
「ご…………ごめん……、好きとか、嫌いとか、全然、考えて、なくて……」
士郎は困惑しているのか、呆然と声を発しているだけだ。
「いや、その……、だな……、お前ともう少し、気安い関係でもいいのではないか……と、思――」
「気安く? そんなの……無理だろ? 俺とアンタじゃ、反発はあっても、馴染めるとは思えない。アンタは今でも思ってるだろ、俺を殺したいって」
「…………」
言葉が通じない、とはこういうことなのか。なぜだろうか、会話が噛み合わない。
部品が足りず、カラカラと勝手に回り続ける歯車のような……。
同じ言語を話していても、なんら通じ合わなければ、それは話をしているとは言わない。
だが、だからといって諦めるわけにはいかない。また弾き出されるわけにはいかない。今ここで、頑なな士郎の心を溶かさなければ、士郎はずっと六体目を定着させることはできないだろう。
それに私は、士郎とこのカルデアで過ごしたい。現界していられる時間は永遠ではないのだ、だから、少しでも長く……。
「士郎。どうか、私を受け入れてはくれないか?」
もう下手にも出てやる。士郎を引き止める手立てであれば、なんでもしてやる。恥ずかしいセリフなどいくらでも吐いてやる。
「そ……、そんなこと、言われても、俺は…………」
「私はお前を失いたくない。色褪せていないお前を。この瞳も、この髪も、この肌も、私が失った胸の熱さを思い出させてくれたお前を、私はただただ慈しんでいるのだ。だから、」
士郎の頬を両手でそっと包んだが、びく、と首を竦め、肩を縮められてしまった。この反応は、とても傷つく。拒否されていることとあまり差がない。
「ちょ、…………っと、待ってくれ、なんでアンタ、俺に、そんな……こと……」
ずきずきと胸が疼く。どうしてわからないのか、こいつはどうして、こんなにも鈍いのか……。
「…………まあ、なんだ、その、だな……。ああ、もう、何度も言わせるな! 好きだからだと言っているだろう!」
恥を忍んで言い切ったというのに、こいつは、ぽかん、としている。
「だから……、教えてほしい」
「え?」
「お前のことが知りたい。お前が、今までどのように生きてきたのかを」
「いや、そんなの、アンタに比べれば、たいしたことじゃないし、わざわざ話すような目新しいことも、」
「私は、お前のことを何も知らない」
「え?」
「士郎のことが、知りたい、とても……」
「でも……」
落ち着かない琥珀色の瞳は、ともすれば私から逸れてしまいそうで気が気ではない。士郎は私を不安げに見つめているが私も不安感でいっぱいだ。しかし、ここを切り抜けなければ、どうにもならない。これ以上士郎を刺激しないように、極力穏やかな声を選ぶ。
まるで、野性動物でも相手にしているようだ。定石など通用しない、突然に逃げていってしまいそうで、慎重に慎重を重ねなければならない。
「知られたくない過去など誰にでもある。話したくないことまで無理に吐かせようとは思っていない。ただ、私は士郎が生きてきた道が知りたいだけだ」
「俺の……道……」
一心に私を見つめる士郎に、我慢がきかなくなりそうで、つい思いきり抱きしめたくなるが、それでは今までと同じだ。こんなことでは何も変われない。士郎に受け入れてもらうことなどできない。
ぐ、と堪えて、笑ってみせた。
「さあ」
「あ、あの、ちょっ……」
士郎の手を引き、士郎の記憶が並ぶ窓へと誘う。
「アーチャー? あの、」
「知りたいんだ。教えてくれないか、士郎」
「でも……」
「嫌か?」
足を止め、無理強いをしない意思を示す。
「え? あ……、っ…………嫌じゃ、ない、けど、い……、いいもんじゃ、ない、し……」
「何を言う。私の道も、決していいものではなかっただろう?」
「そんなことは、ないだろ……、アンタは、理想を追い続けたんだ。守護者だとか言っても、英霊で――」
「私のことなど、どうでもいい。士郎のことを教えてくれ」
馬鹿の一つ覚えのように繰り返せば、士郎は渋々であるが頷いた。
BLUE MOMENT 8 了(2019/5/18)
作品名:BLUE MOMENT8 作家名:さやけ