彼方から 第二部 第六話
狂わされかけていたとはいえ、彼の放った言葉は、ジーナを少なからず傷つけていたようだ。
それに、まだ幼いとはいえ、バーナダムに言われなくても、占者としての責任は恐らく感じてはいただろう。
その想いが、言葉となってジーナの口から零れていた。
「あ」
「あ……」
ガーヤとバーナダムが、同時に声を発した。
「ち……違うっ! あんたが責任感じることないんだよ」
「そうだよ! その方がいいって、みんなで決めたんだからっ!」
二人は慌てて、気に病むジーナに言葉を掛ける。
占者の占いはあくまで参考程度のもの……その結果を素直に受け入れるか、または別の道を選ぶか、それは、占いを託した人自身が決めることである。
「おれがさっき言ったこと気にしてんだったら、謝るよ! 本心じゃないんだ、許してよ! ねっ? ほら、謝ってる、分かる?」
「ジーナ、お兄ちゃん、土下座して謝ってるよ、土下座」
アゴルに見守られ、その傍らに立つジーナに、バーナダムは必死に何度も頭を下げ、本気で謝っている。
ガーヤも椅子から立ち、眼の見えない彼女に彼の行動が分かるよう、口添えし、説明してやっている。
和やかで、柔らかい空気が、場に満ちてゆく。
……ぷっ
笑いを堪え切れず、誰かが吹き出している。
「バーナダム、おかしい」
振り返ると、満面の笑顔できゃらきゃらと笑うノリコが、バーナダムの瞳に映る。
――良かった……元に戻って
――今の彼の方がずっと良い
笑顔を見せながら、ノリコは心の中で本当に安堵していた。
あのまま、誰彼構わず傷つけ、当たり散らすような態度を取るバーナダムは、本当の彼ではない。
本当の、ありのままの彼は、今の姿……自分のしたことを素直に認め、謝ることのできる――それが、本当のバーナダムの姿なのだから。
ノリコの笑顔を見続けることが出来なくて、バーナダムは赤くなる顔を隠すように背け、俯く。
さっき、おかしくなりかけていた自分を元に戻してくれた、気付かせてくれた時のノリコの言葉が脳裏に蘇ってくる。
『バーナダム、優しかったよ』
彼女とは、まだ会って間もない。
言葉だって、そんなに交わしていない。
なのに、そう言い切ってくれたノリコ。
自分ですら気付かない『本当の自分』――彼女だけが、ノリコだけが気付いてくれた……
そんな気がする。
気持ちが、彼女に傾いてゆくのが分かる。
ロンタルナの言う通り、確かに単純なのかもしれない。
こんな些細なことで、人を好きになってしまうのだから……
「とにかく」
和んだ雰囲気を引き締めるかのように、ジェイダが言葉を発する。
「ここで気を付けなくてはいけないのは、自分の心だな。惑わされないように、常に客観的に自分を観察できるようにしていなくてはならない」
彼の言うことは、言葉としては理解できる。
だが、いざ、そうなった時、『客観的』に自分を見ることなどできるだろうか……
他人も、そして自身も、おかしくなり始めていることにすら気付かなかったのに……
ジェイダの言葉は皆を考えさせ、暫し、無言にさせた。
「今回は、ノリコが気付いてくれたお陰で、あの険悪な状態から抜け出せた、有難う、助かったよ」
「うん、ホントに」
左大公親子に礼を言われ、ノリコは恥ずかしそうな笑みを浮かべ、イザークを見る。
「お礼言われた、イザークのおかげ」
多少かもしれないが、人の役に立てたことが嬉しく、むず痒いような思いに照れてしまう。
「おれは何もしていない」
だがイザークは、そう返すだけ。
「でも、言ってくれた言葉が、おかげです」
ノリコはそう思っている。
自分の拙い、覚えたての繋がらない言葉では、きっと、皆に直ぐに、分かってもらうことは出来なかっただろう……
それだけに、イザークのお陰で皆に分かってもらうことが出来、しかもお礼まで言われたことが……
――嬉しい
――あたしでも、役に立てた
何の取り柄もないと、そう思っているからこそ余計に、嬉しかった。
*************
『化物じみた力』
イザークの脳裏に、おかしくなりかけていたバーナダムが放った言葉が蘇っている。
今では、あれが彼の本心ではないことは分かっている。
だが……
――ノリコが止めに入らなかったら、おれはどうしていただろう……
そう思う。
幼い頃からさんざん聞かされ、言われ慣れた言葉のはずなのに……
――今更、何を動揺する
――おれは、何を恐れているのだろう……
今まで以上に『化物』という言葉に、反応している自分がいる。
――【目覚め】によって、真の化物に変わる日か……
――それとも
――ノリコがそんなおれを恐れて、離れていく日、なのか……
今のままのこの時が、ずっと続けば良いと、そう思える。
何も恐れる必要のない、今この時が……
小さかった自分の中の想いが、自覚できるほどに大きくなっているのが分かる。
だが、それを口に出すことなどできない。
表に出すことなど……出来はしない。
ましてや、『本当のこと』など……
ノリコがそれを知った時、どんな反応を示すのか――イザークが一番恐れているのは、きっと……
*************
ちょいちょいと、その風貌に似合わない可愛らしい仕草で、バラゴがガーヤの肩を突いてくる。
「おい、ガーヤって言ったっけ、あんた。おれ、部外者で事情がよく分からんのだが、イザークの横にいる娘はなんだ? 奴のスケか?」
彼女の耳元で、なるべく他の者に聞かれないよう、小声でそう訊ねている。
「柄悪いね、あんたも」
言外に、『自分も』という意味を含めるガーヤ。
「いや、ま、そうじゃないらしいんだけどね……うーん、でも、ちょっとねぇ……」
なんとも歯切れの悪い答えを返している。
こそこそと、内緒話をする二人をバーナダムが、そして、そんな三人をアゴルが、密かに見詰めていた。
「ところで、あんたは一体、どんな能力を使えるんだ?」
イザークが不意に、ガーヤと同じように、椅子に座っていたエイジュに声を掛けた。
彼の言葉に、皆の意識もエイジュに向く。
ガーヤも戻ってきて、座り直している。
「あら、気になるの?」
艶っぽい笑みを浮かべ、彼をからかうように微笑むエイジュ。
その笑みにムッとしながら、
「あんたの話だと、この森を抜けるには、ここを棲み処にしている魔物を倒さねばならん」
イザークはそう返した。
「そうだね」
彼の言葉を受け、ガーヤがそう続ける。
「どんな姿形をしているのか、どんな力を持っているのか分からない相手だ。こちらの戦力を把握しておくのは、大切だろうね」
女ながらも、そこは歴戦の戦士らしく、イザークの意図を推し量り、すぐに考えを切り替えてゆく。
「そうだな、左大公やイザークは顔見知りのようだが、おれとバラゴは、あんたをよく知らん。差し支えなければ、教えてもらいたいな」
アゴルも、ガーヤの意見に乗っかり、エイジュを見据えそう言ってくる。
「おれもだよ」
「おれたちも」
バーナダムとジェイダの息子たちも、同じように言ってくる。
作品名:彼方から 第二部 第六話 作家名:自分らしく