BLUE MOMENT8
それをどう説明しようかと考えているうちに、アーチャーとダ・ヴィンチは勝手に二人で話を進めていく。俺のことなんか完全に無視だ。アーチャーは俺を横抱きにしたままで、ダ・ヴィンチは俺の言い訳に聞く耳を持たないまま……。
何度もアーチャーに下ろしてくれって言ったけど、その都度ダ・ヴィンチの話に遮られてままならない。
アーチャーの肩に回したままの片腕をどうしたらいいのか、もう一方の手も何をしていればいいのか、どこを向けば、何を見ていれば……、平静を装っていたものの、もう、パニック寸前で、息をするのも戸惑いながらで、結局、俺は、下ろされることのないまま、間借りする部屋に着いてしまった。
そこでようやく俺はアーチャーから下ろしてもらえた。
(だけど、なんだって、また……)
ベッドに下ろす仕草がすごく優しくて、胸が詰まる。
「さあ、では、士郎くん、六体目を出してくれたまえ」
「え?」
何を言い出すんだ、この天才……。
思わずダ・ヴィンチを見つめると、アーチャーもダ・ヴィンチを見ていたみたいで笑われてしまった。たぶん、同じような顔をしていたんだと思う。
「毎夜、六体目を出していたんだ、お手のものだろう?」
そんな…………。
当然のようにダ・ヴィンチは言うけど、意識して出したことなんてない。眠ると同時に六体目は出てきてしまって……。
「…………」
表に現れた六体目と何をしていたかを思い出してアーチャーの顔が見られない。
「士郎?」
窺ってくるアーチャーから顔を逸らし、背を向けてベッドに横になった。
(俺は……六体目と……)
セックスをしようとした。寂しくて、触れてほしくて…………。
申し訳なくて仕方がない。
アーチャーがもう俺に触れないからって、その代わりみたいに俺は六体目に……。
瞼を下ろす。六体目の出し方なんて知らない。
(六体目を定着させるって、何をするんだろう……?)
六体目を出して、それから…………?
六体目が分離しなくなれば、俺はここを出ていくことになって……。
何とはなしに胸に手を当てる。痛いような気がする。
(カルデアを出て……、アーチャーとは、もう…………)
会うこともなくなるんだと思うと、急な眠気に襲われた。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
「アーチャー……」
白く大きな窓……、らしきものの下にある窓枠に腰を下ろし、白いだけでなんの光景も映していない窓に背を預けた士郎は私を呼ぶ。
前回とは違い、六体目との区別がついているのか、士郎の深層に現れたのが私だとわかっている様子だ。
(慎重に……)
以前のような失態を演じるわけにはいかない。今度こそ、成功させてみせる。
士郎の許へと向かおうとすれば、かつん、と足音が響く。今回は霊体のような状態ではなく、すでに私は六体目と同化していることを知る。
「迷惑、かけるな……」
ひく、ひく、と頬が引き攣っているのは、笑おうとしているからなのだろうか?
手を伸ばせば届くところまで歩み寄り、私を見上げた士郎を見下ろす。
何から話せばいいかと、言葉を探してみた。琥珀色の瞳は戸惑うように揺れながらも、私を映している。
(ああ、ずっと……)
こんなふうに士郎と視線を交え、言葉を交わし、互いのことを伝え合いたかった。
「士郎」
腰を屈め、手を差し出す。やや身を引いてうろたえる士郎は逃げたわけではない。少し驚いただけだ。
「な、なん、だよ?」
「教えてくれないか?」
「え?」
「お前がどんなふうに生き、どんなふうに理想を叶えようとしたのかを」
「俺……が?」
「私はずっと知りたかった。お前が何を想い、何に苦しみ、何を背負ってきたのか。……そして、お前が経験した、私の知らない聖杯戦争を」
「聖杯……戦争…………?」
士郎は唇を引き結び、私の差し出した手を見つめる。
「俺が……生き、……理想を…………叶え……る……?」
「ああ、そうだ。お前も理想を追ったのだろう?」
再び私を見上げ、小さく首を振る。
「そんなのは……、ない」
膝の上で握られた拳は白くなっている。小さく震えているのは、何かを堪えている証拠だろう。
その手にそっと手を重ねる。
びく、と士郎の肩が揺れた。
「あ、あの……、ご、ごめんな……、俺、アンタに迷惑かけて、ばかりいる……」
突然謝ってくる士郎は、話題を変えようとしているようだ。
「べつに、かまわない」
「でで、で、でも、アンタは、」
「憎んでなどいない」
「え?」
「確かにあの地下洞穴に至るまではお前を殺すことを存在の理由としていたが、カルデアに来たお前を憎いなど、ましてや怨みなど、欠片もありはしない」
「そんなわけがない、だろ……。アンタは俺に憎悪を向けるくらいしか……」
「我々にはそんな関係しかない、と言いたいのか?」
「だ、だって、そうだろ。アンタはカルデアのサーヴァントで、俺は漂流者みたいなものだ。たまたま俺の辿り着いたところにアンタがいて……、ああ、逆だ、アンタがいたところに俺が漂着した。そういうことだろ」
「確かにはじめはそうだっかもしれない。だが、カルデアでともに過ごすうちに、少なからず我々は新たな関係性を築くことができたのではないのか?」
「新たな、……関係?」
「お前はすべてを晒すことなく、いつも何も言わず、いつも自分を押し殺していただろう? もう少しその頑なさが和らげば、あるいは違った関係を、すんなりと作れたかもしれない」
「そんな……ことは……」
「ないと、言い切れるか? お前は自身を押し殺すことしかしていないから、そうなのかもしれない。だが、私は守護者であることも棄ててお前を守ろうとした。明らかに変わっただろう? 少なくとも憎悪を抱く者にすることではない」
「そんなの、頼んでない、だろ……」
「まあ、そうだな……」
「俺はあの時、殺してくれって言ったはずだ」
「ああ。だが、私は――」
「アンタにそこまでしてもらう義理はない。いくら、同じ存在だからって、アンタのは、ちょっとおかしい。あれじゃ、まるで、親族か友人か……、その……えっと……、いや、とにかく、アンタは少し過剰だと思う」
士郎は言い澱みながらも、頑なに私を拒もうとしている。そして、いまだに私に憎悪を向けられていると思い込もうとしている。
ああ、じれったい。
ハッキリと言葉で伝えなければ、いつまで経っても私の想いは宙ぶらりんのままだ。もうそんな悠長に構えてもいられない。私は自身の感情に気づいた。士郎とどうなりたいかをはっきりと認識したのだ。
所長代理とクー・フーリンにさんざん言われただろう、朴念仁だと。もうそんなことは言わせない。ここで、きっちり士郎をオトしてみせる。
「お前は、好きではないのだろうが……、いや、嫌いでもかまわない。だが、普通に過ごすくらいはいいだろう?」
「は?」
「お前を怒らせ、傷つけ、私のしたことは許されることではない。今ごろになって、とお前は嗤うだろうが、私はお前と過ごしたい」
「え……っと、あの、どういう……?」
「だからだな! 私はお前のことが好きだと言っているのだ!」
なぜ、エミヤシロウという奴は、こうも鈍いのか。
「す……き? あ、あの……」
作品名:BLUE MOMENT8 作家名:さやけ