彼方から 第二部 第六話
「森の中でも言ったが、おれだって知り合いという訳ではない。だから訊いている」
アゴルの顔見知りと言う言葉に反応したのか、イザークは皆に確認させるかのようにそう言ってくる。
「で? 教えてくれるのかい?」
ガーヤは皆の顔を一通り見回した後、まるで代表するかのようにエイジュにそう訊ねていた。
「えぇ、構わないわ」
エイジュはガーヤにフッと微笑み返すと、徐に左手を前に差し出し、手の平を上に向けた。
そのまま、暫し動かずにいるエイジュ。
何事かと、皆の注目が集まってくる。
やがて、彼女の手の平の上、何もない空間が煌めき始めた。
細かく、小さな煌めきは次第に集まり、幾つもの小さな結晶が現れてゆく。
それは暖炉の火に照らされ、キラキラと、まるで宝石のように炎の明かりを弾いていた。
「きれい……」
思わず、ノリコが呟く。
エイジュの手の平の上で輝く結晶に見惚れている顔をイザークに見られ、ノリコは恥ずかしそうに俯いた。
「……氷使いか」
「正確には氷と水ね」
アゴルの呟きに、エイジュがそう補足する。
手の平の上に浮かぶ氷の粒を、握り潰すようにして消しながら、
「これがあたしの能力よ」
と、イザークを見た。
「そういやイザーク、お前は風を使っていたな」
ふと、御前試合でのことを思い出したのか、バラゴが顎に手を当てながらそう言ってくる。
「あぁ」
別に、隠すことでもないのだろうが、それでも、どこか仕方なさげに答えているイザーク。
自分のことを話すのはそれが誰であれ、あまり、好きではないのだろう。
顔を背けてしまったイザークを、バラゴは額を掻きながら見詰めていた。
「……この雨、厄介ね」
窓の外に視線を移し、忌々し気に、呟くエイジュ。
「あたしの能力は恐らく、通用しないわ」
眉を顰め、そう愚痴っている。
「……? 何でだよ」
素直にそう訊いてくるバーナダムにエイジュは苦笑しながら、
「だって、雨に打たれ続けたら、氷、溶けちゃうじゃない? それに、降ってくる雨を全部凍らせることなんて、出来ないしね」
そう、首を傾げてみせた。
「あ……」
自分の考えの足りなさを恥じ、顔を赤らめてゆくバーナダム。
照れ隠しに頭を掻く彼の姿に、再び、その場の空気が和んでゆく。
他の面々に、少しからかわれているバーナダム。
明るい声を耳朶に捉えながら、エイジュはまた、窓の外に目を向けた。
森に入る前、『あちら側』が伝えてきたことを思い返す。
能力を抑えると、そう最初に伝えてきた。
何故?と言うエイジュの問い掛けに、占者がいると、返された。
集まった光たちの中に、イザークの正体に疑念を持つ者がいると、それは、占者と共にいる者だと。
今はまだ、エイジュの正体もイザークの正体も、知られる訳にはいかない。
だから隠すのだと、占者に気付かれぬように……その占者と共にいる者にも、気付かれぬように。
あちら側は、彼らと共に闘うようにとも伝えてきた。
暫く、行動を共にするようにと……
彼らを護ればそれで良いのではないのかというエイジュの問いに、答えはなかった。
先に森に入り、巣食っている魔物を自分が倒してしまえば、それが一番良い方法なのではないかと……
だが、あちら側からの返答はなかった。
彼女の疑問に答えがないのは、そうすることが必要だから……
彼らにとっても、そして恐らく、エイジュ自身にとっても。
何にしても、能力は既に抑えられてしまっている。
出来ることは、限られてしまった……
否も応もなく、彼らを護るためには暫くの間、一緒にいるしかない。
その時期が来るまで――あちら側が何か伝えてくるまで……それまでは……
窓の外、いまだ勢いの収まらない雨に、エイジュは小さく、溜息を吐いていた。
誰かの視線を感じる。
恐らく、彼の――幼い占者と共にいる彼……アゴルの視線。
警戒されている、きっと、疑われているのだろう……『何者であるのか』と――
彼とジーナには、注意を払わねばならないだろう。
思いの外、頭が切れる人物のようだ。
イザークにも、少し警戒されている……
そんな中で、彼らを護らねばならないとは――得体の知れない魔物から……
エイジュはもう一度、小さく溜息を吐いていた。
*************
“ 危険 ”
森がざわつく。
“ 危険 ”
彼らを閉じ込め、雨を降らせた『何か』が、森を震わせている。
“ 消シサレ ”
ざわざわと気配を揺らし、蠢いている。
“ アノ娘 危険 ”
ノリコを、『何か』の意識が、警戒し始める。
“ 標的 ”
蠢く森、蠢く魔物――負の念を掻き集め、自らの手下と、力としている魔物。
“ 標的 ”
“ 危険 ”
“ 殺セ ”
森の奥から触手を伸ばし、近づいてくる。
雨を従え、自らの力として集めた邪念たちを、その魂を従えて……
そして新たに入り込んだ人間たちを――イザークたちを、自らの力とする為に……
第二部 第七話に続く
作品名:彼方から 第二部 第六話 作家名:自分らしく